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03

 

「あっ。笑ってる。ふふっ。可愛い」


 セレナの希望通り、子供のころに撮った俺の写画をセレナが選んでいる。

 セレナは一枚一枚見ては真剣に選んでいるようだった。


(本当に怒っている様子はないな……)


 セレナにこの部屋の秘密を見られ、離婚を切り出されるのではないかと怖かった。

 しかし、俺の写画が欲しいとの返答には驚いた。

 機嫌を損ねないようにと、メイド長にすぐに写画を出すように指示を出した。


 そうしてメイド長が出してきてくれた写画は、撮った日付順に整理されていた。

 少しずつ成長していく俺を見られるのは気恥しい。

 

 今セレナが手にしているのは、ちょうどセレナと俺が出会った年に撮った一枚。

 以前、セレナとは子供のころに出会っていると軽く話をしたが、セレナはそのことを覚えていなかった。

 それは構わない。

 少し残念な気持ちになったのは確かだが、偶然会っただけの子供なんて、覚えていなくて不思議はない。

 だけど、こうして出会った当時の俺を見れば、何か思い出してくれるのではないかと、少し期待してしまう。


「あれ?」

「……ん?」

「このあたりから年間の枚数が急に減ったような……」


 一瞬、思い出してくれたのかと思ったが、違った。


「寄宿学校に入学したんだ。それまでは母に付き合って撮っていたのが、屋敷を出てその機会が減っただけだよ」

「なるほど。あっ、これ。寄宿学校の入学記念で撮ったものですか?」

「そうだね」

「んー?この制服……なんか見たことあるような。でも、フェリクス様の寄宿学校って王都ではなかったですよね?」

「うん。王都の隣の領にあるけど」

「それなら気のせいですね」


 制服姿でセレナの学校の周りをうろついたとき、もしかしてセレナに見られていたのだろうか。

 気のせいで済まされてしまったことに、少しほっとしたような、寂しいような気持ちになる。


「あ。この辺になるともう幼さが消えてきた。今のフェリクス様と変わらなくなってきますね。あれ?このお義母様、なんだか怒っている?」

「あぁ。これか」

「他はどれも朗らかな笑顔なのに」


 セレナが手にしていたのは、俺が寄宿学校を卒業して屋敷に戻ってきた年に撮ったものだった。


「久しぶりに家族四人揃ったからと、母が張り切ってこのためにドレスを新調したんだ。だけど、父が『少し派手ではないか?』と言ってしまったんだよ」


 言葉にはしていなかったけど、年の割に……、というのが伝わってしまったようで、母上は気分を害した。

 公爵家の出で気位の高かった母上は、気に入らないことがあると割とすぐに文句を言っていたが、このとき、父上はあまり相手にしなかった。

 自分が怒らせたのはわかっていても、写画を撮りに行くし機嫌が直るだろうと高をくくっていたのかもしれない。

 しかし、写画屋に着いても機嫌の悪いままで、父上が歩み寄ったときには遅かった。

 写画は、音は聞くことができないが、声も聞こえるようになっていたら、このときは酷いことになっていただろう。


「だから、笑っているけど迫力のあるこんな感じに」

「そうなんですか。他の写画を見ていても仲良さそうと思っていたけど、お義父様たちは喧嘩することもあったのですね」

「むしろ――」

「二人で何の話をしているんだい?」


 喧嘩しては仲直りを繰り返す夫婦だったと言おうとしたとき、いきなり父上が部屋に入ってきた。


「あ、お義父様。今この写画を見せていただいていました。フェリクス様の子供のころの写画を一枚いただいて、別邸に飾ろうと思いまして」


 セレナが例の写画を父上のほうに向けて言うと、「あぁ。それか。はは……」と気まずげでありながら懐かしそうな顔をして笑った。


「懐かしいね。それにしても、リックは休憩と言ったきり戻ってこないと思ったら、写画を見ていたのか。皆待ちくたびれているよ」

「あっ。そうですよね。ごめんなさい。お仕事中だったのに」


 父上の言葉を聞いたセレナが慌てて立ち上がろうとしたので、引き戻した。

 ポスンとまたソファに引き戻されたセレナは俺の顔を見て、大丈夫なのか?と目で訴えてくる。


「後一時間ほどしたら再開します。もう昼時ですし、皆には食事をとるように伝えてください。それと、確認しなくても進められるように準備しておくようにと」


 代表者たちの準備不足を知っている父上は肩を上げて「わかった」と言って踵を返す。


「あ、そうだ。せっかくだから、セレナちゃんに私のお勧めの一枚を選んで後で贈るね」

「わぁ、嬉しいです」


 素直に喜ぶセレナの声を聞いて、満足げに頷いてから出て行った。

 父上が部屋から出て行くと、すぐにセレナが俺のほうに体を向けてくる。


「本当に良かったんですか?お仕事を再開しなくて」

「うん。セレナは気にしなくていいよ」


 今は正直、領民よりもセレナの機嫌を優先しなければ。

 勝手に写画を飾っていたことについては、怒っている様子ではないが、対処が遅れると厄介だという反面教師を見てきた。

 それに、仕事のほうはただでさえ再確認に取られる時間が多くて無駄な時間が多かった。一度時間を与えたほうが、効率が良くなるだろう。


 俺が気にしなくていいと言うと、セレナはまた写画を見るのを再開する。


「あ、これは成人の記念?やっぱりかっこいいですね」


(っ!?セレナからかっこいいと言われた……!)


 セレナから直接言われるのが初めてで、顔に熱が集まるのを感じる。

 誤魔化すように俯くと、セレナに覗き込まれた。


「どうしたんですか?」

「いや、なんでもないよ」


 セレナからかっこいいと言われて照れたなんて、恥ずかしくて言えない。

 自分の容姿云々については、無駄に注目されることを鬱陶しいと思うことはあっても、この顔に生まれて良かったと思ったことはあまりなかった。

 だが、初めてセレナからかっこいいと言われ、この顔に生まれて良かったと思った。


「うん。やっぱりこれが可愛い!」

「決まった?」

「はい。このフェリクス様が一番可愛いです。この途中ではにかんだ笑顔が可愛い」


 真剣に選んでいたセレナは笑顔で、決めた一枚を大切そうに持ち上げて見せてくる。

 写画が開発されて間もなく撮った一枚だ。

 まだあどけなさの残る俺を可愛いと言って見つめるセレナ。


「…………」

「どうかしましたか?」

「いや、なんでもない」

「ふふっ。このフェリクス様は何に照れたのかな。可愛いなぁ」


 セレナは嬉しそうに、これと決めた写画を見ながら『可愛い』と繰り返している。

 愛おしそうに、幼子に向けるような慈愛に満ちた眼差しを写画へ向けている。

 そこに写っているのは、幼いころの俺だとわかっているが、なんだか面白くない。


「…………セレナ。こっち見て。俺のことも見て」

「ぇ…………」


 セレナの表情が呆れたような顔に変わる。

 自分でも呆れてしまうが、嫌だと思ってしまったんだから仕方がないだろう。

 唖然とした表情のままじっとみられると、ばつが悪くなる。

 堪らず視線を逸らすと笑われた。


「ふふっ。フェリクス様」

「何?」

「好きですよ」

「っ!セレナ!」


 あぁ。気持ちが溢れて止まらない――――


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