表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/78

01

今日から再開させていただきます。

番外編として掲載していたお話(削除済)を改稿して第四章の始まりとしています。

なお電子書籍版とは相違している部分もあります。

 世間では春の訪れを祝うための長期休暇に入った。

 この国には、春の訪れを祝う期間と秋の収穫を感謝する期間があり、国民が長期休暇になる。

 城勤めの者も警備担当や王族の近侍以外はお休みになる。

 フェリクス様ももちろんお休みだけど、今年の春の休暇は侯爵家当主としての仕事でつぶれてしまいそう。


「ごめんね。今年はどこにも連れて行ってあげられなさそうなんだ」


 私が大丈夫だと答えれば、フェリクス様は少し寂しげに視線を合わせてくる。


「毎日でもセレナとデートしたいのは俺だけ?」


 正直なところ、毎日デートはどうだろう……と思わなくもないけど、ここで私が言う言葉は決まっている。


「そんなことありません。私もです」


 フェリクス様の表情が緩んだ。

 そして、私を甘やかそうと頬に触れる手つきが変わる。


「ですが、領民が困っているなら早く解決してあげないといけないですよね」


 フェリクス様は私の頬を撫でるのをやめ、表情を引き締めた。

 最近は少しだけ当主夫人らしく夫の手綱を握るコツを掴み始めている気がする。


「そうだね。できるだけ早く終わらせて、少しでもセレナと過ごせるようにがんばるよ」


 ハーディング侯爵家は歴史があるため、その時々で賜った領地が国の中に点在している。

 だけど、ハーディング侯爵家は多くの魔術師団長を輩出してきたこともあり、昔から本邸は王都にある。

 そのため、各地にある領地は分家に当たる親族に領主代理として管理人を任せている。

 基本的な領地経営は管理人が行っているけど、最終的な決定権はもちろん領主であるフェリクス様にある。

 そのため、要望書や報告書は随時本邸に届く。本邸に届いた書類は、漏れや紛失がないように本邸から持ち出さないのが基本。

 今は前当主であるお義父様がほとんどの処理をしてくれているし、フェリクス様も日々僅かでも暇を見つけては本邸に行き、報告書のチェックをしている。

 それでも追いつかないので、まとまったお休みのときには、当主や領主としての仕事に専念するとき。


「それじゃあ、今度の春の休暇は、フェリクス様はずっと本邸通いになるのですね」

「ん?セレナも一緒だよ?」


 それ以外の選択肢はないのにおかしなことを言う――と思っていそうな顔だった。


「でも、私が行っても何もお役に立てないですが」

「セレナはただゆっくり過ごしてくれているだけでいいんだよ」


(それなら何のために?)と思ったけど、聞いたところで返ってくる答えはわかりきっている。


「今回は、対応に協議や検討が必要な案件も多くてね。父上や管理人たちとの話し合いも長くなると思う」


 今年は春の嵐がおきた。

 国の端のほうにあるいくつかの領地で水害が発生して橋が落ちたり、植えたばかりの農作物が駄目になってしまったりして、深刻な状況という報告が届いているらしい。そのため、各地から代表者がこちらに集まってくる。

 今回の長期休暇中は、それにかかりっきりになってしまいそうだと説明してくれた。


「だから、今回の休暇は本邸に泊まり込んで対応することになったんだ」

「あ。そうでしたか」


 通いではなく泊まり。

 だから、私も当然本邸へ行く、と……。


 ――――今はドゥシャンが引き起こした事件から半年ほど。

 私に危害を加えようとしていたナディアもドゥシャンも、今はもういない。

 ドゥシャンを殺害した犯人の目星はついているものの、行方はいまだわかっていない。


 特にナディアが亡くなったのは私たちのせいだと逆恨みされている可能性もあるため、あれからもフェリクス様は情報収集に努め、ずっと警戒しているようだった。

 おかげで、侯爵家の影であるはずのマルセロが、すっかり私専属の護衛のようになってしまった。

 姿を見なくなるときがあるから、本来の仕事もしているのだろうけど。


 さすがに家の中でまで四六時中護衛されることはなくなった。

 けれど、外出するときは侍女のトニアだけでなく、護衛としてマルセロも必ず連れて行くように言われている。

 それもあって、私だけ別邸に残すのが心配という気持ちもあるのだろう。

 普段から日中は使用人たちと私だけになるのだから変わらないと思うけど、私が一緒に本邸へ行くだけでフェリクス様が安心して当主の仕事に専念できるというのなら、喜んでそうしよう。


 そういうわけで、私は一昨日から本邸に滞在しているのだけど、すっかり暇を持て余していた。

 フェリクス様は基本的に朝から夜までお義父様たちと仕事をしている。


 せっかく本邸にいるのだから、私もフェリクス様の側で見学しようと思いついた。

 フェリクス様は『セレナはゆっくり休んでいていいんだよ』と言ってくれるけど、横にいて話を聞くだけならきっと邪魔することなく領地の勉強にもなるはず。


『側にいてもきっと皆さんが話していることの半分も理解できないと思います。でも、当主夫人として少しでも理解を深められたらと思いまして』

『ありがとう。セレナが侯爵家のことを考えてくれて嬉しいよ。それなら俺の隣に席を用意させるけど、無理はしないでね』


 そんな会話をして用意された椅子は、一人掛け用のソファだった。

 もちろん、このタイプの椅子を用意するように言ったのはフェリクス様。

 他の人は木の椅子なのに、見学者が一番豪華で優雅な椅子に座るなんて、なんだか申し訳ない。

 それでも私なりに真剣に代表者とフェリクス様やお義父様とのやり取りを聞いていた。


 ただ、フェリクス様が私に気を使ったり、順番が来て入室してきた代表者が私に気付いて表情を曇らせたりするとそれだけでフェリクス様の声が低くなってしまうことがあった。


 私はわからなかったところをメモして後で聞こうと思っていると、フェリクス様がノートを覗き込み、その場で説明してくれようとした。

 それは一人の代表者が退室して次の代表者が来るまでに少し時間ができたときだった。

 だけど、丁寧に説明してくれるので、少なからず次の代表者を待たせる結果になる。

 邪魔しないで見学するつもりがいるだけで邪魔になってると気づき、初日の午前中だけで見学するのはやめた。


 そんなこともあり、フェリクス様は休憩のたびに顔を見に部屋に来てくれる。

 ただ、本当にただ顔を見に来るだけの時間しかなく、ゆっくりお茶を飲むこともできないくらいだった。


 私は一応当主夫人ではあるけど、結婚当初から別邸に住んでいるので本邸が自分の家という感覚がないから、心の底からくつろげない。

 本邸は結界のような魔術展開がされ、三階部分は限られた人しか入れないし、特に安全なので、フェリクス様から自由に過ごしていいと言われている。

 今、私たちが寝泊まりしている当主夫婦の部屋も三階にある。

 フェリクス様ははっきりと言わなかったけど『セレナは自由に過ごしていいからね。三階は安全だし』と、三階を強調して言ったということは、三階で過ごしてほしいということ。

 意を汲んで、昨日と一昨日は大人しく部屋で過ごした。

 だけど、さすがに二日も部屋にこもっていると体がなまるし気分転換もしたくなる。

 少しぐらい体を動かしたりしたいけど、三階には私たちの部屋とお義父様の部屋、ヘラルド様の部屋、それから倉庫代わりの部屋や普段使われていない部屋くらいしかない。

 それと、長い長い廊下。

 別邸は私の貧乏な実家とそれほど変わらない親しみやすい大きさだけど、歴史のある名門侯爵家の本邸となると、それはもうとにかく大きい。

 この広い屋敷内や素晴らしい庭を見て回ることができれば一週間くらい退屈しないだろうと思うけど、フェリクス様を心配させてまでしたいとも思わない。

 私が勝手に三階からいなくなったら、心配して飛んできそうだし。暇を潰すために仕事の邪魔をしてはならない。


 考えた結果、少しは運動になるだろうと三階の廊下を歩き始めた。

 廊下にはセンス良く美術品やお花も飾られているので、案外飽きずに歩ける。

 長い廊下を何往復かして、そろそろ付き添ってくれているトニアにも悪いから部屋に戻ろうかと思い始めたころ、角を曲がってすぐにメイドが一人、とある部屋にこそこそと入っていく瞬間が見えた。

 思わず隠れてその様子を見る。


「…………」

「奥様?どうかされましたか?」

「……ねぇ、あの部屋は誰の部屋?」


 私の指の先を追って、すでに閉じられたドアを見たトニアが言う。


「ご結婚前に使われていた旦那様の部屋です」

「やっぱり」


 以前、ヘラルド様がフェリクス様の部屋には常に鍵がかかっていると言っていた。

 今部屋に入っていったメイドは、鍵を開けて部屋の中に入っていったし、部屋に入るとすぐに鍵を閉めた音がした。

 あんなにこそこそと主人の部屋に入るなんて……。


「奥様?」

「…………」


 フェリクス様の部屋前まで行き、ドアのほうに体を向けて立ち止まった私に、トニアが不思議そうにしている。

 だけど、確かめなければならない。

 メイドが周囲を警戒しながら、あんなにこそこそと主人の部屋に入る理由を。

 それが、ちらりと見えた気がしたから――――


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ