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親友の悩み(イヴァン視点)

コミック合本版1巻の発売記念の番外編です。

時期はフェリクスとセレナが結婚して程なく。

イヴァン視点のお話です。



 親友と久しぶりに飲みに行った。

 詐欺師たちを捕まえた結果、泊まり込むほどの忙しさだと聞いていたのに、いつの間にか結婚していたリック。

 俺は、リックが初恋の女の子と結婚できたことが、本当に嬉しかった。


 ただ、時間が経つにつれて、(待てよ。事後報告って水くさすぎないか!?)と少し拗ね気味な気分に。

 だけど、よく話を聞いてみれば、俺がリックの結婚を知ったのは、家族以外では俺が最初だというではないか。

 まぁ、事後報告もリックらしいかと思えた。


 今、目の前に座るリックは、この短期間で少しだけ柔らかい顔つきになった気がする。

 飲み始めてすぐは、恥ずかしがってセレナちゃんのことを話してくれなかった。

 酒が進むにつれて、少しずつ話してくれるようになってきた。


「――それで、あの日は起きて待っていてくれたんだ。だけど、さすがに深夜になったからソファで寝てしまったらしい」

「へぇ。健気だな」

「そう。そうなんだ。健気でいじらしいんだ」


 そのときの様子を思い出しているのか、リックは相好を崩す。


 ここは、城のすぐ近くにある酒場。

 客の大半が城勤めをしている者で、尚且つ、城に部屋を与えられている者や近くの寮に住んでいる者だ。

 家が近いという利点があり、女性客も多い。

 何かと注目を集めるリックが店に入ってきた時点で、女性客が色めき立ったのがわかった。

 城ではツンとした言動のリックが、先ほどからふにゃりと笑ったりしてるものだから、周りの雑音がうるさくてしょうがない。


 ――――と、思っていたのに、さらに酒が進むとリックの様子がおかしくなってきた。

 何か悩みがあるらしく、明らかにどんよりと暗くなってしまった。


(ここまで酔っている姿は初めて見るな)


「――俺はどこかおかしいんだ。魔力量は増えても、出来損ないの失敗作なのに変わりないんだ」

「はあ!?そんなことはない!リックが出来損ないの失敗作なら、殆どの人が生きてる価値がなくなってしまうだろ。そんなこと言うな!誰が言ったか知らないが、お前は凄いよ」

「…………ありがとう」

「いいから、もう今更何も驚かないから話してみろよ。悩んでるんだろ?」

「俺……誰の目にも触れないように閉じ込めてしまいたい衝動に駆られるんだ。男でも女でも関係ない。本当はメイドも侍女もいらない。俺が全てやりたい。俺のことだけ考えて、俺以外見ないでほしい。俺とセレナだけの世界に行きたい。……おかしいだろ?セレナが誰かに言い寄られることも心配だが、それ以上にセレナの瞳に俺以外の誰かが映ることが怖い……。セレナが俺以外に……。ただ見ているときは、我慢できていたのに」


 まぁ、普通の男ならそこまでは思わないだろう。だが、リックだ。


 あの寄宿学校時代、セレナちゃんについて報告させていることを知ったときに比べると、衝撃は少ない。


(あのときは驚いたなぁ……)


『――リック?おーい!聞いてるか?』

『あ、悪い。なんだ?』

『だからぁ、クラスで肝試しするって言うから、リックも参加するよな?って』

『肝試しって――』

『なぁ、それよりなんだよ?何を真剣に読んでるんだ?実家から悪い知らせでも届いたのか?』

 書類を覗き込むと、そこにはとある人物の家族構成から数日間の行動について書かれていた。

 すぐに茶化せない代物だと、子供ながらに気づいた。

『調べさせていた少女についての調査結果だ』

『何か悪いことをした人なのか?』

『いや?寧ろ逆だ』

『えっ?じゃあなんで調べてるんだ?』

『知りたいから』

『知りたいから?』

『ああ』

『え?なんで?』

『興味関心は理屈ではないだろ。何か変か?』

『いっ、いやっ?あーえっと?あ!そう、そうだ、肝試し!リックは不参加だな!?』


(あのときは本気でこいつやべぇ!!って思ったのに、いつの間にか慣れてしまったんだよな……)


 本気で苦悩している様子のリックを見る。

「俺にこんな一面があると知られたら嫌われる……」とか「セレナは醜いものに触れることなく育ってきたとわかるんだ。俺が穢してしまいそうで怖い……」や「だけど、セレナが穢れるとしたら、俺が穢したい……」と、ぶつぶつ言っている。


(最後の一言に闇を感じるが……)


 気になる子を、しかも当時はまだ好きだという自覚さえなかった様子なのに、勝手に調べ尽くすことになんの疑問も抱いていなかった子供時代。

 そのころに比べると、今は自分の感情が普通とは違うと気づけているだけ成長しているようだ。

 あのときのままなら、今ごろ悩むことなく監禁していたはず。

 そう考えると、昔から相手に気づかれないように見ているだけだったのは、良くないことをしている自覚があったからなのかもしれないな。


「まぁ、そうやって客観視できているうちは大丈夫だろ。それより、セレナちゃんに会わせてくれよ。挨拶がしたい」

「……やだ」

「なんでだよ。会わせてくれるって前は言ってただろ」

「会わせたらセレナが……。俺なんかよりイヴァンを選ぶはずだ」

「なんでそう思うんだよ。大切にしてるんだろ?」

「大切にしている!だけど、俺より真っ直ぐなイヴァンとのほうが、セレナは幸せになれそうだから……」

「いやいや、そんなことはない。リック……お前は俺を評価してくれて嬉しい。だけど、世間の俺への評価は、天と地ほどの差があると思う……。いつもの自信はどこへいったんだよ?」

「別に自信なんてない。その証拠にいつも不安だ。セレナに相応しくなろうと必死だった。手に入れた途端、不安で……俺はセレナに相応しい男なのかと自信がない」

「あー、もうわかった!見てやるから!二人の様子を実際に見てみないと、リックがおかしいかどうかも判断できないだろ?だから、別邸へ移動しよう!」

「……まぁいいけど」

「よしっ!じゃあ行こう!」


 シラフなら断られるところだろうが、かなり酔いのまわったリックは、あっさりと了解した。

 気が変わらないうちに、行かねば。


 ◇


 髪は簡単に束ねられ、ガウンの前をしっかり閉めた女性が、慌てた様子で出迎えてくれた。

 寄宿学校時代に見た写画よりもずっと大人っぽくなっている。

 だけど、初めて会った気がしないのは、見て知っていたからか。


 慌てた様子で迎えに出てきたセレナちゃんを見て、ようやく俺は気づいた。

 今はもう夜遅い。

 寝ていたところを起こされた可能性もある。

 俺もリックも酔っていたので、そのことに気が付かなかった。

 だけど、にっこりと笑顔で「いらっしゃいませ」と言ってくれるセレナちゃん。

 セレナちゃんの第一印象は、イメージ通りの良い子だった。


(たしかに穢れを知らなそうだ)


 リックはふらふらとセレナちゃんに近づいて、抱きついた。

 吸い寄せられるという表現がぴったりな様子で。


「んー、セレナ……出迎えありがとう」

「フェリクス様、おかえりなさい」


 セレナちゃんは抱き着くリックを受け止め、優しく背中をさすった。

 イチャつくというより、介抱に近い仕草だったが、リックの感じ方は違ったようだ。


「ちょっ!まっ!?待ってください!お客様の前ですからっ!」


 リックは俺がいることを忘れているのだろう。セレナちゃんにいきなり口付けしようとして、止められていた。


(いつもやってることなんだろうな……新婚らしいけど)


「……あぁ…………そうだった。これはイヴァン。友達なんだ」

「はじ――あの、フェリクス様?少し離してください。ご挨拶を……」

「このままでもいいよ」

「えっ、でも……」

「俺はそのままでも構いませんよ。イヴァン・ヘルツベルクです。初めまして!」

「あ、は、初めまして。ようこそお越しくださいました。っ、妻のセレナです。イヴァン様のことは、寄宿学校時代からと、えっと、夫から伺っています」


 リックに巻き付かれて困り顔ながら、ぎこちなく笑んで挨拶をしてくれるセレナちゃんは、俺が見ても庇護欲をそそるくらい健気で可愛らしかった。


(妻や夫とまだ言い慣れていない初々しさ。それに、健気。で、穢れを知らなそうな女の子、か……。そりゃあ不安にもなるな。リックは宰相補佐官として穢れた人間を見てきている。自分も穢れていると思っていても不思議ではないからな)


 別邸に閉じ込めて出られないようにしたい衝動に駆られると言っていたリックの気持ちが、ほんの少しだけ理解できてしまう。


 だけど、セレナちゃんに対するリックを見ていると、大丈夫な気がした。

 とにかく彼女のことが大切で仕方がない様子だから、セレナちゃんの心が本気で離れてしまうことはしないだろう。


 この日、俺は幸せな気分で寮へ帰った。新婚っていいなぁと思いながら。


 それから程なく、『フェリクス様が屋敷に帰らず、ずっとお城に泊まり込んでいるらしいわ!』と騒いでいる令嬢たちに遭遇し、新婚早々の不仲説を聞くことになるとは思わなかったけど……。


 この噂が出たとき、リックは険のある顔をしていて本気で心配した。

 だが、次に見たときにはまた一段と柔らかい顔つきに変わっていた。危機を乗り越えたのだろう。


 ただ、飲みに行くたびに「俺はどこかおかしい……」と毎度のように聞かされることになるとは想像していなかった。

 まぁ、親友である俺の前でだけ本音が言えるって思えば、何度同じ話をされても悪い気はしない。

 何度だってお前は大丈夫だと言ってやる――――


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