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03

 


 別邸を出て2日、あっという間に自国の港街までやってきた。

 ここで、明日の朝出港する船に乗り、3日間の航海を経て隣の隣の国レドライクに着く。


 港街までの道程は順調だったので、今はまだ午後を過ぎたばかり。

 先程今日の宿に馬車と荷物を預けて、皆でお昼ご飯を食べ終えたところだ。

 明日の朝までは何もすることがないので、この港街を観光することになった。


「トニア、マルセロ。2人は明日の朝までは自由時間よ。好きに観光して来てちょうだい」

「え?なぜですか?」

「結婚式も新婚旅行もしていないという2人に、フェリクス様と私からのちょっとしたプレゼントよ。私たちのついでのようで悪いけれど、こうして自由時間がある時は2人も新婚旅行気分で好きに過ごして欲しいの」

「しかし……」

「フェリクス様、本当に良いんですか!?」

 

 トニアは困惑した表情をしているけれど、マルセロは喜色を浮かべてフェリクス様に再確認している。


「問題ない。もちろんふたりが正式に結婚休暇を取るときは申請してくれ」

「はい!トニア、せっかくだから楽しもう」

「えっ―――……では、お言葉に甘えまして、行ってまいります」


 うきうきした様子のマルセロに引っ張られながらも申し訳なさそうにこちらを振り返って会釈をしているトニアに向かって手を振る。

 あの2人、10歳以上マルセロの方が歳上だけど、トニアの方が大人に感じるから不思議。


 私が2人を見送っていると、フェリクス様が私たちの後ろにいたカルラと侍従のセリオに、今日の夕方まで自由に過ごして良いと伝えていた。

 セリオはこの辺りの出身らしく、特に行きたいところもないから宿の部屋で休むそうだ。カルラは街を見て歩くという。


 王城から派遣されている騎士は私たちのやり取りをみていたが、フェリクス様に付いて来なくて良いと言われて困っていた。


「陛下から預かった書簡は魔法で空間収納をしているから、例え私が襲われたとしても盗まれる心配はない。君らの仕事は、かの国で私が無事に書簡を渡すのを見届ける事だ。私を護衛する事も仕事ではあるが、そもそもこれは私と妻の新婚旅行が主たる目的で来ている。私的な時間まで私の護衛をする必要はない」

「分かりました。では」


 騎士のひとりはその後、カルラを追いかけて走って行った。

 自国で比較的治安の良い街らしいが、カルラはまだ若い女の子だし騎士が一緒に回ってくれるのなら良かった。


 私とフェリクス様は、海沿いにたくさん並んでいた露店を見て回っていたが、フェリクス様がすぐに私に物を買い与えたがるので、飲み物だけ買って海の見える公園でゆっくり過ごした。


「セレナ、腕貸して」

「なんですか?」

「これ。セレナは肌が白いからこのコーラルピンクが似合うと思って珊瑚のブレスレットを買ったんだ。この港町は珊瑚のアクセサリーが名産なんだ」

「ありがとうございます。可愛い」


 いつの間に買ったんだろう?

 丸い粒状の珊瑚が3つ並んだ華奢なブレスレットはとても可愛かった。


 夕食後に、就寝の仕度を手伝ってくれたカルラに自由時間はどんな風に過ごしていたのか聞いてみたら、少し頬を染めて「ひとりの騎士様が一緒に回ろうと誘ってくださいました」と言っていた。


 カルラを誘った王宮騎士はアルナンド様と言って、ある男爵家の3男なんだそう。姉と妹もいて5人兄弟らしい。姉や妹が強かな人らしく、姉や妹に鍛えられているのかアルナンド様は女性への気遣いができる人だとカルラが褒めていた。


 もしかしたらこの旅で恋が生まれるかもしれないと思うとわくわくする。

 他人の恋話ってどうして楽しいのだろう。

 

◇ 


 翌朝、少し早めに宿を出て港に向かった。


 馬車や馬は船に乗せられないので荷物を船に運びこんだ後、ここまで働いてくれた馬や馬車を一時的に預かってくれる場所まで持って行かなければならないのだ。


「わぁ。船って大きいんですね!こんなに大きなものが海に浮かんでいるなんて、凄い」

「セレナは船は初めて?」

「はい。船も国を出るのも初めてで、楽しみです!」

「そうか。大丈夫かな」

「ん?何がですか?」

「船は相性があるんだ。乗ってみたらわかるよ」

 

(相性って何だろう?乗ってみたらわかるのなら、まぁいっか)

 


 ―――……船に乗って、まぁいいかと簡単に考えていた自分を恨んだ。

 港町の露店でやたらと「酔い止め!」とアピールしている店が多いと思ったら、こういうことか……。  


 船に乗ってみると、ゆら~ゆらら~~~とずっと微かに揺れていることには気が付いていた。

 最初は不思議な感覚だなぁと楽しむ余裕もあった。

 でも、まだ出航もしていないのに、なんとなく具合が悪い気がし始めたのだ。

 

「あ、出航するよ。甲板に出て見てみる?……セレナ?」

「奥様、お顔色が……。横になられますか?」

「う、うん。フェリクス様、ごめんなさい」

「いや、セレナは船と相性が悪かったんだね。大丈夫?」

「ぅ。そうみたいです……」


 ずーっとゆらりゆらりと揺れているこの感じが慣れなくて、気持ちが悪い。

 漸く出航したばかりなのに。

 お酒は弱い方ではないけど、もしかしてウェルカムドリンクだと渡されたスパークリングワインを飲んだのが余計いけなかったのだろうか。

 このまま3日も乗っていないといけないと思うと絶望しかない。

 

 具合の悪い所をフェリクス様に見られたくない……。

 そう思うのに、フェリクス様は心配そうに横になっている私の顔を覗き込んでくる。

 今はやめて欲しい。


「あの、フェリクス様は甲板などに好きに行ってください……」

「何を言っているんだ。セレナを置いて行けないよ」

「いえ……あの、あまり見ないでください」

「俺に見られるの、嫌?」

「はい……」

「え。嫌なの?」

「今は、ちょっと……嫌です」


 だって、吐きそうなのを我慢しているのだ。

 いつ限界に達するか分からない。

 そんな状況の中、じっと見つめられたくない。


「旦那様。奥様のお気持ちも汲んでいただけますよう、お願いいたします」

「そんな。セレナが……嫌って……」

「旦那様。奥様は今、とても具合が悪いのです」

「そんなことは分かっている。だから側についていてやりたいんだ」

「旦那様。女にはどんなに愛している男性だとしても絶対に見られたくない姿というものがあるのですよ。まさに、今のような状況がそうです」

「そうなのか?俺はどんなセレナでも愛せるぞ。例え汚物まみれになろうとも!」

「旦那様…………。奥様は、今は旦那様には見られたくないのです。旦那様が良くても、無理に側にいれば奥様の愛が冷める可能性もありますよ?」

「それは困る!そうなのか?セレナ。セレナ、ごめん」

「…………」

「あぁっセレナ!?もう嫌いになってしまったのか!?」

「旦那様!いいから早く!出て行ってください!!」


 追い出されるようにフェリクス様は部屋を出て行った。


「トニア…………ありがとう」

「いえ。良いのですよ。旦那様の愛の深さはよぉーく分かりましたけどね。具合の悪い時は、特に吐きそうな時に好きな人に見られたくないですもの。さ、ごゆっくりお休みください。眠れそうですか?」

「うん」

「桶と濡らしたタオルはここに置いてあります。吐けそうなら吐いた方が楽になるそうですから、我慢しないでください。私はあちらで控えております。もしおひとりになりたければ私も出ますが」

「それは、どっちでも。でも、吐いたら臭いから近くにいない方が良いと思う」

「そんなこと気にしませんので、私の事はいないものとしてください」

「うん」

「おやすみなさいませ」


 凄く気持ち悪かったけれど吐きそうで吐けなくて、結局吐くことはなかった。


 いつの間にか寝ていたようで、目が覚めた時には少し楽になっていた。

 目が覚めた時、完璧に回復したとはいえないけど、吐きそうなほどの気持ち悪さがなくなっていてホッとした。

 

 小さな窓があるだけの船の中は薄暗い。

 もしかしてもう夕方なのだろうか?

 それともただ光が入らなくて夕方のような暗さなのだろうか?


 部屋の中を見回してみると、トニアはいなかった。

 けれど、部屋の隅に置いた椅子に腰かけて、じーっとこちらを見ているフェリクス様と目があった。

 いると思わなかったからびっくりして思わず二度見した。


 フェリクス様の美しさには随分見慣れたと思ったけど、薄暗い中で見ると一瞬美術品の像が置いてあるようにも見えた。顔立ちだけでなく体も手足が長く均整がとれている。


 

「フェリクス様!?」

「セレナ……大丈夫?」

「はい。大分楽になりました」

「そう。そうか。良かった」

「あの?どうしてそんな隅に?」

「俺が近くにいたら嫌かと思って……」

 

(なぜ?)


 ―――あ、そうか。

 そういえば、眠る前はあまりの気持ち悪さにフェリクス様に見られるの「嫌」とはっきり言ってしまったのだった。

 フェリクス様の表情が暗く見えるのは、室内が暗いせいだけではないのだろう。


「もう、大丈夫です。側に来てください」

「いいの?」

「はい」

 

 上半身をしっかり起こして軽く両手を広げる仕草をすると、ぱあと顔に喜色を浮かべて走り寄って来た。

 そのままの勢いで抱き着いて、でもいつもよりかなり遠慮気味にふわりと抱きしめられる。

 

「ご心配をおかけしました。それに、酷い言い方をして申し訳ありません」

「ううん。俺の方こそごめん。あの後マルセロにも、女の人が吐きそうだから嫌って言ってるのに側に居たがっちゃ駄目だって言われたよ。それで、もう大丈夫なの?」

「休む前ほどの気持ち悪さはなくなりました。でもまだ万全という感じではないので、また具合が悪くなりそうな予感が……」

「そうか。セレナが酔わないようにしてあげたいけど、そんな魔法知らないし。研究してみようかな」


 研究してどうにかなるのだろうか?

 研究ってどうやってするんだろう?


 忙しいのに次はいつ使うか分からない研究に時間を割いたら、ますます休む時間が無くなってしまいそうだ。


「あの、研究はしなくても……」

「そう?でもセレナが苦しんでいる姿をみるのは辛いよ」

「でも、研究するには時間を取られますよね?これ以上フェリクス様が忙しくなると困ります」

「困る?一緒にいる時間が減るから?」

「……はい。だから困ります」

 

 フェリクス様はクスと笑ってから、再び抱き寄せられた。


 抱き寄せられるのは嬉しいけど、今は背中を撫でるのはやめて欲しい……


〈トニアに部屋を追い出された後の一幕〉


「奥様が吐きそうなのに側に居たがったら、そりゃあ嫌って言われますよ。吐く瞬間なんて特に見られたくないに決まってますから」

「そうなのか……。遠くからでも見守ったらだめか?」

「まぁ、具合が悪いあまり嫌って言ってしまっただけだと思いますから、近くで凝視しなければ見守るくらい良いんじゃないですかね」

「じゃあ部屋の隅から見守ることにする」


しょぼんとしながらマルセロとセリオに与えられた部屋にやって来たフェリクスを迎え入れ、落ち着かない様子を宥め、話を聞き、いそいそと出て行くフェリクスを見送るマルセロだった。


「セリオ。フェリクス様を反面教師にするなよ」

「バレました?」

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