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04

 

 先日、フェリクス様から『次の休み、デートしようか』と誘われ、今日がそのお休みの日。

 目覚めてすぐ顔を横に向けると、昨夜は夜中に帰ってきたらしいフェリクス様が寝ている。

 宰相補佐官様は相変わらずの忙しさ。とはいえ、帰宅が夜中になるのは久しぶりだった。

 起こさないようにそっと腕の中及びベッドから抜け出して、私は朝の支度を開始する。


「本日はこちらのドレスをと旦那様が」

「あ、新しいドレス。可愛い」

「ヘアアクセサリーはどれにいたしましょうか」

「んー……これにしようかな」


 トレイに載せられたきれいなヘアアクセの中から、今日のドレスに合いそうなひとつを選ぶ。

 相変わらず、休日に着るドレスや靴はフェリクス様が選んでくれている。

 一応、『違うドレスが着たければ気を遣わなくてもいいんだよ』と言ってくれているけど、用意されているものをそのまま着ることにしている。

 あの美麗なフェリクス様の隣に立つとき、フェリクス様が選んでくれたドレスを纏っていると思うと、私に自信をくれるから。

 そして、その日用意されているドレスで、休日の過ごし方がなんとなく想像できる。

 今日のドレスは、比較的シンプルで動きやすそうなドレス。

 裾の長さはいつもより少しだけ短めだから、今日は外を歩く予定なのだろう。

 街での買い物デートかな――と想像しながら下げていた視線をあげると、鏡越しにフェリクス様と目が合った。

 いつの間に起きてきていたのか、気が付かなかった。

 髪は掻き上げただけの無造作なままだから、きっと今しがた起きたばかりなのだろう。


「あっ。フェリクス様。おはようございます」


 鏡越しに私が声を掛けると、壁に寄りかかりまだ少し気だるげな雰囲気だったフェリクス様が甘く微笑む。

 実はあまり朝が強くないフェリクス様は朝から気だるげで、無駄に色気を振りまいている。

 朝から色気を振りまくフェリクス様には見慣れたけど、その色気を少し分けてほしいと思ってしまう。

 髪を結い終わりトニアが退けると、フェリクス様がおもむろに近づいてきて背後に立つ。


「おはようセレナ」

「っ!」


 リップ音をさせながら首筋にキスされた。

 思わず私が首筋を押さえると、くすりと笑われる。


「そのドレス、似合っているよ」

「ありがとうございます」


 朝食を食べ終えてフェリクス様と二人きりで馬車に乗り、向かった先は王都の中心部から少し離れた場所にある河川敷。

 以前、新婚旅行に向かうときに馬車の中から見た川だった。


「ここ、前に馬車の中から見た場所ですよね?」

「そうだよ。少し前に完成したんだ。できたら来ようと話していたのは覚えている?」

「もちろんです」


 新婚旅行に向かうときはまだ工事中だったそこは、すっかりきれいに整備されていて、散歩を楽しんでいる人や川岸で遊ぶ親子連れがいた。

 フェリクス様が言っていた通り、公園もできて食べ物や飲み物を売る露店も出ている。


「地面がタイル敷きになって歩きやすいから、デートにいいと思ってね。少し歩こうか」


 川のせせらぎを聞きながら、ゆっくりと川岸を散歩する。

 時折、「魚の影が見えた気がする」と言って二人で川を覗き込んだり、川に手を入れて冷たさを感じたりしながら歩いた。


「結構歩いたね。ベンチがあるから座ろうか」

「はい」

「そこの露店で何か買ってくる。ここで待っていて」

「ありがとうございます」


 ベンチのすぐ近くにあった露店では、冷やしたフルーツが売られていた。

 細長くカットしたフルーツを串刺しにして、見本のように置いてある。

 カットフルーツの露店があるのは知っているけど、串に刺しているのは初めて見た。齧り付かなければいけないけど、手を汚さずに食べることができる形状。

 遊歩道を歩きながら食べることもできるように工夫されているのだろう。


 今日は日差しが強くて思ったより暑いので、フルーツを売る露店には列ができていた。

 これまで何度もフェリクス様とはデートをしているし、露店の食べ物を買ったこともある。

 だけど、従者が買ってきてくれた。


 フェリクス様は自分でお財布からお金を出して支払うという当たり前のことを、やったことがあるのだろうか?

 貴族はその場でお金を払わず、紋章を見せて屋敷に請求してもらうことも多いが、基本的にはちゃんとした店に限る。

 露店のような場所ではその場でお金を払わなければいけないというのは、さすがに知っていると思うけど……そもそも、フェリクス様ってお財布を持っているのだろうか?

 そんなことを考えながら、列に並ぶフェリクス様を見守る。


 地域柄、この付近を散歩している人は平民が多いのもあり、露店の列に並ぶフェリクス様は異彩を放っていた。

 フェリクス様は私がちゃんといるか確認するかのように時々振り返るのだけど、フェリクス様のすぐ後ろに並んでいる平民っぽい女の子二人はフェリクス様をチラチラ見ては頬を染め、黄色い声を出している。

 きっと王子様みたいと話しているのだろう。

 フェリクス様は見目麗しい人を見慣れているはずの貴族のご令嬢方からも騒がれるくらいだし、平民の子からすると、物語から抜け出してきた王子様に見えるかもしれない。


 その後、フェリクス様の順番が来たので見守っていると、ジャケットの内ポケットからお財布を取り出していた。

 無事に買えたフェリクス様はフルーツを両手に持って戻ってくる。


「お待たせ。セレナはどっちがいい?」

「先に選んでいいんですか?」

「もちろん」


 串に刺さったフルーツを二つ、私の目の前に差し出すフェリクス様。

 一つは一口大にカットしたフルーツがいくつか刺さっているもの。

 もう一つは、大きめにカットされたフルーツがそのまま刺さっていて齧り付かなければいけない。

 どちらも私の好きなフルーツだったけど、小さくカットされたフルーツが連なっているほうが食べやすそうだった。


「それじゃあ、こちらをいただきます」

「やっぱり。セレナはそっちを選ぶと思った。それは最後の一個なんだって」

「そうなんですか。フェリクス様はそちらで大丈夫ですか?」

「うん。俺はこっちのほうが好きだから」

「よかった。いただきま――ひゃっ!?」


 早速食べるために口に運ぼうとすると、黒い影が私の顔の真横を横切った。

 びっくりして肩をすくめ、目を瞑ったが、次に目を開けたときには手に持っていたはずのフルーツが消えていた。


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