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09

 


 湯浴みを終えて部屋にいると、タタタと廊下を走る音が聞こえて部屋のドアが勢いよく開けられる。

 振り返ると、少し泣きそうに顔を歪めたフェリクス様が立っていた。

 水色のツルツルと光沢のある生地で、高さのないスタンドカラーには黄緑色の糸で刺繍がされている夜着を着ている。

 その夜着の胸元辺りを軽く握って、少し泣きそうな顔でこちらを見ていた。

 

「こ、これ、セレナが作ったって本当?」

「はい。私が作りました」

「本当なんだ。凄い。凄いよ、セレナ」

「気に入っていただけましたか?」

「もちろんだよ!着てからセリオに言われて驚いた」


 ふらっと窓の方に歩いて行ったフェリクス様はカーテンを開けると窓に自分の姿を映し、目を細めて窓越しに夜着を見始めた。

 

「着る前に分かっていたらもっとじっくり見たのに。家宝として取っておいたのに……」


 ―――家宝。

 本当に言った。

 トニアの予想が当たった。


「フェリクス様に着ていただく為に作ったのですから、着ていただけないと悲しいです」

「あ、うん!着る!毎日着るよ!あぁ、セレナありがとう。どうしてこんなに俺を喜ばせるのが上手いんだ。嬉しすぎて泣きそうだよ」

「喜んでもらえて良かったです」

「喜ぶに決まってるよ!ありがとう!」


 窓から離れてソファに来るとぎゅっと抱きつかれた。

 顔を上げたフェリクス様の目には熱が浮かんでいて、吸い寄せられるように唇が重なった。

 

 深くなった口付けから漸く唇が離れると、その間にも性急にセレナのガウンや夜着を脱がしにかかっていたフェリクスの手がピタリと止まる。

 チラリと自分の着ている夜着と見比べてから少し目を見開いた。

 

「もしかして、お揃い?」

「はい。色違いの同じ生地と同じボタンを使って、襟の形などを同じデザインにしたお揃いです」

「セレナ!君は悪戯っ子だったんだな?どうしてすぐに言ってくれなかったんだ?お揃いなんて最高じゃないか!――そうか。セレナとお揃い。お揃いか。良いな。セレナの手作りで、しかもお揃いだ!」

 

 夜着がお揃いだと知って、フェリクス様は子供のように喜んだ。

 私を立たせ、カーテンが開けっぱなしになっていた窓に移動させられ、2人で窓に映った姿を見た。

 窓越しでもフェリクス様が顔をくしゃくしゃにして喜んでいるのが分かった。


 予想以上に喜んでもらえてとても嬉しかった。


(これからも作ろう)


 

 ◇


 

 あっという間にハーディング一族総会の日がやって来た。


 ハーディング一族の総会に出て、フェリクス様が気が重そうにしていた理由を理解した。

 値踏みするような視線が痛い。

 繰り返される嘲笑や聞こえよがしな言葉に不快感しかない。

 結婚式で会った親戚は融和性が高い人達だったのだと分かる。


 フェリクス様の妻として、ハーディング侯爵家当主夫人として、私では不足している事は自分でもよく理解している。

 こうなるだろう事は覚悟してきたけど、予想以上だった。

 

「大丈夫ですか?」

「あ、はい。大丈夫です」

「大丈夫なのですか。お強いのですね。締め出されるなんて、わたくしなら泣いてしまいますわ。そんなにお強いならおひとりでも生きていけそう。ふふっ」

「…………」

 

 フェリクス様が各家の代表者とする会議に私は参加できなかった。

 最初は「例年通りと言うなら当主夫人は会議に参加してるんだ。だから当主夫人であるセレナも会議に参加して貰う。ただいるだけで良いから。それなら俺から離れなくて良いからね」と言われていた。


 でも会議が行われる部屋に入って席に着くと、「当主夫人とまだ認めた訳ではない。大切な会議に他人の参加は認められない」と声高に言う人がいた。


「ならば、参加しなくて良い。お前が」

「なっ!?第一、フェリクス様を当主としてもまだ認めていないのですよ!」

「お前に認められなくても構わない」

「私だけではない!一族の多くが認めていないと言うだろう!」

「だからなんだ?」

「だ、だからっ!?」

「フェリクス様!私、待ってますから外で」

「セレナ、それはダメだ」


 私を会議に参加させることを反対しているのは、声を上げた人だけではなかった。声には出さないが、何人かの目がそう語っていた。

 そして、フェリクス様の冷たく頑なな態度に、そこにいる親戚達の表情が怪訝なものへと変化し始めてしまった。

 このままではフェリクス様の為にならない。


 私が自分から会議への不参加を申し出ると、フェリクス様は止めたけど、お義父様も「今日のところは引け」と言って「ごめんね、セレナちゃん。早く終わらせるから少し待っててね」と退室を促してきた。

 耳元でお義父様から何かを囁かれて、フェリクス様も苦虫を噛み潰したような表情で「ごめんセレナ。少しだけ待ってて」と態度を軟化させた。


 ひとりで待たなければいけないのは正直不安だけど、居座っても良い事は何もなかっただろう。

 だから、会議室から出た事に後悔はないけど……。

 会議に使う部屋から出ると、私だけが部屋を出たことに気付いた女性の「まあ!もう会議が終わったのかしら!?」と言う大きな声に反応して多くの嘲笑や嘲弄が耳に届いた。


 居た堪れなく感じ始めると、一人のメイドが来て「宜しければフェリクス様のお部屋へご案内します」と言ってくれた。

 サロンやホールには会議が終わるのを待ってる親戚が沢山いるから、ありがたい申し出だった。

 許可は取ってないけど、勝手に入ってもきっと怒られはしないだろう。

 

 侍女に先導されながら歩いていると、私より少し若い女性が近づいて来て、先程の嫌味を言われた。

 余計なお世話だ。か弱い振りをして一人では何もできないより余程良いと言ってやりたかった。

 大体、わざわざあんな風に嫌味を言いにくる時点でよっぽど強かな女じゃない。

 

「セレナさん。こんにちは」

「ドゥシャン様、こんにちは」

 

 嫌な気分になりながら侍女の後をついて歩いていると、向かいからドゥシャン様が歩いて来て声をかけてくれた。顔見知りの人がいて、少しだけホッとする。

 

「会議は?どこか行くの?」

「これからフェリクス様の部屋を見せていただくのです」


 会議は?の問いにはあえて答えなかった。

 自分が嫁として不足しているのは自覚していても、自分から歓迎されていないとは言いにくかった。


 それを察してくれたのか、少し苦笑いで軽く頷いてから「それじゃあまた晩餐の時に」と去って行った。

 

「ねぇ、会議っていつもはどれくらいで終わるの?」

「さあ、私はこのお屋敷には入ったばかりでして」

「そう。フェリクス様の部屋はいつ帰って来ても良いようにしてあるの?」

「はい」

「じゃあもっと本邸へ帰る回数を増やした方がお義父様も使用人も喜ぶかしら。フェリクス様の部屋って3階なのね」

「はい。こちらでございます」

「え?ここ?」

 

 案内されたのは北側の部屋だった。

 3階に主人一家の部屋があるのはおかしくないけど、北側の部屋は貴族の家では居室としてあまり使用しないはず。

 

「はい。こちら側のバルコニーから見える景色がお好きだと」

「へぇ。それは初耳だわ。どんな景色なのかしら」

「ご案内致します。こちらです」

「ありがとう」

「ん?あれ?義姉上?」

「あ、ヘラルド様」


 部屋の入口から一直線にバルコニーへ向かっていたら、ヘラルド様が開けっ放しにしていたドアから顔を出した。

 ヘラルド様は本家の人間として会議の参加資格はあるけど、今年は仕事で会議は不参加。晩餐会に間に合う様に帰宅するのだと聞いていた。

 

「お仕事は終わったんですか?」

「はい。思ったより早めに終わったので戻ってきました。義姉上は何故こんな所に?連れているのは別邸のメイドですか?」

「え?」

 

 ―――別邸のメイドですか?

 

 本邸のメイドではないの?

 この人は誰?


「待て!!」


 ゾッと私が恐怖を感じたのと同時に背後で「チッ」と舌打ちが聞こえ、ここまで案内してくれたメイドが窓を突き破って飛び出して行った。

 バルコニーのすぐ側まで行っていた私は窓ガラスの割れる音に驚いて咄嗟に腕で顔や頭部をガードしたけど、私の方には破片が飛んでこなかったしヘラルド様も保護魔法を展開してくれたようだ。

 

「くそっ、逃げられたか。義姉上、大丈夫ですか!?」

「大丈夫……。ヘラルド様が来てくれて良かったです」


 薄々、そうかなと思っていたけど、やっぱり夜会の時に狙われていたのは私だったのだろう。

 もしも、今ヘラルド様が来てくれなかったらどうなっていたのかと思うと恐ろしい。


 

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