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二度目の夜会2


 人々の視線を集めながらフェリクス様と夜会会場内を移動していると、ブランカさんがいた。


「セレナさん。お久しぶりね」

「お久しぶり――フェリクス様。ブランカさんとお話してきていいですか?」

「もちろん。でも、目の届かないところには行かないで」

「わかりました」


 昨年の夜会ですっかり仲良くなったブランカさんとは、今も定期的に手紙のやり取りをしている。

 今回の夜会でも会えたら話をしようと手紙の中で話していた。

 フェリクス様にも、『ブランカさんと会えたらゆっくり話したい』と事前に伝えておいたから、すんなりと送り出してくれた。


「ふふ。フェリクス様は相変わらずね」


 ブランカさんには笑われてしまって照れくさいけど、私にとってはフェリクス様のこういうわかりやすいところも好きなのだ。


「まぁでも、昨年はあんなことがあったんだし、警戒するのは当然ね」

「そうね。余計な心配はかけたくないから……そこの椅子でいいかしら?」

「もちろん」


 ブランカさんと私は夜会会場の壁際に置かれた椅子に腰掛けて話をすることにした。

 ここなら、フェリクス様からも見えるはず――と確認のため、先ほどフェリクス様と一緒にいた場所を見る。

 すると、こちらを見ていたフェリクス様と目が合った。


「あ……」


 私が控えめに手を振ると、嬉しそうに微笑んで手を上げてくれた。

 取るに足らないことかもしれないけど、今までこんなふうに離れた場所で視線を合わせたり手を振り合ったりしたことがなかったので、離れていても意思疎通が図れていることが嬉しく感じる。

 私が思わずにへらと笑うと、フェリクス様の瞳もより一層細められた。


「……ほんと、相変わらずねぇ。フェリクス様って、周りのお嬢様方からの黄色い声なんて聞こえていないわよね」

「あっ。ごめんなさい」

「いいのいいの。少し距離が離れていても二人の世界に入り込めるのは凄いわ」

「恥ずかしい……」

「馬鹿にしてるんじゃないわよ?羨ましいなって本気で思っているわ」


 つい……。

 こういうとき、本当に私はフェリクス様の甘い愛に慣れきってしまったのだと思う。

 独身の頃は、こんな甘い空気を醸し出しているカップルのそばに寄るのも嫌だったのに。

 気づくと当たり前のようにやっているのが恥ずかしいな。


「ブランカさんはその後、どう?手紙ではたまにご飯を食べに行けるようになったと書いてあったけど」

「えぇ。師団長が早く帰れる日に、たまに誘ってもらえるようになったの」

「ヘラルド様から誘ってくださるの?」

「初回は一応巻き込んだお詫びという態でお誘いいただけたじゃない?それで終わらせるのが嫌だったから、別れ際に勇気を出して、私から『よろしければ、またお食事に行きませんか』って言ったの」

「うんうん。頑張ったのね」

「何かのきっかけがあるとしたら、これが最初で最後のチャンスだと思ったもの。そうしたら、師団長が『あぁ、また行こう』って」

「やーん。素敵。それで、たまにご飯に行くようになったのね?」

「えぇ。……でも、一年経っても本当にただご飯に行くだけの関係なのだけど」

「そう。ヘラルド様はどう思っているのかしらね」

「きっと、ただ同僚と仕事帰りにご飯を食べに行っているってだけだと思うわ。仕事中も、お酒を飲んだ後も、私への態度はいつでも変わらないもの」

「あら……」

「これでもこの一年、結構頑張ったつもりなのよ?時にはいつもより酔ったフリをしてみたり、時にはジッと見つめてみたり。今日はもう少し飲みたい気分ですって言ってみたり……。でも、そろそろ諦めなくちゃいけないなって思っているの」

「えっ。どうして?」

「少し疲れてしまったのかも。ご飯中は楽しいし、幸せなのよ。だけど、寮に戻って一人になると少し虚しいの。頑張ったけど今日も何も変わらないし何も伝わっていないなって」

「そう……」


 確かに、二人でご飯を食べに行く関係になって一年経っても進展がなければ、脈がないのだろうと考えてしまう。

 振り向いてもらおうと頑張れば頑張るほど、手応えがないと段々疲れてきてしまうだろう。

 一人になった時に虚しさを感じる気持ちも、わかる気がする。


「……実はね、縁談の申し込みがあったのよ」

「え!」

「私って、行き遅れじゃない?だから、もう縁談の申し込みなんて来ないと思っていたのよね」


 同意はしにくいが、年齢的に言えば確かに行き遅れに入る。


「これまではどうだったの?」

「所謂適齢期のときは、多少は申し込みがあったわよ。でも、仕事が楽しかったし、その頃にはもう師団長のことを慕っていたから、断っていたの。気づけば適齢期を過ぎていて、誰からも縁談の申し込みが来なくなっていたんだけど」


 ブランカさんは艶やかな黒髪に目鼻立ちがはっきりとした美人だ。

 家柄も悪くない。

 それでいて適齢期を過ぎて独身なのは、仕事にやり甲斐を見出しているから。

 以前、『できれば結婚しても魔術師は続けたいの。でも、それを許してくれる男性ってあまりいないじゃない?どちらかしか選べないなら、仕事かなって。私は四姉妹の末っ子だし、姉たちが良縁に恵まれて家へ貢献してるから、両親も私のことは諦めていて、もう好きに生きたらいいって感じなの』と話していた。


「今までは、好きな人も仕事も諦めたくないって心の中では思っていたの。だけど、お友達の話を聞いていて、最近、好きな人も仕事もって、思えることすら贅沢なんだなって思うようになってきた。妥協ではないけど、自分の中で折り合いをつけて、人生の協力者と考えれば、心から好いていなくても共に生きて行くこともできるのかもしれない」

「……縁談のお話を受けようと思っているの?」

「正直、まだ迷っているわ。お受けするなら仕事は辞めることになるだろうし」

「補佐官の仕事を……辞めちゃうの?」

「あ。言っておくけど、補佐官の仕事だって、別に不純な動機で志望したわけじゃないわよ?師団長と出会う前から、私の目標だったの。……だけど、縁談の申し込みがくるのも最後かもしれないから。少し前までは、仕事が楽しいし、目標が叶ったし、側にいられるなら結婚しなくても私はそれでいいと思っていたのに、考え方って変わるものね。多くは望まないつもりだったのにな。個人的にご飯に行けるようになったから、期待しちゃったのね」

「……ヘラルド様は、縁談のこと知っているの?」

「まさか。『縁談の申し込みが来たんです』なんて、師団長の出方をみるようなことは言えないわ。やっぱり心のどこかで期待しちゃうもの。もしかしたら、止めてもらえるかもって。だけど『そうか、おめでとう』なんて……簡単にそう言われてしまったら――――考えただけで涙が出そう」

「…………」

「でも、踏ん切りが付くかもしれないわね。逆に。いっそのこと粉々になったほうが、前を向けるかも」


 ブランカさんから聞くばかりで、実際の二人の様子を知らない私は何も言えなかった。

 でも、迷っていると言いながら、ブランカさんの心は決まっているような気がした。

 何か覚悟を決めたような横顔が印象的だった――――


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