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09

 


「…………?」

 


 ふわりふわりと優しい風を感じて、目を開けると天蓋が見えた。


(ベッド?)


 もしかして、泣きすぎて、フェリクス様が帰ってきたことに安心しすぎて、眠ってしまったのだろうか?


 そうだ。帰って来てくれたことに安堵したけど、まだ大丈夫だとは聞いていないのだった。

 ちゃんと話を聞かなければいけない。寝ている場合ではない。


「奥様!気が付かれましたか!?水を!まずは水をお飲みください!」


 カルラがすぐに扇子を脇に置いて、水を差し出してくれた。優しい風を感じたのはカルラが扇子で扇いでくれていたからなのか。

 身体を起こそうとした拍子に、濡れたタオルがベッドの上にぽとりと落ちる。

 

(なんで濡れタオル?それよりも……)

 

「フェリクス様はどこ?」

 

 カルラに差し出された少しあまじょっぱい不思議な味のレモン水を飲んでからカルラに聞くと、少し逡巡したあとに目を伏せて緩く首を振った。

 

「まだ、お戻りになりません」

「え?…………うそ。だって、砂浜で……」

「砂浜?奥様は砂浜で倒れられました。医者の見立てでは寝不足で食事も取らずに日に当たりすぎたのだろうと。よくこの水を摂るようにとのことです。さ、もう一杯お飲みください」


 促されるままにコップに口をつけて不思議な味の水を飲む。

 普通なら不思議な味のついた水を口に含んだ瞬間に中身は何か聞くだろうに、そこに注意もいかなかった。


 状況が呑み込めないまま、回らない頭で考える。


 まだ戻ってきていないってどういうこと?砂浜に私にだけ会いに来てくれた?他の誰にも会わずにまたどこかへ行ってしまったってこと?

 泣いた後を覚えていないけど、お別れの挨拶をしに……?


 ううん。だとしても、侯爵家当主であるフェリクス様が私以外の人に全く会わずにまたどこかへ行くのはおかしい。使用人に会わない意味が分からない。私に顔向けできないと私にだけ会わない方がまだ現実的だ。


 それとも、フェリクス様が帰って来たのは、夢だったってこと……?抱きしめられた感触がしっかりあったのに?私の願望が見せた幻だったの?


 訳が分からない。

 カルラが嘘を付いているとは思わないけど、とても信じられなかった。

 だって、耳をくすぐる甘い声も抱きしめる腕の力強さも、間違いなく本物だった。 フェリクス様だった。


 それから様子を見に来たトニアにも聞いてみたけど、まだ一度も帰ってきていないと言われてしまった。


(そんな……)

 

「遠くから砂浜にいる奥様を見守っていたら、パタリと崩れられて……カルラと慌てて駆け付けて、医者を呼んだのです」


 トニアが説明するも、茫然としているセレナの耳には届いていそうになかった。


 あれは本当に夢幻だったらしい。

 一度帰って来てくれたと思ったのに、それが幻だったなんて。

 絶望感しかない。


 あんなに現実になりそうだから絶対に泣きたくないと思ったのに、涙が止まらなかった。




 ◇




 二晩まともに寝ていなかった私は、泣き疲れて眠ってしまったらしい。

 頭に濡れタオルを乗せられる感触で目が覚めた。

 ぼんやりと目を開けると、酷く険しい顔をしたフェリクス様がそこにいた。


(あぁ。またか……)


 私の願望がフェリクス様の幻を見せているんだとすぐに分かった。

 せっかく幻でも会えるならこんなに険しい表情じゃなくて、いつもみたいに甘くとろけそうな笑顔が良かった。

 

(私が作り出した幻なら笑ってよ……いつもみたいに)


 そう思うと、ポロリと涙がこぼれ落ちた。

 

 笑って欲しくて幻のフェリクス様の頬に手を伸ばして触れると、感触がやけにリアルだった。

 でも、今朝の幻もリアルな感触だったなと思っていると、また涙が零れ落ちる。涙の雫が枕に当たったぽとりという音がやけに大きく聞こえた。

 

 幻のフェリクス様の表情が一層辛そうに歪められて、頬に添えた私の手を握ってご自分の頬に強く押し当てる。

 

「笑って……」


 願望が声に出ると、幻のフェリクス様の目が一瞬見開かれて一瞬ぎこちなく唇が弧を描くけど、すぐにまた険しい表情へと戻ってしまった。今度は泣きそうな表情にも見える。


「セレナ、連絡もせずに遅くなってごめん。こんなに不安にさせたなんて……俺はなんて馬鹿なんだ。本当にごめん。ごめん……」


 幻のフェリクス様は表情だけでなく、声まで泣きそうになっていた。


 謝罪なんていらないから、早く戻ってきて。

 早く本物に会いたい。

 会って抱きしめて欲しい。


「早く戻ってきて……フェリクス様。私たちのおうちに、別邸に早く帰りましょう?」

「セレナ?俺はここにいるよ。戻って来たんだ」

「――本当に?本物のフェリクス様?」

「うん。遅くなってごめん。セレナをこんなに不安にさせるなんて……俺はどうしたらいい?」

「抱きしめてほしい」


 フェリクス様に軽く抱き起こされ、そして覆い被さるようにぎゅっと息苦しいほどに抱きしめてくれた。

 暫く苦しいほどにきつく抱きしめられていて、腕の力が緩んだので見上げると、変わらず泣きそうな表情のフェリクス様がそこにいた。


「許して欲しい。セレナ」

「なに、を…………?」


 まさか、離婚することを?

 ビルヒニア様を止められなかったことを?

 

「セレナをこんなにも不安にさせた俺を。まさか倒れてしまう程に心配させるなんて……俺は本当に愚かだ。連絡もしないで心配をかけるなんて、セレナに愛想を尽かされてもおかしくないけど、許して欲しい。セレナを手放すなんて死ぬのと同じだ」

「許すも何も――」

「アルフェニアへ、別邸へ一緒に帰ってくれる?俺の事嫌いになってない?嫌われてももう手放せないけど、嫌いにならないで……お願い、俺から離れて行かないで」

「なる訳ありません。一緒に帰りたいです」

「良かった……!もう、二度とセレナを不安にさせないし悲しませるような事もしないと誓う。大切にすると改めて誓う」


(このフェリクス様は本物……なの?)

 

 そっと私の手を取り、指先にキスを落としながら誓うと言うフェリクス様を見ていると、目が合った。

 再び息苦しいほどに抱きしめられて、キスをされ、漸くフェリクス様が本当に帰って来たのだと実感して来た。

 実感してくると、安心感からまた涙が出てしまう。


 暫く止まらない涙に、フェリクス様をオロオロさせてしまった。


 


「落ち着いた?本当にごめん。セレナ」

「はい」

「でも。少し、ううん、凄く嬉しい。俺の愛ばかり重いと思っていたけど、こんなにセレナに愛されているんだって実感できた」

「え……私の愛は伝わっていませんでしたか?」

「伝わってはいたんだけど、セレナの俺への愛が1だとすると俺のセレナへの愛は100、1000、いやもっと、もっと数値で表せないくらいにあるんだ。自分でも気持ち悪い位にセレナへの愛はとめどなく湧き上がってくるんだよ」

「そんなに?」

「うん。まぁ、差があるのは仕方がないし、強要するものでもないけど……セレナの愛を100位には感じられたよ」


 嬉しそうにはにかんでいるけど、それでも90とか900の差があるのか。

 いや、もっとか。

 自分でも気持ち悪い位ってことだけど、私もフェリクス様の事はかなり愛しているんだけどな。

  私のフェリクス様への愛は、フェリクス様には全然伝わっていないって事だよね。こんなに不安に苛まれる程なのに。

 


「そんなことより――」

「そんなことって!俺にとってはセレナの愛は何を差し置いても重要な事だよ!?」

「……今は何があったのか、話を聞かせて欲しいんです」

「そうだよね。ごめん……」

 

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