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07

「あ、可愛い」

「そうだね。買おうか?」

「まだ来たばかりなので、もう少し見て回ってからにしましょう」


 私たちは昨日トニアに教えてもらった市に早速やって来た。

 昨夜、寝る前にフェリクス様にトニアの言っていた市の話をすると、「じゃあ明日行ってみようか」と言ってくださったのだ。


 市は小さな露店がひしめき合っていて、食べ物から雑貨まで所狭しと商品が並べられている。見ているだけで目移りしそうな状況なのに、私のつぶやきを聞き逃さず、フェリクス様は早速買おうとしだした。このペースで買っていたら大変な事になりそうだ。


「あ、あれ。ここにも売ってるんだ」


 どこからともなく美味しそうな香りがしていると思ったら、レドライクの王都の露店で見た魚のすり身を揚げたものがこの市にも売っていた。ここにもあるという事はレドライクで食べられている食べ物なのだろうか?


 王都で見かけて、フェリクス様が書簡を届けに行ってる間に食べてみたいと思っていたけど、結局ビルヒニア様が突撃してきたから食べ損ねていた。


 フェリクス様が伴をしていたセリオに目配せすると、セリオはすぐに2つ買ってきてくれた。

 そんなに物欲しそうに見ていただろうか。そう見えていたのだとしたら恥ずかしい。

 

「わぁ。セリオありがとう!」

「揚げたてで熱いそうなのでお気を付けください」

「うん!ありがとうございます、フェリクス様。いただきます」


 ブリンと弾力のある食感で中に熱が閉じ込められていて、齧ると内部が凄く熱かった。表面は湯気が出ていなかったから油断したけど、本当に揚げたてらしい。

 予想以上に熱くて驚いたけど、同じタイミングで口にしたフェリクス様も同じように慌てていて、一緒にハフハフ言いながら食べた。

 私だけが食べていたら口の中のやけどを心配されたかもしれないけど、二人ともが予想外の熱さに驚きながらハフハフしていたのがなんだかおかしくて、ふたりで笑いながら食べた。

 

「ふふふっ、本当に熱くてびっくりしましたね」

「ははっ、そうだね。大丈夫だった?」

「はい。フェリクス様も大丈夫でしたか?」

「うん。びっくりしたけどやけどはしていない」

「それにしても、良い匂いの通り美味しかったですね!生臭さは全く無いし甘みがあって」

「あぁ。気に入った?」

「はい。アルフェニアでも売ったら買い食いしてしまいそうな位に」

「海沿いの街ならあるかもね。王都は内陸だから厳しいだろうけど」

 

 食べてみたいと思ったものがここで食べられるとは思わなかった。

 それに、庶民的な食べ物とフェリクス様が結びつかなかったから王都では一人になった時に食べに行こうと思っていたけど、一緒に食べられてよかった。

 いつもは食事の所作が綺麗で完璧なフェリクス様が串に刺さった食べ物に齧りつくのもレアな光景だし、ハフハフ言いながら食べているのもなかなか見れないだろう。

 これも旅先ならではの楽しい思い出だ。


 市は小さなお店がひしめき合っていて、お客さんの人数も多かった。

 フェリクス様に「逸れたらいけないから」と手を繋がれ、しかも指を絡ませるようにしっかりと握られて最初は少し恥ずかしかった。腕を組んだり腰を抱かれて歩くことはあるけど、人前で手を繋ぐことはあまりなかったから。


 手を繋いで歩いているときに、一軒の露店の前で私は足を止めた。

 昨日トニアが言っていた通り、市の中には沢山の木彫り細工を置いてるお店が多かった。

 木彫りの人形の置物のお店やアクセサリーのお店等、木彫り細工のバリエーションも豊富だったので、皆へのお土産も買う事ができた。

 皆へのお土産は買ったけど、自分用にも思い出に何か買いたいと思っていたとき、私は特に精巧な細工を施してある品物が目に入って完全に足を止めてしまった。


 私の足が止まった事をすぐに気付いたフェリクス様が、すぐに寄り添ってそのお店の前まで誘導してくれる。


「セレナが足を止めてまで見るなんて珍しいね。気になる物があった?」

「この小物入れが、細工が繊細でいて精巧で素敵だなぁと」

「確かに。腕のいい職人が作っているのだろうね」

「お!お客さん、お目が高いじゃないか!そうなんだよ。それはいつもはこんなところには出回らないレアものだよ」

「そうなんですか?」

「いつもは高貴な方達へ献上している職人が、新しく試作品として作った物なんだ。試作品をいきなり高貴な方へ献上できないからね。その職人ってのが俺の幼馴染で、市場の反応を見たいってんで試作品を作る度に俺の店に置いてんだ。しかもこれは今朝出したばかりの新作で、小物入れの残りはもうそれだけだから早い者勝ちだよ!」


 販売ではなく献上と言う位だから、この細工をした職人の取引相手は王族か何かなのだろうか。

 でも、細工のレベルは明らかに他のお店に置いてあった木彫り細工と一線を画しているから、店主のおじさんの言う事も嘘ではなさそうだ。


 蓋部分は木が細かく彫られてレース編みのような模様になっていて美しい。少しでも強い力を加えたら割れてしまいそうな程繊細そうに見える。

 両掌に乗るくらいの大きさの小物入れだから、アクセサリーなどを入れるのに良いかもしれない。


 これは、欲しい。

 でも、試作品と言えどそんな腕のいい職人が作った物なら高いのかもしれない。

 

「セレナ。俺からプレゼントさせて。この旅の思い出に。良いでしょ?」

「ありがとうございます」

「うん。やっとセレナが喜ぶものを買わせてもらえて良かった」

「そんな。本も嬉しかったですよ?珊瑚のブレスレットも」

「うーん。でも、これは本当に欲しいって思ったでしょ?やっぱり喜んでもらいたいし、セレナが本当に欲しいって思った物を贈りたいからね」

「ありがとうございます。大切にします」

 

 嬉しくてフェリクス様と見つめ合っていると、露店の店主が声を掛けてきた。


「お二人さんもしかして新婚かい?だったら、これはどうだい?これもその小物入れを作った職人が試作で作った物なんだけど」


 店主が後ろを振り返ると、そこには2羽のワシが寄り添っている木彫りの像があった。

 精巧につくられたそれは迫力がある。

 存在感のあるそれは目を引いていて、ずっと気になっていた。欲しいという意味ではなく存在感がありすぎるから。

 この像があったから、この小物入れにも気づくことができたのだけど。


「レドライクには家庭円満を願った伝統的なオオカミの木彫りの人形があるんだけどね。オオカミは番を決めたら浮気しないって言われてるからさ」

「そうなんですか」

「今まではオオカミのモチーフだけだったんだけど、その職人が今回、何とかってワシでも家庭円満を願った人形を作ったんだよ。そのワシもずっと同じ番と添い遂げるらしくてね。どうだい?新婚夫婦にぴったりの縁起物だよ」

 

 前にいる1羽が雄々しく羽を広げ、後ろで寄り添っている少し小さめの1羽を守っているような構図になっている。


 猛禽類らしい猛々しさが表現され、羽音まで聞こえてきそうなほど羽一枚一枚まで丁寧に彫ってあり、素晴らしい作品であることは間違いない。

 ただし、新婚家庭向けの可愛らしさは微塵もなく、かっこいいの一言に尽きる木彫りの像だった。

 そして、大きい。大きすぎる。

 太い木の幹にとまる形になっているから横にも縦にも幅がある。

 旅先のお土産として買うには不釣り合いの大きさ。


「買おう」

(買うの!?)

「まいどありぃ!!」

 

 素晴らしい作品だと思うが、その大きさは結構な大作の彫刻作品と言っても良いくらいある。ちょっと棚の上に飾りましょうという大きさではない。

 広い本邸のエントランスホールの象徴的モニュメントにぴったり位のサイズだ。別邸のエントランスだと圧迫感が出てしまいそう。

 

 そんな大きさの像をフェリクス様は即決で買う事を決めてしまった。


 素晴らしい作品だから買うのは良いとしても、どうやって持って帰るつもりなのか……。

 と思っていたら、セリオがお金を払い終えたのを見るやフェリクス様がなにやら術を唱えたらその場からスッと消えてしまった。

 なるほど。


「おおぉぉ!?お兄さん魔術師かい!?」

「違いますけど、嗜んでいます」

「今の空間収納魔法だろ?嗜んでいるってレベルじゃないと思うけどね。まぁいいや。ありがとうね!これからもレドライクを楽しんで!」


 上機嫌のおじさんに見送られて、その後も午前中いっぱい市を楽しんでから一度宿に戻ってくると、レドライクの王弟殿下からフェリクス様に使いが来ていた。

 急だけど今夜王弟殿下の屋敷で夜会があるからぜひ招待したいとのことだった。



 余りにも急なお誘いではあるものの、流石に他国の王族からの夜会の誘いを断ることは難しい。

 今は新婚旅行中だけど、レドライクからみたフェリクス様はアルフェニアから書簡を届けに来た使者という立ち位置だし。


 フェリクス様はせめてもと「妻も同伴させたい」と言ったそうだが、招待はフェリクス様だけと聞いていると使者は譲らなかった。

 使者の判断で呼ばれてもいない妻も来て良いとは言えないのは当たり前だ。

 それに同伴を許されても、この国のマナーを知らないから私も困るし。

 

「ごめん、セレナ」

「仕方ありません」

「本当にごめん。……嫌いになった?」

「嫌いになんてなりません。これもお仕事のうちでしょう?だから私は大丈夫ですから行ってきてください」

「セレナはもっと我儘になって良いんだよ?」

「お仕事の邪魔をする狭量な妻にはなりたくありません」

「そう言ってくれるところも好きだよ」


 フェリクス様の前ではそう言ったけど、私は不安でいっぱいだった。

 王弟殿下の屋敷で行われる夜会にフェリクス様が参加する意味や起こりうる可能性を考えると恐ろしかった。

 だって、ただの夜会ではない。必ずビルヒニア様がいるはずだから。


 どうしても、次にフェリクス様に会った時には離婚話を切り出される状況になっているのではないかと想像してしまう。

 近いとはいえ3時間はかかる道程のため、夜会後は王弟殿下の屋敷に一泊することになる。


 明らかにフェリクス様を狙っているビルヒニア様が強硬手段に出る可能性も無きにしも非ず……。

 男女の力の差があるし、一方的に既成事実を作られることはそうそうないとは思うけど、実力行使をされそうなったら王族に反抗することはできるのだろうか。

 フェリクス様はちゃんと帰ってきてくださるだろうか。


 夜というのはつい悪い方に考えが傾いてしまう。

 だから、早く寝なければと思うのに、久しぶりに一人で横になるベッドはとても広くて、寂しさや不安が増してしまった。

 結局あまり眠れぬまま窓の外が明るくなってきた。


 


 

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