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05

 


「わたくし、レドライク王国の王弟の娘ですの。ビルヒニアですわ」

「―――セレナ・ハーディングと申します」

 

 ぱらりと優雅に広げた扇子で目の下ぎりぎりまで覆い隠し、視線だけで私を上から下までゆっくりと見た後、自己紹介をされた。


 このご令嬢は王弟殿下の娘ということはレドライクの王族ということ?相当な高位貴族の娘なのだろうと思ったけど、王族ならこの内からにじみ出る威圧感と高慢さ…―――もとい漲る自信も納得だ。

 

 それにしても何の用なのだろうか?私への用など見当もつかない。

 

「フェリクス様は王城で王太子殿下やわたくしの父と今頃会食をされているわ」

「そうですか」

「あなた、フェリクス様の妻なのね」

「はい」

「その席、わたくしに譲りなさい」


(……席?)

 

 私は思わずちらっと今自分が座っているソファを見てしまったが、そういう事ではないだろう。

 昨日、フェリクス様に一目惚れをしたということ、なのか……


「あなたよりわたくしが妻になったほうが、彼にとって良いでしょう。ですから、その席をわたくしに譲りなさい」

「―――それは……」

 

 馬鹿じゃないの?何言ってるんだこのお嬢様。と思ったけど、そんなことは言えないし、なんと言ったら良いものか。


 相手は他国の王族。

 ヘタな事は言えないけど、是とも言えない。

 新婚旅行先で妻の座を譲れと言われて、ハイ喜んでって誰が言うのか。

 

「物分かりの悪い方は好きではないわ。フェリクス様はあなたの何が良いのかしら?これはアルフェニアにとっても有益な結婚になるわ。分かるわね?」


 アルフェニアというのは私たちが住む国の名前だ。確かに他国の王族が自国の貴族に嫁いで来たら、国家間の結びつきも強まるだろう。

 しかし、物分かりというレベルの話ではないと思う。

 まるでフェリクス様を物のように話すご令嬢に不快感しかない。 ふわふわで愛らしいという理由だけで子犬や子猫を欲しがる子供の様だと思った。

 

「あなたが了承する必要はないのです。けれど、一応はあなたは妻のようですから。わたくしも悪魔ではないので、事前にお知らせしてさしあげましょうと思っただけですわ。優しいでしょう?」

「え?どういう意味ですか?」

「物分かりの悪い方は好きではないと申しましたわ」

「私たちの離婚は決定事項なのですか?」

「そうなるのも時間の問題という事ですわ。わたくし、父にお願いしましたの。あんなに美しい男性を見たのは初めてでしたもの。ですからフェリクス様と結婚したいと。父にお願いして叶わないことなどありませんわ」


  夢見る少女のように、ふふふと美しく笑って言われても、現実感がない。


 ビルヒニア様は、私たちの離婚とフェリクス様の再婚はもう決定だと言った。

 王族の権力を使われたら実現しかねない話ではあるから、怖い。

 私の心にぽたっと不安という名の雫が落ちてきて、心に小さな染みが付いてしまった。



「奥様、大丈夫です。旦那様が奥様の事を手放すはずなどあり得ません」

「自分で言うのもなんだけど、私もそう思う」

「そうですか。分かっておいでなら良いのです」

「でも国と国との話になってくると、流石にフェリクス様の気持ちは二の次になるのではないかしら」

「いいえ。旦那様と奥様が離婚するなどあり得ません。万が一そうなったとしても、離婚は致しませんね。免れないと分かれば、旦那様なら奥様を殺して自分も死ぬ位のことをするでしょう」

「心中?まさかそこまでは……」

「いいえ。旦那様の愛はそれほどに深く重いのです!ですから、奥様が心配することは何もありません」


 ビルヒニア様との話し合いの時にそばで控えていたから、全部話を聞いていたトニアが心配そうに励ましてくれた。

 途中から励ましではなく、フェリクス様の闇を匂わせてくるから別の意味でも心配になってきたけど……。

 

「ただいま、セレナ。ごめんね、遅くなって」


 予定より遅く戻って来たフェリクス様の顔を、ついじっと見てしまう。

 フェリクス様が簡単に乗り換える人なんて思ってないし疑うわけではないけれど、何か打診があった可能性も考えられる。

 

「ん?どうしたの?俺がいなくて寂しかった?」


 フェリクス様にいつもと違う様子がないか見定めようと凝視していたら、少し嬉しそうに「寂しかった?」と聞かれた。

 この様子だと、ご令嬢の話はフェリクス様には伝わっていない?


「フェリクス様、昨日のご令嬢なんですけど」

「昨日のご令嬢って?」


 昨日のご令嬢で通じない位に忘れているの?

 頭がいいはずなのに何故。

 

「昨日ひったくりを捕まえたときのご令嬢です」

「あー、そういえば今日王城で会ったな」


 今日会った事さえ忘れる存在なのか……なかなかに存在感がある人なのに。

 それ程までに興味がないってことなのかと思うと、少し安心できる。


「会ったのですか?」

「うん。王城の中を大臣のいる間まで案内されて歩いているときに、偶然ね。自分は王族だとかなんか色々言われた。ちょっと興味を示されたけど、結婚しているからって言って別れたよ。書簡を渡す前だったし、担当の大臣を待たせていたから」

「そうですか……」

「何かあったの?」


 フェリクス様に今日の昼間ビルヒニア様がここへ来た事と、伝えられた用件を伝えた。

 フェリクス様の顔からどんどん表情が消えて行ったのが怖かった。 表情の消え方はお義父様と似ている。流石親子。


「そっか、分かった。でも、安心して。今日の昼餐の席にあの令嬢の親である王弟殿下がいたけど、俺には何も話をしてこなかったから、令嬢のただの我儘だよ。それに、万が一話が来ても断るし」

「断れるのですか?」

「もちろん、断るよ。当たり前じゃないか。俺にはセレナだけだよ」


 ()()()のではなく、()()

 それはあくまでもフェリクス様の希望を意味している。

 もしも国家間の話として正式に縁談がきたら、国としては貧乏子爵令嬢だった私より、レドライクの王族と結婚させようとするのではないだろうか。


「心配?」

「はい……」


 私は真剣に心配しているのに、フェリクス様は嬉しそうだった。

 私が少しでも寂しがったりやきもちをやくとフェリクス様は凄く喜ぶ。

 そんな場合ではないような気がするんだけど。

 

「少し遅くなったけど、今からならまだギリギリ夕日に間に合うと思うんだ。湖に行こうか?」

「はい。行きたいです」


 フェリクス様が連れて来てくれた湖は、夕日が映えて本当に綺麗だった。

 ふたりでくっついて、というよりフェリクス様にぎゅうぎゅうすりすりされながら景色を見て、少し不安に支配されかけた気持ちが落ち着いてきた。


(大丈夫。私はこんなにもフェリクス様に愛されているのだから。大丈夫。きっと大丈夫)


 しかし翌朝、レドライクの王城からフェリクス様宛に使者がやってきて、朝から行ってしまった。


 昨日までは不安に思っても、フェリクス様の言う通り心のどこかでご令嬢の我儘だからきっと大丈夫だと思っていた。  

 だけど、こんな朝早くから王城に呼び出されるなんて、只事ではない。不安が現実になりそうで怖い。

 考えるとより現実味を帯びてくる気がして考えたくなかったけど、無意識に考えてしまう。

 心の中の不安の染みが広がっていくのを感じる。

 

 不安で落ち着かない午前を過ごしていると、ビルヒニア様が再びやってきた。

 昨日の泰然とした態度ではなく、今日はなんだか怒っている様子だった。


 私だって怒りたい。

 何を妻がいる男を奪おうとしているのかと。恥を知れと。

 言える訳がないけど……

 

「あなた、フェリクス様に何を言ったの?先ほど王城にいらしていると知り、会いに行って来たわ。そうしたら、このわたくしが断られたのよ!」

「え?」

「妻を愛しているから離婚はしませんし他の女性と結婚することはあり得ませんですって!あなたが何か言わなければそんなことを言うはずがないもの。いいこと?国際問題になると覚えておきなさい!」

 

 既婚者相手に断わられるはずがないなんて、すごい自信。

 自分自身に自信があるのか、父親が持っている権力に絶対的な自信があるのか、その両方か……。

 それにしても国際問題にされてしまうのだろうか?


 国際問題って、どの程度のレベルで問題になるんだろう。

 王族が絡むと時に荒唐無稽な展開も起こりうる事は歴史が証明している。王族という支配者の意思の上では一国民の願いなど無意味だ。

 

「ただいまセレナ。さぁ、行こうか」

「行くって、どこへ?」

「次の目的地に決まっているだろう?……あれ?もしかして具合悪い?顔色が悪い気がするな。トニア!セレナを休ませる準備をするんだ!」

「フェリクス様、体調は問題ありません」

 

 一瞬取り乱したフェリクス様を宥めて馬車に乗った。

 私はもしかしたらこのまま暫くレドライクの王都に滞在しなければいけない状況になるのではないかと思っていた。


 でも、私の心配を他所にトニアやカルラによって完璧に出立の準備が整えられていて、私は馬車に乗るだけになっていた。

 本当にここを離れていいのかと思いつつも、こんな場所から早く離れたかった。

 話が進んでいればどこに居ようとも意味はないのだろうけど、ビルヒニア様がいない場所へ早く行きたかった。


 

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