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05


「あれっ?」


 咄嗟に周囲を確認すると、少し離れた場所にいる鳥の足に串に刺さったフルーツが握られていた。


「あぁ!鳥に奪われた……」

「セレナ、大丈夫?怪我はしていない?」


 フェリクス様はすぐに私の手や顔を確認し、怪我がないとわかると安堵の表情を浮かべる。

 フェリクス様の心配をよそに、私はフルーツを啄む鳥を恨めしげに見てしまう。


「せっかくフェリクス様が買ってくださったフルーツなのに……。一口も食べてないのに……!」

「大丈夫。さっきよりすいているし、すぐに新しいのを買ってくるから。これ、持っていてくれる?」


 フェリクス様は私の頭を撫でて慰めてくれた。

 油断していた自分も悪かったと気持ちを切り替えて、フェリクス様のフルーツは奪われまいとしっかり持って待っていると、フェリクス様が戻ってくる。

 けれど、その手には何もない。


「俺の前の人で全部売り切れてしまったんだって」

「あっ、そうなんですか。それは残念」


 さっきフェリクス様が並んだ時点で、前にも後ろにも結構な人が並んでいたし、盛況で売り切れてしまったのだろう。

 また恨めしげに鳥を見てしまう。

 今度は私のフルーツを鳥たちが奪い合おうとして喧嘩していた。

 どうせなら仲良く分け合って食べたらいいのに。


「セレナ」

「はい?」

「はい、あーん」


 振り返ると、ずいっと口元にフルーツを差し出された。

 チョンっと軽く唇にフルーツが触れる。


「いえっ。それは、フェリクス様の分ですから」

「でも、新しいのは買えなかったから。だから、半分こしよう」

「はんぶん、こ?」


 フェリクス様の口から「半分こ」という子供っぽい言葉が出たことが、なんだか違和感。

 しかし、そんなことよりも。


 この国では、貴族は食べ物を恵む側であるが、一つの物を人と分け合うことはしない。

 貧乏子爵家で育った私でさえ、料理のシェアはいけないことと教わっている。

 屋敷の中でならまだしも、こんな誰が見ているかわからない場所で……。

 しかも、これは串に刺さっている状態のフルーツだから、齧り付かなければならない。

 分けるということは、囓り合うということ……。

 やろうと思えば串から抜き取って手で半分に割ることもできるだろうけど、フェリクス様は私の口元に差し出してきているから、齧り付けと言っているのだろう。

 ただでさえ分け合うことを良しとされていないのに。

 私が葛藤していると、フェリクス様はまた軽く唇にチョンチョンとフルーツを押し当ててきた。


「はい、あーん」

「フェリクス様。やっぱりだめです。これはフェリクス様が食べてください」

「俺はセレナと半分こしたい」

「えぇ。でも……」

「俺はまだ口付けていないから。ほら」


 もしかして、半分こと言いながら、私に譲ろうとしているのか。

 そうだ。フェリクス様なら、きっと私が遠慮すると思って半分こという言い方をしているんだ。

 それならなおさら貰うのが申し訳ない。


「セレナ。あーん」

「私は大丈夫ですから、フェリクス様が食べてください」

「んー……」


 何かを考えているような表情をした直後、フェリクス様が私の耳元に顔を寄せてきた。

(急にどうしたんだろう?)と思って、私も耳を近づける。


「囓るのが嫌なら、口移しで食べさせてあげようか」

「っ!?」


 耳元で囁かれ、最後には耳に唇を押し当てられた。わざとらしくちゅっと音をさせて。

 驚いてフェリクス様のほうを見ると、あやしく笑んでから私に見せつけるようにフルーツを口へ運ぼうとしている。

 これは本気でやられるかもしれないと思った私は、フェリクス様からフルーツを奪い取った。


「いただきます!」

「ははっ。はい、どうぞ」


 最近、フェリクス様は声を上げて笑うことも増えた気がする。

 赤くなった耳を隠すように押さえながらフルーツを頬張る私を、フェリクス様は幸せそうな顔で見ていた。「かわいっ」と呟いて。

 意地悪なフェリクス様には困るけど、嫌いじゃない。


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