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06

 

「兄上?こんな朝からどうされたのです?魔術師団へ来るなんて珍しい」

「お前とコルクト嬢に話がある。今いいか?」

「はい、大丈夫です。ブランカ、来てくれ」


 フェリクスの目配せを受け、ヘラルドが素早く防音魔法を展開する。


「コルクト嬢。昨日の話だが、階段の上の方で女が動かずに居たというのは本当なんだな?もう一度説明してくれ」

「はい。昨日はまず私が先に階段を上っていて、上から下りてきた女性が上ってる人がいるのに妙に真ん中を下りてくるなと思いました。それで、私が上りきった時に気になって振り返るとセレナさんとすれ違うところでした。私とすれ違った時よりも近い位にセレナさんの方に寄っていて不思議に思ったのを覚えています。それで、セレナさんが階段を上りきった後も気になって振り返ると同じ場所で同じ姿勢でいたので、もしかして具合が悪くて助けを求めようとしていたのかしら?と思いました。けれど、すぐに動き出したので大丈夫かと、そのままサロンに向かいました」

「なるほど」

「あの、兄上。何の話なのでしょうか?」

「昨夜、コルクト嬢とセレナが夜会中に階段から何者かに突き落とされた」

「え!?怪我は!?」

 

 ヘラルドはすぐにブランカの全身を検分するように見た。


「私が保護魔法を展開したので無事です」

「そうか。良かった」

「ヘラルドは念の為、コルクト嬢の周辺を気にかけてやってくれ。コルクト嬢、話は以上だ。業務に戻ってくれ」

 

 ブランカが自分の机に戻ったのを見届けた後、フェリクスはヘラルドに向き直った。


「昨夜は後ろにいたコルクト嬢が背中を押されて、セレナを巻き込む形で階段から落ちた。だが狙われたのはセレナで間違いないだろう」

「何故ですか?」

「セレナの結婚指輪には、害意を持って危害を加えようとするとその相手の動きを一時的に止める魔石を入れてある。階段を上ってサロンへ行く時に不自然に立ち止まっていた女がいたというのが、その証拠だ」

「なるほど」

「恐らくぶつかったふりをして階段から落とそうとしたら、動きを封じられて悟ったのだろう。直接できないのなら害意のない者を使うしか方法がない。コルクト嬢は完全に巻き込まれたのだ。犯人の誤算は、コルクト嬢が魔術師として優秀だった事だろう」

「なるほど。ブランカが一緒だったのは不幸中の幸いですね。犯人の目星は?」

「ない。認識阻害の魔法を使っていたらしく、突き落とす瞬間の目撃者はいたが犯人の顔も髪の色も誰も思い出せない。ただ、セレナは階段を上がる時と落ちる時にドレスの裾だけ見たらしく、ドレスの裾の色は覚えていた。最近流行り出した生地を使ったクリーム色のドレスを着ていた。分かっているのはそれだけだ」

「犯人は女。認識阻害の魔法を使えるくらいの力はあるが、一部だけ見た場合には記憶が残ってしまうような未熟さがあるという事ですか」

 

 現状、ほとんど何も分かっていないようなものだった。

 すぐに会場内にいたクリーム色のドレスを着ていた女性の名前を確認させたが、候補者が予想以上に多かった。ニミウコ染めというのも今の流行りらしくかなり多くのものが着ていた。

 ただ、その中に認識阻害の魔法が使えそうな者はいなかったため捜査は徒労に終わった。

 犯人はすぐに夜会会場から離れたと思われる。


「王宮魔術師で認識阻害の魔法を展開できる者はどれくらいいる?」

「うーん。王宮魔術師でも認識阻害は上位の奴しか使えません。完成度が未熟な状態でも良いなら過半数は使えると思いますが……王宮魔術師が完璧に操れない状態で使うかなぁ?敵に見つかって咄嗟にというなら分かるけど、計画的犯行では使わないと思います。こいつら王宮魔術師である事に誇りを持ってて、魔法にも並々ならぬ矜持を持っている奴らばかりですからね」

「そうか」

「それにしても、義姉上は人から恨まれるような方ではありませんよね?あるとしたら、兄上と結婚した事で嫉妬を買った位。でも嫉妬でそこまでするかなぁ?階段から落とそうとするなんて悪質過ぎますよね」

「あぁ。絶対に許さない」

 

 ―――魔術師団室にいた者は「あの時兄弟で何を話しているかは分からないが、フェリクス様の顔がとても恐ろしかった。寒気を感じた」と後に語っていた。



 ◇

 


 結婚してからはひとりで外出する機会がなくなったから家で過ごすのはいつも通りなのに、いざ外出を控えるようにと言われると、とても暇な気がしてしまう。

 昨日の夜会の出来事が解決しない限り安心して外出もできないけど、分かっている事が少ないから解決までに時間がかかるだろう。

 もしかしたら、有耶無耶なままで日常が戻ってくる可能性もある。


 どちらにしても暫くは家で大人しくしていなければならないので、暇すぎると感じた私はフェリクス様の夜着を作ってみる事にした。


 下っ端とはいえ、王城の針子部屋で働いていたのだ。採用試験の実技にも合格するくらい、裁縫や刺繍は得意なほう。

 得意になった理由は家が貧しかったからだけど……。


 フェリクス様が表で着る外出用の服を仕立てる自信はないけど、夜着位なら私の腕前でも作れる。

 例え少しくらい失敗して仕立てが悪くなってもフェリクス様と侍従のセリオ位しか見ないから手始めに作るには良いだろう。


「トニア。フェリクス様の夜着を作ろうと思うのだけど」

「仕立屋を呼びます」

「違うの。私が作ろうと思うの」

「まあ!それは喜ばれます。家宝にされるでしょうね。でしたら、生地屋を呼びましょう」


 家宝にされても困るけど、私が作ったと言ったら「家宝にする」と言ってるところがなんとなく想像できてしまう。

 

 すぐに夜着に適した生地をたくさん持って生地屋がやって来た。


 どれが良いかと選んでいると、生地屋さんが「折角ならご夫婦お揃いの生地を使って作られてはいかがでしょう?」と、薄い水色の生地とピンクに近い薄紫の生地を差し出してきた。

 ツルツルとしていて薄めで、これから暑くなる季節にぴったりな生地だった。


 お揃いは考えていなかったけど、良い案な気がする。お揃いで作ったと言ったらフェリクス様はもっと喜びそうだ。

 

「良いわね。ではその生地にするわ」


 ボタンはキラキラしている貝をくり抜いた物を選んだ。

 同じ生地の色違いでも男女ではデザインが違うから、同じボタンを使えばお揃い感が強調されるだろう。


 トニアからフェリクス様の採寸表を貰い、早速作り始めるが、型紙を作った所で今日は夕方になってしまった。

 

「フェリクス様に見つからない所に隠しておきたいんだけど、どこが良いかしら?この部屋には置いておけないし、私の衣装部屋はどう?」

「出来上がってからのお楽しみにするのですね。奥様の衣装部屋だと旦那様が入られることがありますので、そうですね……」

「ん?フェリクス様は私の衣装部屋に入ることがあるの?」

「はい。よくチェックされています」

「―――…なにを?」


 まさか、ニオイとかではないでしょうね?

 

「衣装の傷み具合や奥様が特にどれを気に入って着ているのかを確認にいらしたり、お休みの前は翌日奥様がお召しになるドレスを旦那様自ら選びに参られます。あと、旦那様ご自身の衣装を注文する前や奥様の新しいアクセサリーや小物を注文する前に相性を確認しに来られる事もございますね」

「それは知らなかったわ……」

 

 そんな事までしているなんて。

 とりあえず、ニオイチェックされている訳ではなくて良かった。 流石にそこまでするわけないか。


 でも、道理で休みの日は特に「いつも似合ってるけど、今日のドレスも良く似合っている。可愛い。綺麗だよ」といつも以上に褒めてくださると思った。フェリクス様が選んでいたとは。

 気付けば届くアクセサリーや小物も手持ちのドレスと相性が良いと思ったらそういう事か。

 折を見てお礼を言った方が良いのか、そこまでしなくて良いと言えば良いのか……。


 出来上がった型紙はとりあえずトニアとマルセロの部屋に置かせてもらう事になった。2人の部屋にフェリクス様が行くことは無いから。


 


【ドレスチェック中のフェリクスの習慣】


折角の休日前の夜なのに仕事で遅くなり、セレナはもう寝てしまった。

しばし寝顔を見た後、最早休日前の習慣になった翌日セレナが着るドレス選びの為に、フェリクスが少し疲れた顔でセレナの衣装部屋へ入る。


カチャ、カチャリ…


目に付いたドレスを1着1着手に取りどれが良いかと選ぶ。セレナが着ているところを想像しながら。

ドレスを動かすたびにふわりとセレナの匂いを感じる。

香水はつけず、香りの良い香油を塗っているだけの彼女は、いつもフルーティーで淡く優しい香りがする。

誘われるようにドレスに顔を埋め、すぅっと空気を吸い込むとセレナの匂いがする。香油の香りだけではないセレナの香り。これもまた習慣になっているが、フェリクスにとって精神安定効果があり、幸福感を齎す香りでもあった。


ドレスの香りを嗅いでいると、本物が恋しくなる。 急いで翌日のセレナのドレスを選び、そっと控えていたトニアに指示を出すと、フェリクスは夫婦の寝室へと急ぐのだった。


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