06
本日2話目です。
「セレナはどれが気に入った?」
私は今、目の前にたくさん並べられた結婚指輪を、フェリクス様に腰を抱かれた状態で眺めている。
昼には戻るという言葉通り昼頃に戻って来たフェリクス様と、ハーディング侯爵家が懇意にしているという高級な宝飾店にやって来た。
朝、何に驚いていたのか、どこへ行っていたのか、気にはなったが、セレナはまだフェリクスの性格が分からないので、聞けずにいた。
本人が何も言わないし、何事もなかったようにここまで連れてこられたという事は、何も聞かない方が良いのだろうと考えたのだ。
未だにどうして自分が望まれたのか理解できていないので、高価な結婚指輪を選ぶ事に躊躇いがある。
もしもこの結婚に裏があるなら、例えばいずれ別れる予定とか、偽装結婚的な何か、そういうのがあるなら結婚指輪はいらないのだけど……。
結婚指輪があった方が良いなら、もっと安い物で充分だと思うのだけど……。
腰を抱かれているので、すぐ真横からフェリクス様の視線を感じる。
これは、どれか選ばないと解放されそうにない予感。
「えっと。これ、ですかね」
「セレナはシンプルなデザインが好きなのか?」
「はい」
シンプルなデザインも好きではあるけど、選んだ理由は装飾が少なく一番安そうだと思ったからだ。もちろん値段なんて書いてないから、私が思っているより高い品なんだろうけど。
貧乏貴族ではこんな高級なお店を利用したことがないから値段の想像がつかない。
「分かった。では、これを」
「畏まりました」
選んだ指輪を持って奥の方へ行く店員を「あぁ、それと」と言いながらフェリクス様が追っていく。
立ち上がる時に、腰に回した手で、腰というか脇腹をするりと撫でていくのはやめて欲しい。
くすぐったくてびくっとなったし、触り方の艶めかしさで顔が赤くなったせいで、近くにいた店員さんに訝しげに見られたじゃないか。
その後、フェリクス様が魔道具のお店に寄りたいというので、魔道具のお店に行った。
魔道具には生活を助けてくれる物から魔術師が使う専門的な道具まである。
私は日常生活に使う魔道具が置いてある一般人向けのお店しか行った事がなかったけど、フェリクス様に付いて行った店は、魔術師向けの専門的な道具を扱うお店の様だった。
今まで見たことのない道具や魔石が沢山並んでいた。
魔石なんてあまり目にすることがなかったけど、ぱっと見普通の宝石と違いが分からない。
キラキラしていて綺麗だった。
何かを注文していたらしいフェリクス様は、店員からそれを受け取るだけですぐに用事が終わったようだ。
◇
湯あみを終えて、ソファで昨日の本の続きを読んでいると、昨日と同じくフェリクス様がやって来た。
こちらの方に体を向けて座り、手を握ってくる。
「明日からまた仕事だな。仕事なんていかずにずっとふたりで過ごしたい」
「……仕事は行かないといけませんね」
「明日からは一緒に行こう」
この家は歩いても15分位と王城にとても近い場所にあった。
だから明日からは歩いて行こうと思っていた。
歩いても実家から通うより通勤時間が短くて助かると思っていたのに。
(一緒に出勤したら大騒ぎになりそうだから、できれば避けたいんだけどなぁ)
ちょっと嫌そうなのが伝わったのか、少し寂しそうな目で見られた。
「……だめなのか?」
「いえ、だめでは」
「では、一緒に行こう。それと、明日からはこれを身に着けて欲しい」
そういって小さな箱を差し出された。
開けてみると、アクアマリンのピアスとネックレスのセットだった。
(まるでフェリクス様の瞳の色……)
「こんな、誕生日でもないのによろしいのですか?」
「うん。実はそれは魔力を込めているんだ。」
(アクアマリンだと思ったけど、魔石なのか。ってことは、アクアマリンよりも高価なんじゃないの!?)
「効果はお守りみたいなものだけど、俺と一緒の時以外はできるだけ肌身離さず身に着けて欲しい」
「分かりました。あの、ありがとうございます。大切にします」
フェリクス様は満足そうに頷いた。
「あの、フェリクス様のお誕生日っていつですか?」
「誕生日?来月だよ」
貧乏子爵家で育った私は、プレゼントは誕生日に貰う物だと思っている。
高位貴族なら誕生日じゃなくてもプレゼントをすることもあるのだろうとは思うが、貴族より庶民的な感覚寄りの私は貰いっぱなしでは気が引ける。
せっかくなら誕生日にお返しをしたいと思ったのだが、フェリクス様の誕生日まで思ったよりも時間がなかった。
急がなければ、物によっては間に合わないかもしれない。