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05

 


 抱っこされたままフェリクス様に連れられて来たのは王城の一室。

 夜会に来ている貴族達に貸し出している休憩用の部屋ではなく、もっと城の奥、執務エリアにある部屋だった。


 夜会会場から離れるにつれ、先程までの喧騒が嘘のように静かな空間を歩いているのが分かった。静まり返った空間の中に、フェリクス様とブランカさんの靴音だけが響いていて、テンポの速いコツコツという急ぐような音でフェリクス様の歩くスピードの速さが分かる。


 連れられて来たそこはあまり広くなく、1人用のベッドに1人掛けソファと小さなサイドテーブルだけがあるシンプルな部屋だった。


「ここは俺に与えられている部屋だから、安心して。医者を呼んでもらったからね。コルクト嬢も入ってソファに掛けてくれ」


 フェリクス様にベッドに降ろされて漸く解放された気分だ。

 ブランカ様も遠慮がちにソファに座った。

「少し待ってて」と言い、フェリクス様は何処かへ行く。


 少しと言った通り、すぐに戻って来たフェリクス様の手にはティーセットがあり、なんとフェリクス様が手ずからお茶を入れてくれた。

 フェリクス様に「私がやります」と言ったけど、「これでもお茶を入れるのは得意なんだよ?働き出した下っ端の頃はよくお茶汲みもしたんだ。セレナは医者から無事と言われるまで動いちゃだめ」と言ってやらせてもらえなかった。

 フェリクス様の入れてくれたお茶は本当に美味しかった。

 もしかしたら私が入れるよりもずっと美味いかもしれない。

 

「美味しいです」

「良かった」

 

 フェリクス様が入れてくれたお茶を3人で飲んでいると、医者が来た。ブランカ様と診てもらったけど2人ともどこにも傷も打撲もなにも無く、保護魔法の凄さが分かる。


「ブランカさん。本当にありがとう」

「私からも礼を言う」

「いえ!そもそも私がセレナさんを避けきれなくて巻き込んでしまったから」

「間違いなく押されたんだな?犯人に心当たりは?」

「押されたのは間違いありません。結構強く押されたので前にいたセレナさんを巻き込んでしまったのですから。―――先ほどからずっと考えているのですが、犯人に心当たりは全く。誰かに恨まれるようなことは無いと思うのですが……」

 

 ―――私の心に引っ掛かっているドレス。

 階段を上っている時にぶつかりそうな程近くにいて、下りる時に同じ色のドレスが走り去るように微かに視界に入った。

 ただの偶然といえない気がする。

 

「セレナ?どうしたの?」

「いえ。あの……偶然かもしれないのですが」

 

 階段を上るときも下りる時も同じドレスが視界に入った事を話すと、ブランカ様も「あの何故か階段の途中で立ち止まっていた女性ね」と覚えていたようだ。

 

「階段の途中で立ち止まっていた?」

「えぇ。階段の上の方で、しかも中央で立ち止まっていた御令嬢がいたのです。動かないから最初は具合でも悪いのかと思いましたけど、右腕をこう腰に手を当てるような姿勢でいたし、すぐに動き出したので具合が悪い訳ではないのだろうと思った記憶があります。ね?セレナさん」

「はい。階段で立ち止まったままなのはブランカ様に言われて気が付いたんですけど。上りで私とぶつかりそうになった時、余裕を持ってすれ違えるくらいの幅があるのにと少し違和感があったのです」


 あの時は慣れないドレスと靴に顔を上げて相手を確認する余裕もなかったけど、一瞬でも立ち止まって顔を確認しておけば良かったと悔やまれる。


「そうか。どんな女だった?特徴は?」

「私は顔は見ていません」

「私は上りの階段の時にすれ違っているはずなんですけど、どんな顔だったかしら……階段で立ち止まっていた時はこちらからは顔が見えなかったですし」

「髪の色は?」

「髪の色は確か……あら?」

「どうした?セレナは髪の色を覚えている?」

「それが、思い出そうとしているのですが、思い出せなくて……」


 後ろ姿だけとはいえちゃんと見たはずなのに、私もブランカさんも何故か思い出せなかった。


「あ、でも着ていたドレスの色、というか裾は淡いクリーム色です。あれはきっとニミウコ染めの生地でした」

「にみうこ?」

「はい。ある花の花びらから抽出した染料で染めた生地をニミウコ染めというんです。それで染めると生地に独特の光沢を出すのですが、絹をニミウコ染めすると絹の光沢をより美しく上品に光らせてくれると最近注目されている生地です」


「流石侯爵夫人だわ。セレナさんは流行に詳しいのね」とブランカさんが褒めてくれたけど、お城の針子部屋で働いていた時に王妃様が好まれていた生地だったから知っていただけだ。


 私とブランカさんがドレスの流行について話を脱線させていると、フェリクス様は何かを考えているのか、少し険しい表情をしていた。

 どうしたのかと声をかけようとした時、ドアがノックされた。


「少しここで待ってて。結界を張っていくからこの部屋からは絶対に出ないで。誰か来ても俺が帰ってくるまで無視して」

「分かりました」

 

 頬をひと撫でしておでこにキスを落としてからフェリクス様は部屋から出て行った。


「はぁ……フェリクス様ってセレナさんには本当に甘いのね」

「は、恥ずかしい」

「羨ましい。でも、少しドキドキしてしまったわ」


 見ているだけでドキドキさせる程に今は甘かっただろうか?

 すっかり甘やかされる事に慣らされ過ぎて、私にとって今のは日常で、ブランカさんがいるのに受け入れてしまっていた。

 フェリクス様のところ構わない甘やかしに洗脳され始めている気がする。

 

「ヘラルド様とフェリクス様ってご兄弟だからお顔自体は似ているじゃない?雰囲気は全然違うけど」

「そうね。フェリクス様の方が硬質で怜悧に見えるわね」

「ヘラルド様だって賢い方よ?ヘラルド様の雰囲気は柔らかくて前師団長に似ていると思うけど、お顔立ちはお二人ともきっとお母様似なのでしょうね」

「そうね。本邸で肖像画を見せてもらった事があるけど、お義母様と似ていたわ」

「セレナさんと接しているフェリクス様って、この人は誰?って位雰囲気が違うじゃない?柔らかい雰囲気になって、前師団長の血を感じるわ」

「そう?」

「えぇ。しかも微笑んだお顔はヘラルド様とそっくり。優しげなだけじゃなく、そこにセレナさんだけに見せる甘さが漏れて。ヘラルド様もこんな風に妻に接するのかしらって想像しちゃった」

「それでドキドキしたのね」


 フェリクス様をヘラルド様に、私をブランカさんに置き換えて想像したという事か。  


 暫くブランカさんと話をしていたらフェリクス様が戻ってきて私達は屋敷へ帰る事になった。

 夜会に来る時にはいなかったのに、侯爵家の馬車に乗ると既にマルセロが乗っていた。


「暫くはマルセロを護衛としてセレナにつける事にするよ。屋敷にいるときも常に伴をさせて。絶対に1人にならないで」

「分かりました。ブランカさんは大丈夫でしょうか?」

「彼女は王宮魔術師だし、咄嗟に保護魔法を展開できるということはそれなりに能力が高いはずだから大丈夫だろう。ヘラルドの補佐官だというから、一応ヘラルドに注意する様に言っておくよ。今日は騎士が寮まで送ってくれている」


 ヘラルド様には是非ブランカさんを守っていただきたい。そして、ヘラルド様がブランカさんの魅力に気が付いてくれると良いな。


「今のところ、セレナとコルクト嬢のどちらが狙われたかは分からない。ただ、目撃者がいたからコルクト嬢を突き落とした女がいたのは間違いなかった」

「見ていた人がいたのですか?」

「あぁ。サロンにいたご婦人で、階段が見える位置にいたらしい。騎士に目撃者から聞き取りをしてもらったが、顔を思い出せないと言うんだ。ドレスの色さえもど忘れしたように思い出せなくなった」

 

 確かに私もフェリクス様にあの階段にいた女性の髪の色を言おうとした途端ど忘れしたように「あれ?何色って今言おうと思ったんだっけ?」という感覚になった。そして今も思い出せていない。


「全員がド忘れするなんて事は有り得ない。十中八九認識阻害の魔法だろう。認識阻害を使えば顔を見られても思い出そうとした時に分からなくなるんだ。顔だけじゃなく姿全体が」

「そうなんですか。だから髪の色が思い出せなかったのですね。あれ?でもドレスの色まで分からないのですか?」

「セレナは裾が視界に入ったと言っていただろう?犯人は恐らく経験不足か力不足で認識阻害の魔法が完璧ではなかったのだろう。全体を見た時の髪の色は思い出せないのに、服の一部しか見なかったその時の記憶が残ってしまったのが未熟な証拠だ」


 犯人は恐らくニミウコ染めで裾がクリーム色のドレスを着ていた女性。

 今のところこれしか情報がないけど、認識阻害の魔法を自分にかけてまで階段から突き落とそうとするなんて、明らかに作為的に行ったと分かる。


「一体何のために……」

「それはまだ分からないが、できれば暫く外出は控えて家でゆっくり過ごして欲しい。あと、念のため明日からはあの最初に贈ったネックレスとピアスも毎日つけて欲しい」

「分かりました」


 そもそも、独身の時と比べて結婚してからは外出する機会が激減した。

 針子の仕事もやめたし、必ずお供が必要だから買い物も気軽に行きにくいし、ドレスを作る場合は屋敷に呼ぶのが基本。

 最初は窮屈な感じもしたけど、人は順応するものだ。

 

 翌日、フェリクス様は屋敷を出る直前まで「心配だからそばにいたい。離れたくない」と言ってぎゅうぎゅうと抱きしめてなかなか離れようとしなかった。

 でも、「ヘラルドに昨夜のことを話して、コルクト嬢を気に掛けてやるよう話をしないといけないから、行かないと……」といつもより早く出かけていった。


 

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