パメラと若い騎士
セレナがフェリクス様と結婚していることを知らなかった騎士を慰めるために、彼と飲みに行って以来、すっかり飲み仲間になってしまった。
最初の1~2回は、彼の愚痴を聞くためだったので奢りだったけど、今では普通の飲み仲間として割り勘で飲みに行っている。
「あ、パメラさん。俺、早番なんだけど、今日どう?」
昼休みが終わって針子部屋に戻っているところを、見回り中だった若い騎士改めクレトと偶然すれ違った。
クレトは右手を握って、ジョッキを傾けるようなしぐさをしている。
「良いわよ。いつもの店?」
「うん。じゃあ、いつもの店で」
クレトを慰めるためにたまたま入った店が、私たちにとってのいつもの店となった。
安くて美味しい料理を出すあまり大きくない店。
労働者階級の人が多く集まる庶民的な酒場だ。
男爵令嬢とはいえ自分も働かないと立ち行かない金銭状況の私にとって、懐に優しいお店。
店に着くと、クレトはまだ来ていなかった。
空いている2人用の席に着いて、さっさと注文を済ませる。
最初の頃は律義にクレトが来るまで待っていたけど、仕事柄なのかクレトは予定より遅れてくることも多い。
「おじさん、麦酒とポテトフライ。あとは……今日のお勧めは何かしら?」
「今日は白身魚の香草焼き!あと、青菜とナッツを炒めたのがお勧めだよ!」
「じゃあそれもお願い」
「はいよ!」
ここのポテトフライは絶品なのだ。
ポテトフライなんて大体塩かハーブソルトで食べるので、どこで食べても同じ味だと思っていたけれど、何か特別な味付けをしているらしく、スパイシーでお酒が進む味付けになっている。
ポテトフライをつまみに麦酒を半分ほど飲んだところでクレトがやって来た。
「ごめん、遅くなった!」
「ううん。遠慮なく先に始めさせていただいてるわ」
「うん。おじさん!俺にも麦酒ちょうだい!」
急いで来たのだろう。クレトの前髪が跳ねていた。
「ちょっと」と手招きすると、素直に身を乗り出してくる。
手を伸ばして、前髪を直してあげると「あ、跳ねてた?ありがとう」と言って、にかっと笑う。
うん。今日も素直だし良い笑顔だ。
まるで弟。
もしくは犬。
こんなふうに突然誘い合って飲みに行くようになってからもう数ヶ月経つが、お互いに恋愛感情は持っていない。
私はクレトを弟のように思っているし、クレトは私をきっと愚痴聞き要員とでも思っているだろう。
少なくとも、恋愛感情がないのは確かだ。
「はぁ~……清楚な彼女が欲しいよぉ」
クレトは酔ってくると必ずこれを言い出す。
清楚な雰囲気の女性がタイプらしい。
クレトがいいなと思っていたセレナは、ミルクティー色の髪にグリーンの瞳で大人しそうな顔立ちだから、清楚に分類されるだろう。
他にも、王城で働いている『誰それが可愛い』と言っているのを聞く限り、好みは清楚で一貫している。
ちなみに、私は赤髪に釣り目がちな派手な顔立ちをしている。
派手に見られがちで、風貌だけで軽そうだと勘違いされやすい私に向かって清楚を強調してくるあたり、失礼で無神経な男だ。
でも、余計な気を使わなくていいから、一緒にいて楽なのだ。
お互いに恋愛感情がなくて、気を使う必要がないって、こんなに楽な関係だと初めて知った。
「うぅ……なんで俺はモテないんだ……」
そう呟いて、寝落ち。
クレトはそれほどお酒に強くない。
これはいつもの事だけど、焦ったのは最初だけだった。
何故なら、びしっとシワひとつない執事服を着こなした男性が、クレトが寝落ちするタイミングを見計らって必ず迎えに現れるから。
「ザックス様。いつもお世話になっております。クレト様が本日もご迷惑をおかけいたしまして、申し訳ございません」
「いいえ〜。大丈夫ですわ」
私がにっこり笑って平気だと言うと、執事服の男も優しい笑顔を向けてくれる。
そして、騎士の中でも結構大柄なクレトを軽々と肩に担ぎ上げて、立派な馬車へと運ぶ。
「ザックス様。お送りいたします」
「では、お言葉に甘えて。お願いします」
馬車の壁にもたれ掛けさせられて眠っているクレトの横に執事が座り、クレトの向かいに私が座る。
相変わらず立派な馬車だ。
実家のソファより座り心地が良いってどう言う事だろうか。
クレトの実家は、裕福な伯爵家だった。
クレトはそこの次男らしく、子供の頃から騎士を目指していたらしい。
裕福で気を遣わずにいられる男性。
相手も私に気を許してくれている。
貧乏男爵令嬢にとってこんな出会い、またとないチャンスだと思うけど、お互いにその気が無い。
だって、クレトの好みは清楚な令嬢だし、私は私でこの執事が気になっていた。
柔和な笑顔。落ち着きを感じる佇まい。細身に見えるのにこの大柄のクレトを軽々と肩に担ぐ力。
抜群の美丈夫ではないけれど、少し背伸びをしたら手が届きそうな、女性から好かれる顔立ちをしている。
惚れてしまうわ。
無言の馬車の中で、ついちらちら視線を送ってしまう。
私の視線に気が付いた執事は、軽く微笑み返してくれる。
彼とはほとんど会話もないけど、穏やかな時間が流れているようで心地よく感じる。
私はこの時間も楽しみで、いつもクレトの誘いを断れない。
視線を落とすと、残念ながら彼の薬指には指輪が光っている。
結婚しているらしいから、諦めるしかないけど……。