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02

 


 会場の騒めきを避けながら移動すると、騎士服を着たイヴァン様が立っていた。

 イヴァン様は近衛騎士だけど、今日は会場警備要員として駆り出されたらしい。


「やぁ、リック!セレナちゃんも久しぶり」

「イヴァン様。お久しぶりです」

「あ、新婚旅行のお土産ありがとう!セレナちゃんが選んでくれたんでしょ?」

 

 新婚旅行先では木彫り細工が名産だった。

 フェリクスとセレナは夫婦円満を願った立派すぎるワシの木彫りの像を買ったが、レドライクでは他にも多種の願掛けをした木彫り細工が売っていた。

 そのため、騎士のイヴァンには安全祈願の木彫りの人形を贈っていたのだ。


 因みに、ワシの木彫りの像は別邸の玄関ホールには圧迫感がありすぎたから「本邸で保管してもらいましょうか?」と提案してみたら、「夫婦円満を願掛けした像なのに俺とセレナが住む家に飾らないと駄目だよ」とフェリクス様が譲らず、玄関ホールのスペースを使いまくって堂々鎮座している。


「フクロウだよね。リックにはない可愛いセンスだからすぐにセレナちゃんが選んでくれたんだろうってわかったよ」

「待て。俺も一緒に選んだ」

「そうなのか。それは嬉しいな。それにしても、リックが夜会に出てるなんて久しぶりだね」

「そうなんですか?慣れた様子だったからフェリクス様は毎年出ているのかと思っていました」

「ここ数年はずっと仕事を理由に断ってたよ。今年はセレナちゃんがいるから安心して出られるもんね」  


 安心して出られる?

 私は初めての夜会だからフェリクス様がいてくれて安心できるけど、夜会慣れしてそうなフェリクス様まで安心とはどういう事だろう?しかも私がいるから安心って?


 自分で言うのもなんだけど、私は何の頼りにもならないと思う。

 失態を犯さないように気を張っているくらいなのだから。


「私がいるから不安っていうなら分かるんですけど、安心っていうのは……?」

「セレナちゃんがいるから、今年からは令嬢に群がられる心配が無いでしょ?」

「あぁ~……」

「イヴァン!余計な事は言わなくていい」

「すまん」

「セレナ。俺にはセレナだけだからね。昔もこれからもずっと」

「はい」

「イヴァン。真面目に仕事しろ」

「はいはい」


 確かに、独身時代はご令嬢から一番人気だったのだから、フェリクス様が夜会に出たら女性に群がられていただろう事は容易に想像できる。 きっとすごい事になっていたのだろうな。

 でも、どうやってあしらっていたのだろう?


 そういえば、私はフェリクス様が他の女性と接しているところをちゃんと見た事がない。

 私が見た事があるといえば、ビルヒニア様と最初に会った時に淡々と話していた時位だし、レドライクの王城内でのことは分からない。


 屋敷の使用人には偉そうでもなく主として普通の態度だけど、貴族のご令嬢相手だとどうなんだろう?

 この怜悧な表情を崩さずに淡々と対応するのだろうか。


 あ、そういえば……――

 

『……もううんざりなんだ』

『容姿や地位、家以外に私のどこを慕うという?』

『はっ。それも容姿や地位に由来する物だろう?笑わせないでくれ』

 

 …………まさか夜会でもいつもあんなに冷たくあしらったり睥睨してたわけではないよね?

 少しだけ、貴族のご令嬢とどんな風に接するのか興味が湧いてしまった。

 

「フェリクスではないか」

「宰相」

「そちらがフェリクスの愛してやまない細君か」

「はい。妻のセレナです」

「セレナと申します」

「フェリクスが夫では何かと苦労するだろう?淡々としてるし面白みがないのでは?」

「いえ。そんなことは……」

「良かったな、フェリクス。細君が心の広いお方で」

「はい。セレナ以上の女性はいません」

「そうか。まぁ、妻の事は大切にするんだ」

 

 目の前で惚気ているのか褒めているのか分からない様な事を言われて、私はどうしたら良いのか困ってしまう。

 

 それにしてもフェリクス様は自分の上司にも変わらないのね。

 宰相様なんて一言挨拶するだけでも緊張してしまうのに。

 宰相様と話すフェリクス様の表情は私に向けるような甘さは皆無でほぼ真顔だから、遠くから見たらこんな会話をしているなんて想像もできないだろうけど。

 

「おや?フェリクスが夜会に出てるなんて珍しいね。道理でご婦人方がざわついているはずだ。こんばんは、セレナさん」

「ドゥシャン様、こんばんは」

「僕の事を覚えていてくれたの!?」

 

 宰相様から離れるとすぐに少し派手な身なりの男性が声をかけて来た。結婚式にも参加してくれたフェリクス様のはとこの男性だ。

 結婚式ではフェリクス様にゴマをする様に持ち上げる人は多かったのに、純粋に好意的な態度で接していた親戚は少なかった。彼は中でも好意的な態度の人だったので記憶に残っている。

 

「覚えていてくれて嬉しいよ」と言って、さりげなく私の空いてる手を取り、手の甲に口付けようとした。

 それは挨拶としてこの国にある習慣だけど、かなり廃れてきて今はダンスの時位にしかやらない人が多いのに。

 その素早い行動にも驚いたけど、流れるように全くそつ無く違和感もないその手慣れてる感には驚いた。

 確か伯爵家の方だったはずだけど、きっと遊び慣れているのだろう。確かにモテそうな見目麗しい人だけど、未婚の令嬢が安易に近づいてはいけない人な気がした。


 手の甲に口付けされる直前、「やめろ。セレナに触るな」と言って、すぐにフェリクス様が私の手を奪い返してくれた。

 ハンカチを取り出して拭く始末。

 本人を目の前に、いくらなんでもそれは失礼ではないだろうか?

 

「人を汚いものみたいに言うなよ。ハンカチでまで拭くって、大袈裟じゃないか?」

「本当はしっかり石鹸をつけて洗いたいくらいだ」

「本当に酷いなぁ」

 

 そう言いながらもドゥシャン様は笑っていたから、わざとフェリクス様を揶揄って私の手を取ったのかもしれない。

 

 

 ◇

 

 

 今日は、兄がこの夜会に参加しているはず。

 少し前から、フェリクス様が私を溺愛するあまり実家とも疎遠にさせようとしているという噂が社交界に流れ始めている。 ――らしい。


 私は交友関係も狭いし噂に疎いけど、フェリクス様が「ちゃんと噂が広まってるよ」と言っていた。

 

 もちろん噂のようなことはなくて、実際は定期的に実家の様子を見に帰ることも許してくれている。トニア付きでなら、だけど。

 

 故意に流した噂もあって、余計に会場内の人から見られているのではないかと思う。


 お兄様には今回の作戦は私から手紙で伝えた。

 お兄様がフェリクス様に挨拶しに来たら、フェリクス様は他人と変わらないように遇らって噂の信憑性を持たせてくれること、噂の信憑性を持たせるためにこの手紙以降は暫く実家に帰らない事を書いた。

 事前に言ってあるから、あのお兄様でもうまくやってくれるだろう。


 

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