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08

 

「そういえば、今日お兄様から手紙が届きました」

「そうなんだ」

「フェリクス様が夜会でお兄様に素っ気なくした結果、噂は本当のようだと思われたみたいで、9割以上取り消しの連絡が来たそうです」

「そうか。作戦はうまく行ったようだが、なんと言って良いか迷うな」

「1割でも残ったのは奇跡です」


 私は本気で全滅するのではないかと思っていた。

 残った1割も、しつこくハーディング家との縁を願っているのでは?と疑ってしまう。

 客観的に見て、それ程にヘーゲル子爵家は貴族から見ると魅力がない。

 裕福でもないし歴史があるわけでもない。社交界に顔が効く訳でもない。

 数世代前に管理を任されていた領地も無くし、今はなんとか細々と名前を保っているだけ。貧乏に嫌気がさしたお母様でさえお父様の借金が発覚すると家を捨てて出て行った程。

 

「申し込みのあった方の中で、あの夜会で話をしてみると良い印象だった御令嬢がいたらしいのです。その方の家からは幸い取り消しの連絡がなかったそうで、ひとまずその方と何度か会ってみる事にしたそうです」

「そうか。実際に会って話した感触が良い人が残ってたのは良かった」

「はい、本当に。けれど心配なのは、格上の家の御令嬢なのです。何故我が家にと……」

「どこの家?」

「アイゼン伯爵家です。アイゼン伯爵様はたしか財務部門で副大臣をされていたと記憶しているのですが」 

 

 財務部門の副大臣なんて、実家の借金問題を知っていそうだしお金に厳しそうなのに、何故?

 今は借金が無くなったとはいえ、借金が無くなっただけで今も変わらず余裕のある生活はしていない。


「うん。アイゼン伯爵は財務の副大臣をしているね。仕事は細かく厳しい人だが、アイゼン伯爵自身恋愛結婚で、子供にも恋愛結婚を推奨していると有名だよ」

「そうなのですか。だから、なのですね。すぐに婚約をするのではなく、まずは何度か会ってみることにしたとお兄様の手紙に書いてあったのです。そんな中途半端な事をするとお相手に失礼ではないかと思っていたのです。―――でも何故お兄様に申し込みをしたのでしょう?接点はなかったはずですが」

「御令嬢は確か27歳になるはず。両親が恋愛結婚推奨派なので最近まで自由にさせていた。でも貴族女性なら完全に行き遅れといわれるだろう?いよいよ焦って見合いに切り替えてもなかなか見合い相手も見つからなかった可能性がある。男だと27歳でも許されるが女性は27歳になると未婚の男性からは敬遠されるし、目ぼしい家からは断られた可能性があるね」


 この国の貴族令嬢は22歳までが適齢期と言われ、23歳からは嫁ぎ遅れ扱いをされてしまう。たった1歳の差でも。

 それが27歳ともなると、縁談を申し込んでも結果は火を見るより明らかだろう。

 それでアイゼン伯爵家にとってなんの旨みもないヘーゲル家に縁談申し込みが来たと考えれば、一応は納得できる。

 

「それにアイゼン伯爵家なら、歴史があって裕福な家だし、わざわざうちとの縁を期待しなくても良いはず」

「そうですね。申し込みが殺到したタイミングと偶然合っただけで、関係無く申し込んでくださったのかも知れないですよね」

「俺の方でも念のため裏がないか調べてみるよ」

「ありがとうございます」


 ところで、私が差し上げたハンカチはいつまで手に持っているのだろうか?

 ハンカチを差し上げてからお兄様の縁談の話をしている間もずっと手に持って、時折刺繍を指でなぞっている。


「ん?あぁ、本当に嬉しくて。セレナが一針一針縫ってくれたかと思うと、感動が込み上げてくるんだ。肌身離さず持ち歩きたいけどそうすると汚れてしまう可能性もあるし、額縁に入れて飾った方が良いか、悩んでいるんだ」


 ハンカチは使わないと意味がないし、額に入れて飾る程の代物でもない。

 

「また作りますね。だから、普通に使ってください」

「また作ってくれるの?嬉しい。ありがとうセレナ。俺はなんて幸せなんだ」

 

 もっと早く作れば良かった。ハンカチならすぐに作れたのに。

 ハンカチをここまで喜んでくれると、つい「今は夜着を作ってるから楽しみにしてて」と言いそうになるけど、サプライズにしてもっと喜んでほしい。

 


 ◇


 

「やあ、セレナちゃん。久しぶりだね。元気にしていたかい?」

 

 次の週末、突然お義父様が別邸へやって来た。


「それで、今日は何用ですか?」

「父親が息子夫婦の元に遊びに来ちゃ駄目かい?」

「せっかくの休日なんですよ」

 

 横に座った私を引き寄せて、言外に「早く帰れ」とアピールする様子に、私もお義父様も苦笑いだった。


「せっかくの休日だから遊びに来たんだ。平日だって朝晩はセレナちゃんと過ごせているでしょ?休日の少しの時間位親子で話をしても良いだろう?」

「用があるなら手短にお願いします」

「リック、お前ね……」

 

 その後、フェリクス様を宥めてお義父様と3人で話をしていたけど、「で?本当にただ遊びに来たわけではないですよね?」とフェリクス様が言うと「うん。セレナちゃんは少し席を外してもらっていいかな?」と言われて、一人で私室へと戻った。


 暫くすると執事が呼びに来たので、お義父様のお見送りをする。

 

「リック、ちゃんと考えておくんだよ。それじゃぁ、セレナちゃんまた遊びに来るからね」

「…………」

「はい。お待ちしております」


 お義父様はいつも通りにこやかに帰って行ったけど、フェリクス様は少し機嫌が悪いように感じた。

 私が聞いてはいけない事という事は、侯爵家当主としてのお仕事についてだろうか。


 お義父様の馬車が見えなくなると、横から「はぁ……」とため息が聞こえた。フェリクス様がため息を漏らすなんて珍しい。

 フェリクス様を見ると少し眉間にしわが寄っていた。

 

「フェリクス様?大丈夫ですか?」

「ん。ごめん。ちょっと、ぎゅっとして」

 

 どうしたのか分からないけど、フェリクス様が甘えてきている。

 フェリクス様を抱きしめると、ぎゅっと抱きしめ返された。

 抱き着いたまま肩におでこをすりすりしてくるので、頭を撫でる。

 フェリクス様のサラサラの髪は少し柔らかくて触り心地が良いので、ずっと撫でていたくなる。

 

 暫くそうしていると「ありがとう」と顔をあげた時には、いつものフェリクス様に戻っていた。

 撫で回して乱れてしまった髪を手を伸ばして手櫛で整えると、いつもと同じとろけそうな笑顔を見せてくれた。



 その夜、お互いに湯あみを終えて私室にいると、フェリクス様に話があると言われ姿勢を正す。


「もうすぐ、ハーディング一族の総会があるんだ」

「はい」

「所謂親戚会議をするんだけど各家の代表が会議に参加するんだ。会議の後、成人している者は晩餐会もやるから、会議に参加しない者も含めて一家総出で親戚が顔を合わせる」

「そうなんですか」

「会議に出ない者の晩餐会参加ははっきり言って強制する意味がないし、結局大人しか出ないのに子供達が来る意味は皆無だとずっと思っていた。だから今年からは会議に出る者だけ集まれば良くしようと思ったんだけど、父が今年は俺が当主になって最初の年だし、結婚後初めての年だから、顔合わせも兼ねて今年は例年通りにすべきだと言ってね……」

「はい」

「だから、セレナにも参加してもらう事になる」

「分かりました」

「……ごめんね」


 どうして謝るのだろう?


 結婚式の時に一部の親戚とは会っている。個性的な人もいたけど、一度会った事のある人もいるし、親族の集まりなら参加に否なやはない。

 

「俺が守るから。セレナはずっと俺の傍にいてくれる?」

「分かりました」


 

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