二度目の夜会3
「セレナ、どうしたの?心ここに在らずって感じだね。そんなにヘラルドの方ばかり見てないで、もっと俺のことを見て」
「あ、ごめんなさい」
あの後もブランカさんと話をしていると、遠くにいたフェリクス様の周りに女性が集まりだした。
するとフェリクス様は女性たちから逃げるように私の元へやって来て、『セレナ、そろそろ帰ろうか。コルクト嬢と話がしたりないなら今度別邸へ呼ぶといいよ』と、帰宅を促してきた。
そのため、ブランカさんとはまた手紙を書くと約束し、夜会会場を出た。
しかし、予定よりもかなり早めに切り上げることになったため、迎えの馬車はまだ来ていなかった。
迎えの時間まで執務エリアにあるフェリクス様の部屋で休もうかと再び城の中へ入ると、帰宅しようとしていたヘラルド様と偶然会った。
ヘラルド様はそもそも夜会には出ておらず、仕事から帰るところだった。
『兄上と義姉上。夜会はもう終わったのですか?』
『夜会は続いている。俺たちはもう帰ろうと思ったんだが』
『あ、別邸の馬車はまだなんですね。では、こっちに乗っていきますか?別邸なら帰り道の途中ですし』
『そうだな。そうさせてもらおう』
こうして本邸の馬車に乗せてもらい、別邸へと帰ることになった。
馬車に乗ったあと、私は斜め前に座っているヘラルド様をついちらちらと見てしまっていた。
今一番、心の内を知りたい人物が目の前にいたら、気になって見てしまうのは仕方がないだろう。
「もしかして、疲れた?夜会は久しぶりだったし」
「いえ、大丈夫です」
「そう?じゃあどうしたの?」
「…………」
「ん?」
フェリクス様に相談してみようか。
今は目の前にヘラルド様がいるから言えないけど、別邸に帰ったら。
でも、話してもどうにもならない気がするし、そもそもブランカさんの恋心を勝手にフェリクス様に話すのは気が引ける。
フェリクス様はブランカさんの気持ちに気づいているようだけど。
だけど、何もしないとブランカさんは自分の気持ちに蓋をして、誰か知らない別の人と歩む道へと進もうとしているような気がする。
好きな人と一緒になることが幸せとは限らない。
恋愛結婚した友人たちの話を聞くと、好きな人だからこそ、許せない部分がでてくることもあるし、勝手に期待値を高くしてガッカリしてしまうこともあるようだ。
逆に、親の決めた相手と結婚して、変に期待していなかったからこそ、些細なことでも幸せに感じられることもある。
実際、私も好きな人と結婚した訳ではない。
元々は、フェリクス様のお父様である前ハーディング侯爵の後妻だと思っていたし、借金返済の為と割り切って嫁いできた。
結果的に、結婚した人をこんなに好きになれたのは幸せなことだと思う。
でも、ブランカさんのように凄く好きな人が心にいる状態で政略結婚をした場合はどうなるんだろう。
縁談を申し込んでくれた人が、好きな人を上回るくらいに素敵な人ならきっと丸く収まるんだけどな。
「セレナ。コルクト嬢と何かあった?」
「え?いえ。私とブランカさんの間には何も」
「そう……そういえば、コルクト嬢は縁談が届いたんだろう?その件で何か相談でも受けた?」
「えっ!?なんで知っているんですか!?」
「はっ!?ブランカに縁談!?」
私が驚くと、ヘラルド様も私に負けないくらい大きな声を出した。
ヘラルド様は、寝耳に水といった驚愕の表情をしている。
「先日、食堂に行ったら、近くの人が話しているのが聞こえてきたんだ」
「そうなんですか。それって、申し込みをしたご本人だったんですか?」
「そのようだよ」
「あの、どのような方かわかりますか?」
「…………」
私がでしゃばってどんな人かを聞いたところで、できることはなにもないだろうけど、聞かずにはいられなかった。
私の問いを受け、フェリクス様は何も言わずに困ったように少し眉を下げた。
多くの人が利用する食堂で、他人に聞こえるくらいの声量で自分の縁談の話をしていたという時点で引っかかるが、フェリクス様の表情を見る限り、あまり良い方ではないようだ。
ブランカさん、本当にヘラルド様のことを諦めて縁談を受けるのだろうか。
ヘラルド様のことは抜きにしても、仕事が楽しいと前にも言っていたけど、縁談の相手と結婚するなら仕事を辞めることになるようだし……。
その人との結婚には、好きな人も好きな仕事も諦めるほどの価値があるのだろうか。
自分の選択を後悔するときがやってくるのではないか……。
簡単に口に出していいことではないけど、そう思わずにはいられない。
ヘラルド様がブランカさんのことをどう思っているのか聞きたい。
フェリクス様と三人で馬車の中。
聞くなら今だけど、聞いて「良い部下だと思っている」って言われたら聞いたことを後悔する。
だけど、こんなチャンスはもう無いかもしれない――――
「着いたよ、セレナ」
「あっ。あの、ヘラルド様」
「はい?」
「えっと……」
「セレナ?どうしたの?」
「あ。今降ります。あの――、おやすみなさい」
「はい。おやすみなさい」
到着するや否や、フェリクス様は馬車からすぐに降りて私に向かって手を差し出し、降車を促してきた。
迷ったけど、私からヘラルド様に聞くことも、何かを言うこともできず、結局挨拶だけして馬車を降りる。
どことなく、ヘラルド様はまだ驚きの余韻を引きずっているように見えた。
「ヘラルド」
「あ、兄上もおやすみなさい」
「後から大切だと気づいても、他人の物になってからでは遅いぞ」
「え……」
私はフェリクス様に促されて屋敷の中へと足を進めていたため、フェリクス様が振り返って馬車の中に向かって何か言っていたことに気がついていなかった。
それからしばらくしてブランカさんから届いた手紙に、ヘラルド様と交際することになったと喜びいっぱいの報告が書かれていた。