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「いや!離して!降ろして!」

「セレナさんは案外お転婆なんだな。少し大人しくしていてよ」

「嫌だって言ってるでしょ!」

 

 ドゥシャンに担がれたまま玄関を出ると、別邸を訪問しようと今まさに馬車を降りている人がいた。

 

「おや?」


 女を肩に担いだ男が玄関から出てきたというのに、その人はとてものんびりとした口ぶりだった。


 一瞬、助けを求めるチャンスかと思ったが、あまりにのんびりと構えている様子だったので、仲間が来たのだと思った私は逃げようと一層暴れた。

 膝がドゥシャンの鳩尾に入った拍子に担いでいた腕が緩む。


「ぐぅ……」と言う呻き声と共に、体が地面に叩きつけられた。


「痛っ……」

「っ!くそっ大人しくしろって言ってるだろうがっ!」


 その瞬間、ドゥシャンの振り上げた手が強かにセレナの頬を打った。


「おいおい。君、女性の顔を叩くなんて何をしているんだい?」


 誰かは分からないが、それは場にそぐわないほどに呑気な言い方だった。

 しかし、その男が伴をしていた男2人に目配せをすると、あっという間にドゥシャンを取り押さえてしまった。

 ドゥシャンは向かってくる屈強そうな男に向かって手を翳すも、杖のような長い棒を向けられると、力が抜けたように地に伏したのだ。


「大丈夫かい?」

「は、はい。お助けいただきありがとうございました」


 唖然とその様子を見ていると、手を差し出されて引き起こされた。


「ふむ。ここはフェリクス・ハーディング侯爵の住まう屋敷で間違いないか?」

「はい。そうですが……」

「私はフェリクスの友人だ。レドライクから来たグスタフ・ティアス・マールストレーム・レド……いや、いい。グスタフだ」

「妻のセレナと申します。助けていただき本当にありがとうございました」

「妻?そうか!君がフェリクスが溺愛している奥方か!ははは!会いたかったぞ!」

 

 何が起きているのか分からないまま熱烈にハグされて戸惑う。

 長い名前の最後、「レド……」はレドライクと言いかけたのではないだろうか。

 それって……。

 いや、まさか他国の王族がこんなところにいるはずがない。

 でも、こんな状況なのにこの鷹揚な態度は王族でなければ説明がつかない。


 たどり着いてしまった考えに眩暈を覚える。

 ……この人の正体を知りたくない。


「それで、この男は何なのだ?まさか奥方が間男と痴話喧嘩をしていたのではあるまい?」

「違います!親族なのですが、私にも何が起こっているのか分からなくて。急に襲われて……そうだ!トニアがっ……あ、どうしよう。あの、フェリクス様は今留守で……えっと――」

「ふむ。まぁ、落ち着き給え。入っても良いか?」

「え、あの、でも……」

「邪魔するぞ。応接室はどこだ?ここか?あぁ、さっきの男が暴れたのだな?こやつらは生きておるのか?」

 

 早くトニアやマルセロの様子を見に行きたいのに、このレドライクの推定王族はとてもマイペースだった。


(あぁどうしたら良いの!?)


 こちらの返事を待たず、別邸の中に入り勝手にドアを開けていく。

 先程までドゥシャンといた応接室のドアを開けて中に入って行った。


 でも気を失っているトニアやマルセロを見たら、他国の王族なんて構っている暇はなかった。


「トニア!トニア!しっかりして!」


 返事も反応もないが、口元に耳を近づけると息をしているのは分かった。

 完治させられないと分かっていても、一番酷い傷になっている足に手を翳して癒しの力を注ぐ。


「治って。お願い。お願い……お願い!」

「ほぅ、癒しの力か。これは稀有なことだ」

 

 強く願ったところで元々の魔力量がないセレナには、抉れるほどの傷の表面に薄い膜を作って止血するのが精一杯だった。


「はぁ……はぁ…………まだ、もっと……」

「ふむ。魔力量は少ないのだな。では、私の力を貸そう」

 

 私の肩に推定王族の男性の手がかけられた。

 すると、すぐに体の中から力が漲る感覚があった。

 そして、トニアの傷がみるみる塞がっていく。


「はぁ……凄い……」


 骨が見える程抉れた足も急激に何もなかったように元通りに戻った。

 その様子に一瞬唖然としてしまったが、すぐにお腹にも手を翳した。

 トニアの外傷がなくなったのを確認し、すぐにマルセロにも手を翳すとマルセロの傷もすぐに塞がった。


「もう良いか」


 推定王族の男性が肩から手を離すと、それまで内から漲るようだった力が一気に無くなったように力が抜けた。


「おっと。大丈夫か?無理をしすぎたか」



 ◇

 


 ふと目を覚ますと、寝室のベッドの上だった。


 

「奥様!気が付かれましたか?」

「……カルラ!大丈夫!?」

「はい。私は大丈夫です。奥様、魔法で操られたとはいえ、申し訳ございませんでした!」

「ううん。カルラが無事だったらいいの。トニアやマルセロは?他の皆は?」

「はい。皆眠っていてまだ目が覚めませんが、それぞれの部屋や空き部屋で寝かせています。レドライクの王太子殿下の侍従の方が手伝って下さいまして、殿下が皆じきに目を覚ますから大丈夫だと仰っていました」

「そう……良かった」

 

 みんな無事だったのは本当に良かった。

 良かったけど……。

 今、サラッとカルラが『レドライクの王太子殿下』と言った。


 そこは現実逃避したかったけど、目を背けてはいけないだろう。

 

「お、王太子殿下はどうされているの?」

「応接室でお待ちです」

「そう。それじゃあ行かないと……」


 今それどころじゃないからどうぞご自由にというわけにも、お引き取りくださいという訳にもいかない。

 トニアやマルセロの傷を治せたのは、間違いなく王太子殿下が力を分けてくださったおかげだからお礼もしなければ。

 


 ◇

 


「待て待て待て。落ち着けフェリクス」

「殿下、最愛の妻が殴られて落ち着いていられますか!?」

「無理だな。万死に値するという意見は賛成だ。私ならいっそ殺してくれと思う程の苦痛を与え、生まれ変わるのさえ恐ろしいと思う位に後悔の念を抱えさせるようにじわじわと殺す」

「私も同意見です。では」

「では、ではないわ!待て待て。奥方の前で殺るのか?それはやめておくんだ」

 

 どす黒い空気を纏っているのが目視できそうな位のフェリクス様にハラハラしたけど、王太子殿下の一言でハッとして私の方へまた戻って来てくれた。

 

「そうだよね。セレナにはそんな汚いものは見せられない。……そうだ。うん。そうしよう」


 ぎゅっと抱きしめて何度も私の背中を撫でながら、フェリクス様が呟いて何事かを一人で納得している。

 抱きしめられているせいで顔は見えないけど、聞くのが怖い事を考えているに違いないだろう。


「なぁ。大変な時に来てしまったのは分かるが、そろそろ私を構ってくれ。私が来たから奥方がこうして今ここにいるのだぞ」

「殿下それについては感謝申し上げます。しかし何故こちらへ?外遊の連絡は来ていなかったと思いますが」

「お忍びだからな。アルフェニアの城に行く予定はない。フェリクスの家に遊びに来るのが今回の旅行の目的だ。約束しただろう?今度は私が遊びに行くと」

「お忍び……約束?」

「そうだ。遊びに行くと約束しただろう。あの厄介娘を穏便に片づけることができたからな。その礼に来たのだ」

「厄介娘……」

「そうだ。ビルヒニアは先月リプトフ皇国へ発った」

 

 ビルヒニアという名前にぴくっと反応してしまった。


「奥方にも迷惑をかけたのだろう?成婚の儀はまだだが、もう大丈夫だ。すっかり結婚相手に夢中になっているそうだ」

「そうなんですか。それは良かった……」


 私が心底ほっとした様子に、フェリクス様が労わるように肩を撫でてくれた。


「というわけで、数日間滞在する予定だから頼むぞ」

「はい?困ります」

「何故だ?」

「他国の王族をお泊めする準備もしておりませんし、お泊めできるような屋敷でもございません。警備の問題もあります。この屋敷は御覧の通り部屋数も使用人も少ないので、手が足りません」

「警備面はこのふたりがいれば何も問題ない。実力はほれ、この通り」


 部屋の隅で転がされているドゥシャンを指さして、強い護衛がいるから心配ないとアピールしている。

 

「私の身の回りの世話もこの2人ができる。私と護衛2人の寝る部屋があれば良いぞ?3部屋か2部屋あれば良いが、それ位はあるだろう。良いのか?街の宿に泊まるぞ?その方が困るのではないか?」


 確かに他国の王族が来ていると認識してしまった後に、誰が泊っているか分からない街の宿に泊まられるのは少々まずい。それなら、この屋敷に泊まってくれた方が行動が把握しやすい。


「な?それで決まりだ。きっとそろそろ眠らされていた使用人も起き出すし、私がいなかったら奥方がどうなっていたのか分からないのだぞ?ほれ、奥方の侍女らを治すために魔力も分けてやったが、それも私が偶然来なければできなかったことだ。そうだろう?」

「……ご随意に」

「うむ」


 殿下は癒しの力を使うために簡単に魔力を分け与えてくれたけど、この魔力の譲渡はとても特殊な能力らしい。

 魔力の相性が良いというフェリクス様と私でも魔力の譲渡はできないので、本当に王太子殿下が来てくださらなかったら、トニアはどうなっていたか。一命を取り留めても重大な障害が残っていた可能性もある。

 本当に感謝しかない。

 

 そして、王太子殿下の言う通り、程なくして執事のブラスを筆頭に眠らされていた使用人が慌てて起き出してきた。


 お忍びで礼をしに来たという言葉通り、その質素な馬車のどこにそんなに乗せていたのだと思う位に大量の土産を別邸に運び込み、ひとつひとつこれはどこの名産でどんな工程を経ているのか、どんな経緯で作られているのかと、聞かされた。


 そして土産の説明のついでというように、フェリクス様に殿下から自慢という名の商談を持ちかけていた。

 ドゥシャンから力を奪った杖は、殿下がずっと進めていた魔力を奪う魔道具の試作品らしい。

 現段階では使用者もそれなりに魔力が必要などの問題も多くて扱える人が限られるが、もっと扱いやすく改良をしたいのだという。


「良いだろう?罪人を取り押さえる時にもこのように容易になる。もっと使いやすくなったら買わぬか?」


 その話を聞いて、強いドゥシャンが易々と倒されたのが不思議だったけど、理由が漸く分かった。



 そして、数日間と言っていたのにたっぷり3週間ハーディング家別邸に滞在し、その間フェリクス様を振り回してアルフェニアの各地を訪問した後、ご満悦で帰国された。


 お忍びで他国の王太子が滞在しているという情報を仕入れた宰相様がフェリクス様に「滞在中しっかりお仕えするように」と生贄を差し出すがごとく休みを与えられた。

「アルフェニアの宰相は気の利く男なのだな」と王太子殿下はご機嫌で、それを聞いた宰相はにんまりと笑っていたそうだ。


 


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