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07

 


「ただいま」

「おかえりなさいませ」


 帰宅したフェリクス様を出迎えると、いつもすぐに「ただいま」と言いながら抱きしめられるので、抱きしめ返して「おかえり」を言うのが習慣になっている。


「うん」と言いながら首筋をくんくんされるのは未だに慣れないけど、一度やめて欲しいと言ってみたらとても哀しそうな顔をされてしまった。


「ハグしてセレナの匂いを嗅ぐと帰って来たと実感できて安心するんだ。だから……だめ?」


 私より頭一つ分背が高いはずなのに、しゅんとして上目遣いで言われたらそれ以上駄目とは言えなかった。  


「今日は何をして過ごしていたの?」


 これも毎日の習慣になっている。

 夕食までにフェリクス様が帰宅できれば夕食を食べながら聞かれ、夕食に間に合わなかったら就寝前に聞かれる。


 私は基本的に家の中にいるので、毎日報告するようなことはないのだけど、同じような報告でもフェリクス様は微笑んで聞いてるから、きっと私の話す内容は何でもいいのだろう。

 例え毎日「昼寝をしました」でも「そうか。よく眠れた?俺も一緒に寝たいよ」や「俺の夢は見てくれた?」と飽きずに言う事だろう。


 でも、今日は言う事を用意してある。


「今日は生地屋さんを呼んでもらって、生地を買いました」

「生地?」

「はい。きっと暫く邸の中で過ごすのだろうと思いまして、時間がありますし何か作ろうと思ったのです」

「そうか。針子だったからセレナは裁縫は得意なんだね」

「はい」

「何を作るの?」

「手始めにフェリクス様のハンカチを。もっと時間があるようならクラバットやクッションカバーなども作れたら良いなと考えています」

「俺の?俺のハンカチを作ってくれるの?」

「はい。貰ってくれますか?」

「もちろん!嬉しいよ!楽しみだ」


 夜着を作ることを完全に隠そうとしてもフェリクス様にはきっとばれてしまうので、ハンカチやクラバットを目くらましとして作ることにしている。

 だから嘘はついていない。

 


「あぁ。楽しみだなぁ」


 食後に私室に戻ってふたりでお酒を飲んでいると、フェリクス様は時折思い出したように楽しみだなと嬉しそうに呟いている。

 作ると言っただけでこんなに喜んでもらえるなら、もっと早くハンカチに刺繍してプレゼントしたらよかった。


「ふふ。そうだ、刺繍の図柄に希望はありますか?」

「ううん。セレナが刺してくれた物ならどんな図柄でも嬉しいよ」

「ハンカチの刺繍はその人の好きな物とか象徴的な物を入れることが多いですけど、フェリクス様が好きな物を入れましょうか?」

「そうするとセレナになっちゃうよ?」

「他には何かないでしょうか?」

「ない」

 

 即答で言い切るんだ。

 照れてしまうし嬉しいけど、端的に「ない」と言い切られると、なんだろう?何故か素直に喜びづらい気がする。

 

「あ。でも、色なら黄緑が好きだよ」

「そうなんですか?」

「うん。セレナの瞳の色だからね」

「あ……。―――あの、私は水色が好きな色です」

「俺の色だから?」

「はい」

「セレナ……!」

 

 黄緑色が好きだと聞いた瞬間、フェリクス様にプレゼントする夜着は黄緑色の生地にした方がよかったか?と思ったけど、すぐに今考えた事を実行に移すととても恥ずかしい事になると気付いた。

 もしも、黄緑色の生地で夜着を作ってプレゼントしたら、眠っている時間も私の色を纏って欲しい、私の夢を見て欲しいと願っているようなものだ。


 それでなくても、最近は「セレナが近くにいるようで安心する」と言って、私が愛用している体の保湿用香油をフェリクス様も使うようになった。 オレンジベースの香りだから男性のフェリクス様が使ってもそれほど違和感はないけど。

 ふいに「同じ香りに包まれているね。でもセレナの方が甘美な香りがする」と耳元で囁かれたときは、ドキドキしすぎて心臓が壊れるのではないかと思った。思い出しただけで顔に熱が集まってしまう。

 だから、夜着の生地を黄緑色にするのは危険すぎる。せいぜい襟に黄緑色の糸で刺繍するくらいに留めよう。


 感無量という感じで抱き着いていたフェリクス様が体を離すと、私の顔を覗き込んで首を傾げている。


「セレナ?どうかした?もしかしてもう酔った?」

「い、いえ。何でもありません」

「そう?」


 いつぞやの夜を思い出して赤面したなんて口が裂けても言えない。

 

「そういえば、ヘラルド様にブランカさんの事はお願いできましたか?」

「うん。暫くコルクト嬢の周辺を気にして欲しいって言っておいた」

「ありがとうございます」

 

 働いている時間だけでも魔術師団長であるヘラルド様が気にしてくれると思うと安心できる。

 

「それにしても、昨日だけでコルクト嬢と随分仲良くなったんだね」

「はい。元々王立学校で同じクラスだったので言葉を交わしたことはあったのですが、昨日じっくり話してみると思った以上に気が合うことに気が付きました」

「そうか。なかなか戻ってこなかったから話が盛り上がっているのだろうと思っていたけど、そんなに」

「気付いたらお互いの飲み物もなくなっていたのに話していました」

「何をそんなに話していたの?」

「それは、女性同士の秘密です」

「俺にも?」

「はい。女性同士の話ですから、フェリクス様でも秘密です」

「そうか。残念」

 

 主に恋愛話だったけど、ブランカさんのヘラルド様愛を聞き、アルマの旦那様との馴れ初めを話したり、フェリクス様の溺愛ぶりを聞かれていたので、フェリクス様には言えない。

 

 ◇

 

 朝、フェリクス様と居室で朝食を食べる。


 フェリクス様は結婚当初ほどは忙しくないけど、毎日定時というわけにはいかない。

 残業が基本だけど、できるだけ夕食に間に合うように帰って来たいからと朝早めに行くので、私は相変わらず夜着のまま朝食を食べる。日によっては朝食後に二度寝することもある。


 部屋でフェリクス様を見送ったら、普段着用のドレスに着替えて夜着作りを始めるのが、ここ数日のルーティンになっている。

 

 フェリクス様用の夜着は刺繍した襟を付ければ完成になる。 何せやる事がないので、驚くほど捗る。

 フェリクス様の夜着はもうすぐできるけど、お揃いだと言ったらきっともっと喜んで「一緒に着て寝よう」と言われそうだから、自分の夜着も完成してから渡した方が良いだろう。


 

 今日もトニアとマルセロに見守られながら夜着を作る。

 因みに、ダミー用のハンカチは昨日渡した。


 刺繍入りハンカチくらい本当は1、2日でできてしまったけど、目くらましのダミーなのでたっぷり1週間時間をおいた。

 

「フェリクス様、ハンカチができました」


 一応レースの布袋に入れてリボンをかけてプレゼントっぽくして渡した。

 フェリクス様は私が差し出した袋をじっと見つめたまま、何故かなかなか受け取ってくれなかった。

 

「フェリクス様?」

「本当に作ってくれたんだね。嬉しい。本当に嬉しい」

 

 そして、漸く「ありがとう」と言いながら受け取ってくれた。

 感無量という表現がぴったりはまりそうな位の表情で、少し泣きそうな顔にも見えた。

 ダミーのハンカチをここまで喜んでくれるとは、少し良心が痛む。

 

「あぁ。素晴らしい。なんて美しいんだ。イニシャルを黄緑色の糸で入れてくれたんだね。セレナの色だ。嬉しい。縁取りの刺繍も素晴らしいよ。セレナが俺のためだけに作ってくれたなんて……はぁ。この喜びは表現しきれないよ。俺が死んだら必ず棺に一緒に入れてくれ」

 

 ハンカチ如きで棺桶。

 夜着を渡したら本当に家宝にすると言いそうだ。


 

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