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「―――という訳なんだ。本当にごめん」

「そうですか。……それで、ビルヒニア様と結婚の話は?」

「そんな話は出てないよ」

「え?そうなんですか?」

「俺はちゃんと結婚指輪もしていたしね。あえて手袋はしなかったから、夜会に来ていた人たちも俺が既婚者なのは皆気付いていたよ」

 

 フェリクスはビルヒニアをエスコートする時、エスコートのために左腕を差し出していたが、エスコートにしては少々不自然なほど左手を持ち上げていた。

 手袋をはめていない左手をこれ見よがしに、結婚指輪が見えやすいようにする為に。


 そのため、ビルヒニアに挨拶に来た貴族達は一様にフェリクスの指輪に目を留めていたのだ。

 ビルヒニアの伴侶候補かとゴマをすりにきて、フェリクスの指輪を認めてあからさまに態度を変える貴族さえいた。


「そうなんですか?でも……」

「王弟殿下も娘にお願いされて迷ったかもしれないけどね。でも流石にもう結婚している俺と王族の娘の結婚はあり得ないと思ったと思う。実際、そういう話は一切出なかった。だから、安心して」


 髪を撫でながら安心してと言われるけど、そんな事言われても正直全然安心できない。

 事実として既婚者と分かっていても夜会に呼んでエスコートさせるくらいなのに、ビルヒニア様が簡単に諦めると思えなかった。

 

「それにきっともう少ししたら、あの令嬢に他国の王族から縁談が行くはずだよ」

「縁談があるんですか?」

「うん。マルセロには本来の仕事をしてもらうためにちょっと動いてもらったんだ。今頃リプトフ皇国に着く頃じゃないかな」


 そう言われてみれば、フェリクス様が夜会に呼ばれて行った日からマルセロの姿が見えない。


 動いてもらったとはどういう事なのか?マルセロの本来の仕事とは諜報員だけど……。

 リプトフ皇国はレドライクの隣にある国だけど、何故その国へマルセロを行かせたのだろう?


 私が疑問に思っているのが分かったのか、答え合わせをするようにフェリクス様がにっこりと笑う。その表情は内心怒りながらも表面上は笑っているお義父様と似ていた。


「リプトフ皇国の皇弟殿下が少し前から嫁を探しているという情報が届いていてね。リプトフは今、国内情勢が不安定で自国の貴族の娘は誰を選んでもまずいという状況らしい。だから、どこかの国の王族で丁度いい娘はいないかと探していたから、マルセロにレドライクの王弟の娘が嫁ぎ先を探していると情報を流しに行ってもらったんだ」


 なんでそんなこと知っているんだろうとか、情報ってどこにどうやってとか、情報を流したところで簡単にうまく行くのかとか、行動が早すぎるとか、いろいろ聞きたいことがあるけど、言いたい事がありすぎて上手くまとまらない。


「それに、皇弟殿下といっても末の第7皇子だった男だ。すでに皇帝の子も2人はある程度の年まで成長してるし、正式に立太子も済んでいる。皇弟の継承権なんてあってないようなもの。万が一にもあの女に変に権力を持たせるのは癪だから、ちょうどいい立ち位置だろう?」


 聞けば、第7皇子だった皇弟というのは大変な美青年で色男だけど、貞操観念ゆるゆるのためあちこちに女を作って遊び歩いているらしい。

 まだ20歳位なのに平民から貴族まで母親の違う子供も判明しているだけで既に3人はいるとか……、まだまだ庶子が出てくると予想されているとか……。


 将来、彼の家の後継者問題はかなり荒れるであろう事が既に決定しているようなものだ。

 そんな相手を間接的にも紹介したら、それこそ国際問題にならないのだろうか?


「だ、大丈夫なんですか?大切な姫をそんな問題児にって知ったらレドライクや王弟殿下を怒らせるのでは」

「あの女が大人しくしていれば俺もこんな事しなかったよ?王弟殿下は怒るかもしれないけど、でもレドライクを怒らせることは無いから大丈夫。王弟殿下が怒ったところで、最終的に王族を他国に嫁がせるか決めるのはレドライクの国王だし」


 レドライク王国の王弟は自分の娘ビルヒニアを溺愛しているが、そのせいで我儘放題の姪は物凄く金食い虫らしく、国王陛下も王太子殿下もそろそろ厄介払いしたがっていたらしい。

 ――――事実、レドライクでは昨年長雨の影響により、家や職を失う人が増えた。税金を払うのもやっとという人も増えて、国王と王太子は王族が率先して慎ましやかに生活して国民感情を逆撫でしないように努めようとした。しかし、ビルヒニアの派手な装いや振る舞いに非難が殺到した。そのため、諌めても反省の色が見えないビルヒニアにも、ビルヒニアに甘い王弟にもうんざりしていた。

 

 皇国のほうも、末の皇弟を結婚させて表面上だけでも落ち着かせたい。色欲の塊のような男でも一応は王族としての心得を学んでいるし、結婚相手が他国の王族なら暫くは大人しくなるだろうという思惑がある。


 そんな二人の結婚は、お互いの国の利害が一致しているので、皇国が縁談を申し込めばとんとん拍子に決まるだろうという。

 もちろんマルセロが情報を流すだけでなく、王太子殿下に連れまわされたときにそういう話にもなって、レドライクとリプトフそれぞれの国に都合の良い取引情報も話してきたらしい。 これには王太子殿下も興味津々だったとか。

 万が一、皇国の方から動きがなければ、王太子殿下からレドライクの王にビルヒニアの嫁ぎ先について話すと約束してくれたらしい。

 

 あんなに深く悩んでいた私がバカみたいに思う程、ビルヒニア様からの秋波というのか求婚というのかはフェリクス様にとっては大したことのない問題だったらしい。

 

 まさかこんな解決方法があるとは思ってもみなかった。

 他国の王族同士の結婚まで手のひらの上で転がすように簡単に操ってしまうとは。

 


 ◇



 私たちはアルフェニアへと戻るためにまた船に乗っていた。


 帰りの船も安定の具合の悪さで、心配して離れようとしないフェリクス様にトニアが怒って追い出すという一幕もあったが、船酔いと戦いながらも無事に3日後アルフェニアへと戻って来た。


 新婚旅行後半はアルフェニアの港町と王都の中間地点にある観光が盛んな中規模の都市を起点に、観光して王都へと帰る予定になっている。



「うわぁ……すっごく綺麗!透き通っていて、底まで見えますね!」

「本当だね。こんなに綺麗な泉は初めて見たよ」


 綺麗な泉が有名だと宿の人に教えてもらって、フェリクス様とふたりきりでその泉にやって来た。


「底まで見えるから浅そうにみえるけど、結構深いらしいから気を付けて。柵から身を乗り出したら危ないよ」

「流石に落ちる程どんくさくありませんから大丈夫ですよ。柵もありますし!」

「まぁもし落ちても助けるから安心して」

「落ちませんって」

 

 泉の周囲にはいくつかベンチがあり、何組かのカップルや親子が座って泉を見ていた。

 フェリクス様は木陰の下にあるベンチへ私を誘導してくれる。


「日に当たりすぎて倒れたばかりだからね。念のため日陰でゆっくりしよう」

「もう大丈夫ですよ。それに、レドライクよりもアルフェニアは涼しいですし」

「セレナが倒れたと聞いたときは生きた心地がしなかったんだよ……本当に。こんな思いは二度としたくないと思ったのに、まさかまた同じような思いをするとは……」


 大げさじゃないかと思ったけど、目が覚めた時に見たフェリクス様はとても険しい表情をしていた。

 私に向けてくれるのは基本的に甘い笑顔ばかりで、あんなに険しい表情や辛そうに歪められた表情はあまり見たことがなかった。

 

 以前攫われて迎えに来てくれた時も、辛そうに歪められていたけど、あの時は怯えているような感じもあった。 また同じような思いをするとは、というのはあの時の事を言っているのだろう。


「もう大丈夫ですよ。きっと旅の疲れも出ていたのに、飲み物も飲まずに炎天下でぼーっとしていた私が悪かったんです」

「もしも、少しでも具合が悪くなったら言ってね。すぐに帰ろう」

「私はもう少しゆっくり、フェリクス様とふたりの時間を楽しみたいです」

「……セレナ!」


 感極まったようにぎゅっと抱きしめられて、私は慌てた。

 一応ここは結構人の目がある。

 しかもここは自国だし、フェリクス様を知っている人が見ていないとも限らない。


 でも、新婚旅行先としても人気のためか、ぎゅーっと抱き着くフェリクス様を横目に、あらあら仲の良い事とでもいうように誰も気にもとめていない様子だった。


 

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