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最終話です。
レドライクの王太子殿下帰国から1カ月経っても私はあの事件について何も聞かされていなかった。
フェリクス様は私の前ではいつも通りで、王太子殿下が帰国された翌日は王城に泊まりになったり暫くは仕事が忙しそうだったくらいで他は以前と何ら変わりない生活を続けていた。
あの時王太子殿下が魔力を分けてくださったおかげで、トニアもマルセロも後遺症もなく、あの日から約2ヶ月経った今は以前と変わらずに働いてくれている。
私の周りだけがあの日の出来事が何も無かったように過ごしている。それには違和感しかない。
フェリクス様が何も言わないという事は、私にはあまり聞かせたくないのか、思い出させないようにとの配慮だろうと思ったけど、これに関しては私も一応当事者だからどうなったのか知りたい。
ブランカさんまで巻き込んでいるのだし。
もう2カ月近く経過しているので、ある程度の決着はついているはず。そろそろ聞いたら答えてくれるだろうか。
「フェリクス様」
「ん?なぁに?」
「ドゥシャンはどうなったのですか?ナディアは?」
「言いたくないな。セレナが気にすることはないよ」
「知る権利はあると思います」
「そうだね。でも……セレナにはただ安寧に過ごして欲しいんだよ」
「どうなったか知る事で安寧が崩れますか?私だけ取り残されているような、仲間外れにされているような、そんな気持ちになります。フェリクス様が私の事を思って隠しているのは分かりますけど、寂しいと言うのか、悔しいと言うのか、なんと言えばいいのか分からないけど……私はこれでもハーディング侯爵家当主の妻なんですよ」
「そうだね。――――……ナディアは亡くなっていた」
「え……」
王太子殿下が滞在していることで、ドゥシャンの凶行の動機を聞き出したり罰を与えることは後回しにされた。
ただ、ナディアの行方だけお義父様が先に聞きだし、ドゥシャンから聞き出した場所へ行くと、そこにはすでに事切れたナディアがいたという。
お義父様からヴァイル家へ亡骸の引き取りを連絡し、現場へと来た夫人は泣き叫び、ヴァイル家当主はぶつけようのない怒りを必死に抑えている様子だったらしい。
「……ドゥシャンには幻術を見せる罰を与えたんだ」
「幻術ですか?」
「あぁ。ドゥシャンは犯行にナディアの幻術を利用したから、同じようにね。罰だから彼がこの世で一番恐れていたものの幻術を見せた」
それは寝ても覚めても死んだはずの母親がドゥシャンを叱責するという幻術。
彼は幼少期から両親、特に母親から酷い虐待を受けていたらしい。15歳のとき流感で母親が亡くなるまで母親の支配下に置かれ、彼は母親をとても恐れていた。
私の知っているドゥシャンは自信たっぷりで軽薄そうな青年だったし、ブランカさんからも『女遊びが派手だから気を付けて』と言われていたから想像もつかなかったが、子供の頃は大人しくびくびくと何にでも怯えている子供だったという。
彼が成人になる前年に母親が流行病で亡くなると、解放されたようにすぐに女遊びを始めた。
女遊びの激しさは彼にとって母親へのコンプレックスの裏返しだったのかもしれないとフェリクス様が言った。
「こちらの想像以上にあっという間に精神が崩壊してしまって……施設に送られたが、そこでつい先日殺害された」
「えっ……ドゥシャンも亡くなったのですか」
レドライクの王太子殿下の対応でフェリクス様自らドゥシャンへの罰を直ぐに与えられる状況ではなかったので、ドゥシャンは国へ渡した。
動機やナディア殺害についてなかなか口を割らなかった為、正式な刑を決める前に彼が最も恐れていた者の幻術を見せる罰を与えたと言う。
ブランカさんを階段から突き落としたり私を何処かへ連れて行こうとした誘拐未遂はナディアの罪なので、ドゥシャンを正式に問える罪は、ナディア殺害容疑と私やハーディング家別邸の使用人への暴行。
ナディアが共犯者で間違いがないのか、他に共謀している者はいないか、犯行の動機は何なのか、そしてナディア殺害について供述させるための拷問として。
しかし、口を割る前に心が壊れてしまった。
廃人のようになったドゥシャンは充分な罰を受けたとみなされ、刑吏指示のもと警備のしっかりした施設に入れていたが、ある朝部屋で殺害された状態で見つかった。
自死を防ぐためにひも状の物も刃物になるような物もない、ベッドとトイレしかない独房のような白かった部屋が、朝になると壁から天井まで赤く染まっていた。
結局ドゥシャンは犯行の動機も目的も吐かないまま、心を壊してしまったし、ナディアもすでに亡くなっていたので、ふたりの本当の目的は分からないまま……―――
「コルクト嬢には巻き込んでしまった事をハーディング家として正式に謝罪した。彼女は王宮魔術師だからハーディング家の恥を隠しておけないし。正式な謝罪の他に、コルクト嬢への謝罪としてヘラルドへ食事をご馳走するように言っておいた」
「え?あ、そうですか……もしかしてフェリクス様、気付いています?」
「うん。ふたりが一緒にいるところを見た時になんとなく」
他人に興味がなさそうなのに、意外と目敏い。流石、次期宰相候補。
ブランカさんは謝罪の言葉や品よりもヘラルド様との食事が何より嬉しいだろう。
次の手紙にはヘラルド様との食事はどうだったか問いかけてみよう。
―――王都の外れ。それ程大きくはないが小さくもない屋敷ではひっそりと住人が姿を消していた。
◇
「そういえば、お兄様の婚約が決まったそうです」
「そう。お相手はアイゼン伯爵令嬢?―――はい、あーん」
「んっ……、はい。お兄様はお父様に似てのんびりしているところがあるし、貧しい実家で裕福な貴族令嬢のモニカ様が暮らしていけるのか心配ですけど。でもモニカ様はご自分で事業を起こされているそうで、個人資産も充分あるから婚家の財政状況はあまり気にしないと仰っているそうです」
「そうか。しっかりしてる方なんだな。まぁ彼女はいざとなればいくらでも自分の実家に頼れるだろうしね」
「はい。手紙の様子だとすでに尻に敷かれているような感じがしますが、お兄様にはちょうどいいと思います。モニカ様の方が2歳年上ですし、上手にお兄様を導いてくださるのではと期待しています。漸く安心できそうです」
「うん。じゃあこれからはセレナが実家の事を心配する時間が減って、俺の事を考えてくれる時間が増えるかな?」
「もう充分考えていますよ……?」
「セレナにはもっともっと俺だけになって欲しいよ。はい、口を開けて。あーん」
少し遅く起きた休日の朝、だるくてなかなか起きられない様子を見て「お行儀が悪いけどベッドで食べよう」とフェリクス様がベッドまで朝食を持ってきてくれた。
トレイに乗った美味しそうな朝食を前にお腹が鳴ると「可愛い音」とクスッと笑われて恥ずかしかった。
早速美味しそうな朝食を食べようとフォークに手を伸ばすと横から奪い取られて―――
『え、何で?フォークをください』
『やだ』
『返して、くれないと、ご飯がっ、食べられません!もぉ!返してください!』
手を伸ばすがそのたびにサッ!サッ!とかわされてしまう。
『やだ。今日は俺が食べさせてあげる』
『自分で食べますからっ、返してくださいってば!』
『やだ』
『あぁ、もぉっ!フェリクス様!』
『お腹空いてるでしょ?はい、あーん…―――あ!ほら、こぼれる!早く食べて!』
フォークの取り合いで少しもみ合ったが勝てるわけもなく、こうしてフェリクス様に餌付けのごとく朝食を口に運ばれている。
「はい、次はデザート。今日はグレープフルーツだ」
「あっ……!」
口に入る瞬間、グレープフルーツの果汁が滴って口の横に垂れてしまった。
すると、即座にフェリクス様の顔が近づいてきてぺろりと舐め取られた。
(っ!?)
「うん、甘いグレープフルーツだね。もしかしてシロップ漬けかな?」
「はい……」
視線の甘さに、行動の甘さに、照れてしまって俯くとクスリと笑って「可愛い」と呟かれた。
結婚して一年以上経つけど、恥ずかしいものは恥ずかしい。
ましてや、あーんと手ずから食べさせられることにはまだ慣れていない。
「はい、あーん」
「ん」
「あ、今のが最後だった。俺にもちょうだい」
2、3回咀嚼したところで、首の後ろに手が回りフェリクス様の唇が重なった。
「んんっ!?んー……っ!」
逃れたくても首の後ろをしっかりと持たれていて、後ろに下がることも口をずらすこともできず、蹂躙されるがままになってしまった。
「―――はぁ。うん、甘いね」
「も、もう!」
私は今日も朝からフェリクス様に溺愛されている。
最後まで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました!
電子書籍化やコミカライズしましたので、よろしくお願いいたします。




