07
「針子部屋まで送る」
「いえ!遠回りになりますから。フェリクス様が遅刻するかもしれませんし、ここで構いません」
「しかし、何かあるかもしれないし」
「王城の中で危険なんてありませんから大丈夫です!ではっ!」
王城に向かう馬車の中から「針子部屋まで送る」「送らなくていい」の攻防が繰り広げられていた。
馬車で一緒に出勤するだけでもできれば避けたかったのに、王城内を一緒に歩いているのを見られたら、大変な事になりそうだ。
それに、王城まで近いからまだ大丈夫と言って朝からフェリクス様が離してくれなくて、ただでさえ出勤時間が遅くなってしまった。
針子部屋まで送っていたら、フェリクス様は遅刻してしまうだろう。
この結婚に裏があるとしたら、あまり大騒ぎにしない方が良いはずだ。
針子部屋まで早歩きで移動しながら、もしかして一時的な縁談除けなら逆に広まった方がいいのか?とも考える。
(いや、私としてはこれまで通り平穏に生きて行きたいから、できるだけばれたくない。ふりだとは言われてないから敢えて広める必要はないはず)
逃げるように早歩きして去っていくセレナの背中が見えなくなるまで、その場でフェリクスに見られていたことには気が付かなかった。
◇
セレナの過ぎ去る方向を見ていたフェリクスだったが、もう少しでセレナが見えなくなるというところで突然目の前にぬっと現れた騎士服を着た男に視界を遮られた。
「リック?おはよう。こんなところに突っ立って、どうしたんだ?あっちに何かあるのか?」
「イヴァンか。妻を見送っていたんだ」
「へー、妻を」
「あぁ」
さりげなくイヴァンを避けてセレナが歩いて行った方を見ると、もうセレナの姿が見えなくなっていた。それを確認して、踵を返して歩き出したフェリクスにイヴァンも並んで歩き出す。
数歩歩いたところで、イヴァンがピタッと立ち止まる。
「―――妻?え?妻って言わなかったか?」
「言った」
「は?はあぁぁ!?いつの間に?聞いてないんですけど!」
「つい先日だ。言ってないからな」
「え、相手誰?まさか!?」
一歩前にいたフェリクスが振り返って、イヴァンと目を合わせる。そして、すっと目を逸らしてから小さく頷く。
それだけでイヴァンには相手が誰か分かったらしい。
「おぉ!そうか!うわ~そうなんだ!良かったな!おめでとう!」
「うん。ありがとう」
「ははっ!照れてるリックを見るのも久しぶりだな!」
フェリクス以上にイヴァンは嬉しそうにしている。フェリクスの肩をバンバン叩いて祝福してくれる。
フェリクスは照れくさく思いながらも、友人が我が事のように喜んでくれるのは嬉しいものなんだと知った。肩は痛いけど。
フェリクスとイヴァンは、10歳から6年間寄宿学校で同室だった。
明るく人懐っこいイヴァンは、当時殻に籠っていたフェリクスにも遠慮なく接し、その遠慮のなさがフェリクスには心地よく感じられた。
そのおかげで、今や文官と武官という畑違いになっても関係なくフェリクスとは仲が良い。
寄宿学校で同室だったイヴァンは入学当時は殻に閉じこもっていたフェリクスが、突然吹っ切れたように勉強に打ち込み始めたことや、実家の影へある女の子の動向を定期的に報告させていたのも、その女の子の事を一途にずっと想っていたのも全て見て知っていた。
フェリクスが初めて報告書を見ているときに、「真剣な顔して何読んでんだよ?」と気楽に聞いたことを、実は少し後悔したけど。
それでも、フェリクスが前向きに変わった事や、報告させていること以外に変なところがないので、いつしかその定時報告さえも受け入れていた。
ついにフェリクスの一途すぎる想いがやっと昇華したのかと思うと、本当に嬉しかった。
「今度ちゃんと紹介しろよ!」
「分かってる」
「うんうん。それとは別に今度祝杯をあげに行こう!久しぶりに飲みに行こうぜ」
その日一日、フェリクスよりもイヴァンの方が機嫌が良い位に喜んでいた。
ご機嫌なイヴァンをみて、同僚の騎士達が「なんだイヴァン、彼女でもできたか?」と聞くとイヴァンは満面の笑みで「友達が初恋の子と結婚したんだ!」と屈託なく答える。
答えを聞いた同僚は、一様に一拍置いてから「おまえはいいやつだな、ほんと。なんで彼女出来ないんだろうな」と肩を叩くのだった。