04
本日2話目です。
妙な暑さで目を覚ますと、フェリクス様に抱き込まれていた。がっちりと抱き込んでいるフェリクス様はまだ寝息を立てて寝ている。
目の前にある瞳が閉じられた顔を見ると、改めて美術品のようだと感心してしまう。少し口が開いていても美しく見えるほどだ。
だから、どうして私のように借金もある爵位の低い平凡な女が選ばれたのか全く分からない。
けれど、ひとつだけ言えるのは、昨夜のフェリクス様はとても優しかった。
とても大切な宝物を扱うかのように、丁寧に扱われた。思わず愛されていると何の根拠もなく自信を持ってしまいそうになるくらいに。
そんなことを思い出して、朝からひとり顔が赤くなってしまうのを感じる。
(顔が熱い……。って、暑いし重い)
のしかかられるように抱き込まれ、素肌にぴったりと触れている部分からフェリクス様の少し高い体温が伝わってくる。何とか少しでも離れようともがいていると、フェリクス様が目を覚ましたようだ。
「んっ……んぅ」
(朝からなんて悩まし気な声を出すんだこの人)
フェリクスの鼻から抜けるような声が耳元で聞こえた。
セレナがドギマギして目を泳がせていると、抱き着かれていた腕に力がこもったのを感じた。と思ったら、こめかみにふわりと柔らかいものが押し当てられて、リップ音が聞こえた。
(なに?なんでこんなに甘いの?勘違いしちゃうからやめて!)
「おはよ」
「お、おお、はよう、ござます」
フェリクス様の方を見ることができないまま朝の挨拶を何とか返すと、クスリと笑う気配を感じる。起きたてで話し方が気だるげだからか朝から煽情的だ。
「体、辛くない?」
「はい。大丈夫です」
「そう、良かった」
フェリクスが枕に片肘をつくように姿勢を変えると、のしかかるようになっていた部分が離れた。ただそれだけなのに、先ほどまで暑いと思っていたのに、体が冷たく感じてしまう。
「…………」
フェリクスはそのまま無言でセレナを見下ろしている。
(これは何の時間?まだ寝ぼけてる?もしかして、今更冷静に見てコレジャナイと気付いた?)
「フェリクス様は、その、お体大丈夫でしょうか」
「俺は男だからね。だいじょう………………え?なにこれ」
無言で見つめられているのに耐えられなくなってフェリクス様に問いかけると、何故かフェリクス様は急にガバッと上半身を起こした。
勢いよく起き上がったフェリクス様に上掛けが引っ張られ、左の胸が露になりかけたので、慌てて上掛けを引き寄せる。
その時になって漸く起きたフェリクス様の顔が見れた。自分の両掌を見つめて唖然としている。けれど、見える範囲では何もなく、私には何が起こったのか分からない。
「どうされました?」
「魔力が……増大している」
「え?魔力って増えるんですか」
「分からない…………」
魔力というのは持って生まれた物だ。人それぞれ容量が決まっている。
成長や訓練によって少しは増やせるが、大幅に増やすことはできないと言われているはずだ。
しかも大人になるまでに魔力を使いこなせなければ容量が少なくなることもあると言う。
だから増大なんて聞いた事がない。
誤解とか気のせいではないのだろうか?
そもそも私は魔力量が少なくて自分の中の魔力を感じられないほどなので、増えてもそれさえ気付けないだろう。
唖然とした表情のまま、ゆっくりとフェリクス様の視線が自身の手の平から私の顔へ移る。
なんだかよく分からないが、この怜悧な人がここまで唖然とするならただ事ではないのだろう。
そんな時に自分だけいつまでも横になっているのは滑稽な気がして、上掛けが落ちないように手で押さえながら上半身を起こした。
「今日の予定を、少し変更していいだろうか」
「もちろん構いません」
私の返事を聞くと、一つ頷いてからベッドの下に落ちていたガウンを素早く羽織って居室の方へ歩き出す。
(少し皺になったガウンでも様になってるし、爽やかに見える。私が皺になったガウンなんて来たら、即貧乏感出るのに。美しいって羨ましい)
ぼーっとフェリクス様が歩いていく様子を目で追い、思い浮かんだ事をそのまま考えていると、急にくるりと方向転換してまたベッドに戻って来た。
「昼には戻るから、指輪は午後に買いに行こう」
「あ、はい」
「セレナはゆっくりしてて」
甘く微笑み唇にキスを落としてから、今度こそ颯爽と寝室から出て行った。
甘い空気の残る寝室で私は侍女が来るまでベッドに突っ伏して動けなかった。