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03

 


「フェリクス殿、セレナ」

「お兄様」

「フェリクス殿、お久しぶりです」

「あぁ」


 ふいにフェリクス様の距離が近くなったと思ったら、お兄様から声をかけられた。

 予定通り、フェリクス様はお兄様に素っ気ない。

 お兄様が私達の方に歩いて来るのを周りで気にして見ているのは噂を聞いた人達なのだろう。 


「そうだお兄様、縁談申込の方達とは話せていますか?」

「まだこれからだ」

「そうですか」

「それが、あの噂が流れ始めた途端、半分以上は取消しの書類が届いてびっくりだよ。ホッとしたやら悲しいやら……」

 

 状況が気になって、周りに聞こえないようにお兄様と少し顔を近付けてこそこそ話し始めたら、フェリクス様にぐいっと腰を抱かれて引き寄せられた。

 

「アレシュ殿とはいえ、セレナと近いです」

「あ、申し訳ない……」

 

 これは……うん、演技じゃないわ。

 ちょっと憮然として普通に嫉妬してる時のフェリクス様だわ。

 お兄様もちょっと唖然としちゃってるし。

 

「もういいでしょう?行こうセレナ」

「はい。お兄様、それじゃあ」

 

 フェリクス様にお兄様から引き離されて夜会の会場内を歩く。

 すると、こちらの動向を見守っていた人達がざわざわヒソヒソと話しだした。

 きっと「噂は本当だったのね!」とか話しているんだろうな。

 ただの噂の時点で縁談申込の取り消しが約半分あったらしいから、今のでかなり効果を発揮したのではなかろうか。

 

 本当に全ての申し込みが取り消しになったらどうしよう。

 

 お兄様は別に不細工ではないし、穏やかな性格をしているから夫とするには良いと思うけど、あまり出世欲がない。

 文官としてお城に出仕しているけど、私が実家にいた時は「今日も年下の上司に怒られちゃったよ」とヘラヘラしていられるくらいだ。

 

 一時期、しっかりしているアルマに嫁いできてもらえないかと密かに思っていたこともあったけど、アルマはある男爵家の御子息と大恋愛して結婚した。

 裕福で大きな商会の娘だけど平民だからと反対されていた。なんとか認めてもらえて、今はもうすぐ生まれる子供を待ち侘びている。

 

 他に私が軽い気持ちで「うちのお兄様はどう?」と言えそうなのはパメラくらいだけど、針子として生きていくって言ってたし、お互い実家が貧しくて働きに出ている位だから我が家には嫁いで来てくれないだろう。


 きっかけはハーディング侯爵家目当てだとしても、ちゃんとお兄様のことを見てくれる人が見つかれば良いけど。

 


 夜会会場内を移動して歩いていると、ハーディング侯爵となったフェリクス様に次々声が掛かる。

 挨拶以外にも私に話しかけてくれる人は、とても良い人だと思う。

 でも、相手の方が親愛を示してほんの少しでも私に近づくとフェリクス様に抱き寄せられるから、相手の方に申し訳ない。  


「あら?セレナさん?お久しぶりね。私のこと覚えているかしら?」

「ブランカ様、お久しぶりです」

「覚えていてくれて嬉しいわ。ハーディング侯爵とご結婚なさったのよね。噂は色々聞いているけど、本当なのね」


 ブランカ様はくすくす笑いながらフェリクス様を見た。

 

「フェリクス様、ブランカ・コルクトと申します。セレナさんとは王立学校で同じクラスだったんです。今は魔術師団に所属しておりまして、前師団長や師団長にはお世話になっております」

「そうですか」

 

 フェリクス様、素っ気ない。

 女性への態度はこんな感じなのか。

 間違っても勘違いなんてしようもない位に、女性への態度は素っ気ないかも……。

 

「セレナさん、よろしければ少しお話ししませんか?アルマさんは今どうしているの?仲良かったわよね」

「えっと。フェリクス様、ブランカ様と少しお話しして来て良いですか?」

「……少しだけね」

 

 渋々だったけど、フェリクス様から離れる許可を得た。


「あら、ここもいっぱいね」

「そうですね」


 夜会会場が暑く感じていたので、近くのバルコニーに出て涼みながら話そうとしたが、同じような考えの人が多いらしく、夜会のメイン会場から出られるいくつかのバルコニーも庭もどこもいっぱいだった。


 夜会のメイン会場の上にあるサロンやそちらのバルコニーはまだ空いていそうだったので移動することになった。


「一応、フェリクス様に伝えてから行ったほうがいいかしら?上階のサロンも夜会会場の一部だけれど、同じフロアからセレナさんがいなくなったら心配しそうだものね」


 ブランカ様にそんな事を言われて、恥ずかしく思いながらも、フェリクス様に伝えてから行く事にした。

 心配させたらいけないから。

 

 フェリクス様は何人かの男性と話していたが、私が近づくとすぐに気付いて話を中断してまで嬉しそうに寄ってきて、私を抱き寄せる。

 

「もう戻って来てくれたの?」

「いえ。ここのバルコニーもお庭も人が多くて、上のサロンやバルコニーはまだ空いていそうだったので、上に行ってきますね」

「分かった。でも早く戻ってきて」


 別れを惜しむようにこめかみにキスをするフェリクス様のなすがまま、受け入れる。 こういう時抵抗するとフェリクス様が私にとって良くない方向にエスカレートする事は学んだ。


 フェリクス様に抱き寄せられてる間、それまでフェリクス様と話していた男性方からの視線が刺さって居た堪れなかった。

 あまり早く戻ってこない方がいいだろう。

 


 夜会用のドレスも靴も全然慣れなくて、階段は緊張する。

 フェリクス様にエスコートされている時は、近すぎて歩きにくいと思っていたけど、1人で歩いてみるとフェリクス様は私が歩きやすいようにしっかり支えてくれていたのだとよく分かる。今は1人歩きの方がかえって危険。

 まっすぐ前を見て優雅に上り下りできればいいけど、格好つけてそれで転んだ方が無様だ。優雅さのかけらもないけど、ドレスのスカートをガシッと持って、しっかり足元に視線を下げて階段を上っていく。

 幸いブランカ様は先に上ってくださっているから、ブランカ様にはこの無様な不慣れ感はバレないだろう。


 下ばかり見ながら長い階段を上っていると、階段を下りてきた御令嬢がいたらしく、視界にドレスの裾が映った。


(?)


 真っ直ぐに伸びた大階段なのに、ぶつかりそうな程の距離にいるように感じる。

 ただ、今の私には顔を上げる余裕がなかったし、結局ぶつかりはしなかったのでそのまま階段を上った。


「あの方、どうしたのかしら?動かないけれどもしかして具合でも悪いのかしら」


 無事に階段を上りきってほっとしながら歩き出したが、ブランカ様の視線の先には階段の上の方で立ち止まっている女性がいた。

 色からするとさっき私の視界に入ってきたドレスを着ている。

 

「蹲っている訳でもふらついている訳でもないから具合が悪い訳ではないのかしら?あ、動き出したから大丈夫ね」

「そうですね。恐らく」

 


 ―――サロンへと歩みをすすめた私たちは、階段にいた女性がバッとこちらを振り返って睨んでいたことには気が付かなかった。


 

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