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「ここは?」

 

 今、私の目の前には所々に岩肌が見える山がある。


 新婚旅行も終盤。

 後はこのまま王都に戻るのかと思ったら、フェリクス様に「見せたいものがあるんだ」と連れられて来たのがこの場所だった。

 

「ここはヘーゲル子爵から買い取った鉱山だよ」

「えっ」

「子爵はここを銀の採掘場だと思わされていたと思う。『沢山銀が採掘できる、採掘した銀は我々が責任を持って買い取る』と言って、ある商会に騙されたんだ。俺が買い取るまで銀の採掘場だと思っていたんじゃないかな」

 

 間違いなく儲けが出るから!という圧力に負けて言われるままなけなしの財産を注ぎ込んでしまったが、実際には予想の半分も採れなかった。少しずつ少しずつ採掘に懸かる費用の方が上回るようになり、気が付けば借金が膨らんでいた。――と言うのがお父様から聞かされた話。


 フェリクス様と結婚する時『あの事業は充分稼げる見込みがあるんだ。例え今ある借金を肩代わりしてもね』と言っていたけど、実はずっと気になっていた。


 お父様の話だと、銀はほとんど採れない。銀が採れない鉱山ではどうしたって稼ぐ事はできない。

 稼げる見込みとはどういうことなのかと。本当に大丈夫なのかと。

 それもあって、フェリクス様に何かを買ってもらう事に消極的になってしまっていた。

 

「銀だと言われて信じていたみたいだが、ここで実際に採れるのは銀ではない。銀よりも希少で高価な鉱物なんだ。加工すると銀に似ているから、銀だと言われて信じたんだろう」

 

 その鉱物は最近注目されていて、今の市場価値だと同じ量で銀の数十倍の値段で取引されているそうだ。

 お父様を騙した商会は、ここで実際に採れる鉱物よりも数十倍安い銀だと偽り、お父様から本当の価格よりもかなり安い金額で産出物を買い取っていた。

 商会は希少な鉱物を通常の数十倍安い仕入れ価格で仕入れることができたので、正規の価格より安く販売することでその市場を独占し、莫大な儲けを得ることができた。

 銀だと思い込んでいたお父様は希少な鉱物だと気付かぬまま、いつか沢山採れる場所に行き当たる筈だと掘り続けて借金ばかりが膨らんだ……というのが事の顛末だったらしい。


 この商会の巧みなところはお父様に「だけどね、とても良い商会なんだよ。申し訳ないからって市場価格より少し高めに買い取ってくれるんだから」と言わせるくらい、親身な姿を装っていたところだろう。

 それと、我が家のように社交界には顔が広くなくて、お金に余裕のない家を狙って騙していたところだ。いつかを夢見て騙され、没落しかけた貴族の家は他にもあるらしい。

 

「ここは今はもうすでに利益が出ているし、買い取りに使ったお金も回収できているから安心して。セレナの事だからきっと気になっているんじゃないかなって、旅行のルートからも近かったら実際に見てもらおうと思ったんだ」

「そうでしたか。ありがとうございます。漸く胸のつかえが取れた気がします」


 実家の借金分の金額はもう回収できていて、利益も出ているなら良かった。本当に。

 あれからまだ1年程しか経っていないのに、もうあの金額が帳消しになって利益が出る程だなんて。

 お父様がちゃんと本当の鉱物に気が付いていれば、借金を背負うこともなかったのにと思ってしまう。

 でも、そうなるとフェリクス様とは結婚していなかったのかもしれないから、結果的には良かったのかな。


「この鉱山の利益は全てセレナの財産にしてあるから、利益は好きに使っていいよ」


 お金の問題がクリアになった事にほっとしていると、さらっと凄いことを言われた。 家が傾くほどの金額が1年で取り返せる程に利益が出るということは、得られる利益は凄い金額なのに。


「私の財産になっているのですか!?」

「うん。だって元々はヘーゲル子爵家のものだし。セレナがお父上にまた託したいと思えば譲渡しても良いし、好きにして。セレナを手に入れる口実で買い取っただけだから」

「いえ。いいえ。お父様には絶対に託しません。また失敗するのが目に見えています」

「もう利益が出てるから大丈夫だと思うけど?」

「人が良いのはお父様の美点ですけど、欠点でもあるのです。昔からお金儲けが下手なので、お父様には託せません」


 お父様に託したら、あっという間に騙されて悪い人に乗っ取られるのが目に見えている。

 

「そして、私にも荷が重いです」

「そう?これからどんどん市場価値が上がっていく見込みのある鉱物が採れるから、もっと利益が出るはずだよ?」

「だからです。そんなの私には分不相応で、あるというだけで気がかりになってしまいます」

「分不相応だなんてそんな事ない。なにかあっても俺がサポートするから大丈夫だよ。今やなにかしら事業を行っている夫人も増えてきているし。実際にセレナが働くわけじゃないんだし、管理は家の者がしてるし、持ってて損はないよ」

 

 その後も、私の財産ではなくハーディング侯爵家の財産とすべきだと言ったが、フェリクス様は折れてくれなかった。


「俺からのプレゼント、そんなに嬉しくない?」「セレナはすぐ遠慮するから、鉱山で得たお金ならセレナが欲しい物を買うのでもなんでも好きに使いやすいかと思ったんだけど……」としょぼんとして言われると、それ以上強く言えなかった。


  私が借金を肩代わりしてもらった事を後ろめたく思って、フェリクス様の買い与え攻撃を遠慮してるところもあるとバレていたのだろう。

 単純にそんなにプレゼントは必要ないと思って遠慮しているのも事実だけど。



 ◇

 


「セレナ、お帰り!どうだった?新婚旅行。レドライクでしょう?昔お父様の買い付けに付いて行ったことがあるけど、海の綺麗な場所よね。新婚旅行にぴったりな場所だわ」


 今日は旅行のお土産を渡すため、アルマの家にお邪魔させてもらっている。間もなく生まれそうな大きなお腹を大切そうに撫でているアルマはすっかり母の顔をしていた。

 

「旅行は、楽しい事も多かったけど嫌な事も……あ、これお土産。子供の成長を願った木彫りの人形と、アルマ用には木彫りのブローチ。ブローチは服につけなくてもストールを留める時にでも使って」

「あら、可愛い。ありがとう。で?嫌な事って?フェリクス様とケンカでもした?」

 

 今日はお土産を渡すためにアルマの家にお邪魔しても良いかと先触れを出して訪問してるけど、私の中ではそれは口実だった。

 本当は、ビルヒニア様のことを愚痴りたくて、気安く話せるアルマに話を聞いて欲しくて遊びに来ていた。

 

「信じられない!王族だからって何!?妻がいる男性を当然のように奪おうとするなんて最低だし、奪えると思ってる高慢さも最低!流石王族って感じね!」


 一通り、ビルヒニア様と関わった時の事を話せば、期待した通りアルマはとても怒ってくれた。私の気持ちを代弁するように怒ってくれるので、私の気持ちも少し収まった。

 

「でも、まだ心のどこかで安心できていないの。フェリクス様は大丈夫と言っていたけど、いつ申し込みが来るかと思ってひやひやしているから、帰って来たのに気持ちが全然落ち着かなくて」

「フェリクス様が大丈夫と仰ったなら大丈夫そうな気がするけど、そうよね。王族相手だと何が起こるか予想できないし、実際は安心できる確証を得たわけではないものね……」

「そうなの。具体的にフェリクス様との結婚の話は出ていなかったみたいだけど。かといって、もう絶対大丈夫という確信を得られることもないから心配で」

「旦那様を信じるしかないわね」

 



 それから1ヶ月もしないうちに、リプトフの皇弟とレドライクの王弟の娘が婚約したとアルフェニアの新聞にも掲載された。まさか、こんな短期間で婚約が成立し、他国に知れ渡るまでになるとは。

 王族同士が結婚するのって結構時間が掛かるけど、婚約成立までももっと時間が掛かるものだと思っていた。

 

 本当にフェリクス様の言った通りになるとは……恐ろしい。 こうなるとフェリクス様が恐ろしい。

 でも、フェリクス様と離婚することにならずに済んで本当に良かった。


「ね?俺の言ったとおりだったでしょう?俺の妻はセレナ以外にはあり得ないんだから。もしもセレナ以外と結婚しなければいけなくなったら、そうだな……その時は一緒に逝ってくれる?」

 

 最後、酷く真面目な顔をして言われたけど、「いってくれる?」は逃避行ではなく「逝ってくれる?」だよね……?

 トニアの言った通りになりそうで怖いわ。

 良かった。まだ死にたくないし。フェリクス様ともっと一緒に過ごしたいもの。


 今回の新婚旅行は、楽しい事ばかりではなかったけど、自分のフェリクス様への想いを再認識するいい機会にもなった。


 最近、ちょっと私の機嫌が悪くなったり面倒で軽く無視するとすぐに「あぁ!セレナ、俺の事が嫌いになった!?」と聞いてくるのが正直鬱陶しいなと感じる瞬間もあったのは事実……。


 でも、フェリクス様の事は本当に愛しているし大切だと思っていたけど、未確定のことであんなに消耗する程に愛している。慣れてしまうとなおざりになりがちだけど、今までよりももっと慈しんで私にとって唯一の大切な人なのだと常に意識して接したいと思った。



「フェリクス様」

「ん?なぁに、セレナ」

「愛してます」

「俺も愛してるよーーーもうどうしようもないほどにセレナを愛してる」





 ◇◇◇

 ◇◇

 ◇



 ビルヒニアは「お父様、わたくしはリプトフの皇弟ではなくフェリクス様と結婚したいのです!」としばらく主張していたが、リプトフ皇国の皇弟と会った瞬間「わたくし、皇弟殿下と幸せになりますわ!」と言った。

 

 ビルヒニアはただの美形が好きなだけだった。


 そして、皇弟に一目惚れしたビルヒニアは甘い言葉を囁かれ結婚前に身籠ってしまい、半年も結婚が早まることとなる。結婚式後の披露宴に夫が手を付けた女が乗り込み、夫が好色で複数の庶子がいる事を知ることになるが、それはまだ知らぬ事である――――

 


 

第二章はこれで終わりです。

お読みいただきありがとうございます!


今は第三章を準備中です。

第三章が準備出来次第また投稿しますので、どうぞよろしくお願いいたします。

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