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 俺は、いきなり現れたロイという子供が何者か、城に着いたらすぐに調べようと考えながら登城した。

 セレナは幼い子供だからと何も警戒していないが、油断はできない。

 俺のことをなぜか『おとうさま』と呼ぶが、そもそも、俺には身に覚えがない。

 屋敷の前に置き去りにされていたことを考えると、誰かの思惑によってこうなっていることは明白だ。ロイの話を聞く限り、ロイの祖父が関係しているのだろう。


 セレナに『フェリクス様に似てる』と言われたときは、本当に俺の子供だと思われたらと焦ったが、その後のセレナの言動からはどう思っているのか判断できなかった。

 セレナはロイに優しく接している。

 ロイを本気で俺の子供だと疑っていれば、もう少し戸惑ってロイとの接し方も変わるのではないかと思う。

 だから、基本的には俺の子供ではないと信じてくれているはずだ。


 それとも、本当に慈悲深い心で受け入れているのか……。

 セレナならその線もあり得るから判断に迷う。


 どちらにしても俺の髪や瞳の色と似ている子供だったので、少なからず気になるだろうと思い、朝に改めて否定した。

 結婚してからずっと、セレナには俺の気持ちを隠さず――後ろ暗い汚い感情は隠しているが、純粋に愛する気持ちは隠すことなく伝えてきたつもりだし、俺のセレナを愛する気持ちは信じてくれていると思う。

 だが、過去の女性関係について聞いてきたということは、少しは俺の子供である可能性も考えているということだろう。


 セレナがはっきりと俺の過去について興味を示してくれたのは、初めてのことだと思う。

 俺はセレナのことならなんでも知りたいと思うけど、あまり踏み込んでこない。

 それがセレナの性格だとわかっていても、もっと欲してほしいと思っていた。

 一向に思いの差が縮まらないと思っていたので、過去を気にするまでの気持ちになってくれたことが本当に嬉しかった。

 だが、俺のセレナへの愛はまだまだ伝え足りていないのだということも、よくわかった。

(これ以上、どうしたらセレナに俺の愛が伝わるのだろうか……)


 それはこれからの課題として考える必要はあるが、きっと目に見える形で現れたロイという子供の存在に、不安感から過去を気にしたのだろう。

 すぐに貴族名簿を確認して、あの子供の親が誰なのか確かめたら、セレナを安心させてあげられる。

 そうすれば、相手の目的もわかるはずだ。


 父上の言う通り、相手の思惑次第ではこちらの出方も考えなければならない。まったく別の狙いがある可能性は高い――――


 城に着いてすぐに貴族名簿が保管されている資料室へ行こうと思っていたが、俺は朝から宰相に呼び出されてしまった。緊急の案件で。

 その緊急の案件が予想以上の内容で、正直どうしてこう次から次へと……と投げ出したくなるくらいだった。

 とはいえ、実際に投げ出すことはできないため、結局午後になってもロイについて調べられずにいた。


「――宰相に資料を届けに行ってくる」

「はい。あっ。宰相は北の棟にいるそうですよ」

「北の棟?……わかった」


 よりによって宰相がいるのは、この宰相補佐官室から一番遠い北の棟。

 近道のために一般開放されているエリアを突っ切ることにした。


 一般開放エリアに入ると、途端に人が増える。

 誰でも見学できる見事な庭園や国民からの意見を聞くためとして投書箱が設置してあるからだ。

 なかなか直接聞くことのできない平民の声を聞くため、という陛下のお考えのもと設置された。


 昨日、セレナとデートした河川敷の整備も平民からの嘆願からだった。

 ただ、投書箱を実際に使用しているのは貴族が大半で、くだらない投書が多い。


 稀に、本当に重大な投書があり、投書係だけでは対応できないときは宰相補佐官室までかり出される。

 今回ロイのことが思うように調べられなくなったのも、投書箱が発端となっていた。 

 問題の原因を忌々しく見ていると、投書箱の近くにいた貴族令嬢と目が合ってしまった。

 途端に秋波を感じて、足を速める。


 人の間を縫って急いでいると、一人の男が俺の行く手を阻んだ。


「ハーディング侯爵殿。お待ちください!」

「何か?」


 俺を引き留めたのは五十代前半くらいの見覚えのない男だった。

 身なりを見るに、下位の貴族だろう。

 名乗りもせず話し掛けてきたことに眉をひそめてしまう。


「昨夜は親子感動の対面となりましたかな?今までは離れて暮らすしかありませんでしたが、孫を屋敷に迎え入れてくれたということは、自分の息子だとお認めになったのですね」


 突如現れた男の声が響き、周囲にいた人々の視線が集まったのを感じる。

 わざわざこんな場所で、周りに聞かせるように話すあたり、俺に子供の父親であることを認めさせようとしているのは明らかだった。

 別の狙いがある可能性も考えていたが、裏は何もなさそうだ。

 単純に侯爵家と縁戚になりたいということだろう。


「あの子の祖父か。夜に子供が一人で屋敷の前にいたから保護しただけで、認めたわけではない。何を持ってあんな時間にあんな小さな子供を置き去りにした?」

「正面から訪れても否定されるのは目に見えている。貴方にとっては遊びだったのかもしれないが、身籠もった娘を無残に捨てるお方ですからな。しかし、孫はハーディング侯爵殿の色合いとそっくりでございましたでしょう?」


 やはり屋敷内に入ることを狙って置き去りにしたのか。上手くいく保証などないのに。

 それにしても、俺が父親であると確信しているような態度が気になる。


「なんの話をしているんだ?色合いが似ているからどうしたっていうのだ。まさかそれだけで私が父親だと言わないだろうな。色が一致するという理由なら、他にも父親となり得る者はいる」

「まさか。しっかり確信があるからこそ、貴方様の下に孫を送ったのです。私の娘の名前はテレーザ。テレーザ・ヘンウットです。ハーディング侯爵殿には心当たりがおありでしょう」

「………………あのときの……」


 俺の反応や、周囲で聞いていた人々の反応を見た男はニヤリと笑い、続けた。


「やはり!ハーディング侯爵殿が父親で間違いないではありませんか。早く認めて正式にあの子を迎え入れてやってください。血の繋がった親子は共に住むほうがいいですからな」


 テレーザ・ヘンウット――その名前には確かに覚えがあった。

 宰相補佐官として城に自分の仮眠用の部屋が与えられてから、下級メイドなどが夜に部屋に忍び込んで来たことがある。

 そんなある日、俺の部屋に忍び込んできたのが、テレーザ・ヘンウット男爵令嬢だった。

 朝方に俺の部屋から出ていく彼女を誰かに見られていて、噂になってしまったのだ。

 だから、ロイの祖父を名乗るヘンウット男爵からテレーザ・ヘンウットの名前が出た瞬間、野次馬たちが一斉にざわついた。

 その声に反応してさらに人が集まってきているから、また噂になってしまうだろう。


「あの子の父親はハーディング侯爵殿で間違いありませんよ。貴方と私の娘が噂になった時期と、孫が生まれた時期を計算すると合致する。娘は健気にも貴方を庇って否定していたが、あの子の色合いから見ても貴方の子供であることは明らかだ。本来あるべき形にするだけです。私の孫を認知してください。そして、私の娘と結婚を」

「ふざけたことを言うな。他人の子供を認知するわけがないだろう。くだらないことを言っていないで、早く迎えに来るんだ」

「待ってください。どこへ行かれる?」

「仕事中だ。茶番に付き合っている暇はない」


 これ以上は時間の無駄だと思った俺は、ヘンウット男爵の横を通り過ぎて北の棟へと足を進めた。



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