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「じゃあ兄上の部屋に行く予定だったのですか?」

「はい」

「そうですか。もうお分かりでしょうが兄上の部屋はここではありません。でも、行っても多分鍵がかかっているので入れないと思いますけど」

「そうなんですか?」

「兄上の宝物が部屋にあるらしく、限られた使用人しか入れないように常に鍵がかけられています。昔から。だから本邸の人間なら兄上の部屋に案内するとは言わないでしょうね」

「セレナ!?大丈夫か!?」


 謎のメイドに連れてこられた部屋で、そのままヘラルド様と話していると家令から連絡を受けたフェリクス様が駆けつけてくれた。

 フェリクス様が来てくれると、心からホッとする。  

 ぎゅーっときつく抱きしめられて「やっぱりそばを離れるんじゃなかった。ごめん。本当にごめん」と謝られた。

「フェリクス様のせいではありません」と言っても「ごめん」の繰り返し。


「リック、落ち着きなさい。そろそろセレナちゃんを離して」

「父上……」

「セレナちゃん大丈夫だった?まさかこの屋敷の中に入り込まれるとは。私のミスだ。申し訳ない」

「お義父様!そんな、やめてください」

 

 本邸では通常2階以上は家人とこの屋敷で働く使用人以外は入れないようにしていて、更に家人の私室がある3階は使用人でも新しい人は入れないようにしているらしい。

 ただ、この総会がある時は王都にタウンハウスを持たない親族を泊めるために2階だけで部屋が足りず3階も開放しなければならなく、通常時の魔術展開を解除している。

 さらに各家でそれぞれ使用人を連れてきているので、完全な部外者が混ざっていても気付きにくい状況だった。

 私も声を掛けられて本邸のメイドだと思い込み、これ幸いと疑わずに付いて行ってしまったし、誰の責任ということもないだろう。


「まっすぐこの部屋に来ることができたという事は、この屋敷についてある程度知識があるということだ。3階に赤の他人を入れたことはないから、一族の中にセレナちゃんを狙うやつがいるということで間違いないだろう」

「今逃げた女は、こげ茶の髪の特に特徴のない容姿でした。ただ、魔術の腕はなかなか立ちます。窓を突き破ってバルコニーから飛び降りるところまでは目視できましたが、その後裏庭のポイントから転移したようで追えませんでした」

「転移魔法を使えるとは相当な使い手だな。裏庭のポイントまで知ってるとは、一族で間違いない。ヘラルドが見ても誰が分からなかったという事は、使用人か?そんなに腕の立つ使用人を使っている家がいただろうか?」

「転移――ヴァイル家か?使用人に見える幻術の可能性もある。幻術はナディアが得意だったからな……」

「領の管理人から外した事を恨んで?なら、何故セレナを狙うのです?」  


 あの母娘か。

 私をフェリクス様の仮の嫁だと言い切って、自分の娘がフェリクス様の嫁に相応しいと言って結婚式当日にお義父様を怒らせた。


「ヴァイル家は魔力主義の傾向が強く、元はフェリクスを当主にすることを良く思っていなかった派だった。加えてセレナちゃんの事を煙たく思っていた。ナディアをフェリクスの嫁にすると決めたと言っていたんだ。あの家はそれほど、当主夫人の座を狙っていた」

「俺の嫁に?何の話ですか?」

「一族の中の一部で次期当主の嫁は誰が良いか話し合いが行われていたらしい。そこで、ナディアがフェリクスの嫁として決まったと、ヴァイル夫人が言っていた。本家を抜きにそんな話し合いをすること自体が以ての外だ。諸々を鑑みて領の管理人の座を外したが、セレナちゃんを逆恨みしていてもおかしくない」

「逆恨み……逆恨みで何度もセレナに怖い思いをさせるんなんて許せない」


 その日は、フェリクス様とお義父様で後日ヴァイル家を訪れるとして話し合いは終わった。

 


 ◇

 


 総会の翌週。

 王都の外れにあるそれ程大きくはないが小さくもない屋敷へフェリクスとその父ベルトランが来ていた。

 罠に嵌める案も出たが、1ミリたりともセレナに危険が及ぶのを避けたいフェリクスが反対し、直球で行くことになったのだ。


 少し前まで空き家だったこの家の主は難しい顔をしていた。


「本日はどの様な御用件で?」

「私の妻に危害を加えようとしただろう」

「さて?何の話だか分かりかねます。私達はもう一族から外された身。漸く引き継ぎが完了して、ご存じの通り私はこの屋敷に先程着いたばかりですよ?」


 実際、フェリクスとベルトランがこの屋敷に着いた直後にヴァイル家当主を乗せた馬車がアプローチに入って来た。


「白々しい。今回の件にナディアが関わっている事はもう分かっているのだ」

「―――っ……娘を!ナディアを返してください!」

 

 ヴァイル家当主は難しい顔をしていたが、夫人は青白い顔をしていた。 手が細かく震え、視線も泳いでいる事に気付いていたフェリクスの冷たい視線が夫人を捕らえるや否や、夫人が叫んだ。


「お、おい。どうしたんだ急に?ナディアを返してくれとはどういう事だ!?まさか本家に何かされたのか!?」

「何かされたとは人聞きの悪い。何かしたのはそちらだろう。妻を階段から突き落としたり先日の総会でも小細工をしようとしたのは分かっているのだぞ?」


 ヴァイル家当主が妻に詰め寄っている様子に、夫人とナディアが独断で暴走したのだと理解したフェリクスは夫人に向かって話しを続ける。

 

「そ、それは。しかし!総会の日、娘は出かけて行ってから帰ってこないのです!ナディアを返して!」

「王城での夜会で階段から突き落としたり、総会の日に妻を害そうとしたのは認めるのだな?」

「…………」

「おい!お前、どういう事だ!?本家を害する事を画策していたのか!?なんて事を……」


 ヴァイル家当主が夫人に詰め寄るが、夫人は苦悶の表情で黙り込む。


「ヴァイル殿には少し黙っててもらおうか」


 夫人へ詰め寄る声が部屋に響く中、ベルトランの落ち着いた声が重なる。

 ベルトランが小さく呟くと、ヴァイル家当主が口をぱくぱくとさせているが声が出なくなった。

 

「夫人。沈黙は肯定と同じだぞ?」


 夫人は尚も口を噤み、小刻みに震えている。


 当然フェリクスもベルトランもナディアの行方など知らない。知っていればわざわざヴァイル家へ出向く必要がないのだから。


「ナディアと夫人だけで計画して実行に移したのか?協力者がいるのだろう?」


 フェリクスの冷たい声に、夫人がピクリと反応する。

 

「ナディアが帰ってこないと言うことは、協力者に裏切られたのだ」

「そ、そんな!」

「協力者は誰だ?」


「それは……言えません」


「総会の日から帰っていないのだったな?1週間も帰っていないのか。―――まだ生きていると良いな?」


 小刻みに震えていた夫人が色を失った顔を上げフェリクスを凝視する。その目には恐怖が浮かんでいた。

 夫人の隣ではヴァイル家当主が声を張り上げているかの様に大きく口を動かし何かを夫人に言っている様子だ。張り上げた所で声は出ないため、夫人の肩を揺らし始めた。

 

「協力者を吐けばナディア救出の手助けも考えたが、仕方ない。―――時間の無駄です。父上帰りましょう」

「そうだね。残念だよ」

「……待って!」


 応接室のドアの前まで行っていたフェリクスが振り返るが、夫人はまだ口籠もっていた。

 口を割った後の制裁が恐ろしいのだろう。

 

 ガチャリ……

 しばし夫人を見ていたが、話そうとしない様子にドアノブを回す。

 

「っ!……ドゥシャン!ドゥシャンよ!ドゥシャンがあの女を亡き者にしてナディアを当主夫人にしようと持ちかけて来た!」

「ドゥシャン?」

「そうよ!私達は階段から突き落とす役だった。その後、確実に殺るのはドゥシャンが任せろって。でも、失敗した。だから、総会の日にあの女を連れ出せって言われて……それでナディアは帰ってこないし、失敗して本家に拘束されているのだと思ったわ!」


 


 

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