メイドは見た2
「セレナ、こっちにおいで」
「…………」
「どうしたの?ほら、ここに座って」
旦那様は相変わらず奥様に向けてそれはそれは甘い微笑みを向けていらっしゃいますが、奥様は困惑しておいでです。何故なら、馬車に乗ったら「こっちにおいで」と言って自分の膝を指しているのですから。
馬車は揺れますし、予想外に跳ねることもあります。
旦那様が奥様の事を常に離さず触れ合っていたいと思っていることはもう重々承知していますが、馬車の中くらい横並びで寄り添って座るくらいにしておけばいいのに。
お二人が結婚して半年以上経とうとしていますが、旦那様から奥様への愛は変わらないどころか限界を知らないように増すばかりです。
最近別邸に新しく入ったメイドは、初めておふたりの、というか旦那様から奥様への態度を見て顔を真っ赤にしていました。
そりゃあ、これほど綺麗な男性が甘く甘く微笑んで奥様の頬を撫でたり身を寄せれば、見ているだけでドギマギしてしまうのも分かります。
私はいつの間にか慣れてしまいましたが。
それにしても、旦那様の雰囲気は随分と変わりました。奥様の前ではですけど。
初めてお会いした時には、美麗で怜悧でとても近寄りがたい雰囲気で、指示を受けるのにも緊張したものです。けれど、別邸の準備をしているときには、奥様への深い愛情を感じて、奥様に関連することには表情も豊かで人間らしさが感じられて少し親しみやすく感じたものです。
それが今や……――――
「セレナ?どうしたの?」
「馬車の中では普通に座ったらダメですか?」
「なんで?俺の膝の上なんて座りたくない?」
「なんてということではないですけど……普通に座りたいかなって」
「そんな……!」
ちょっと断られただけで、凄くショックを受けた顔をされています。
これは誰ですか?と言いたい位に、奥様の前では様子が違います。
なんというか、時々すごく情けないような感じになってしまうのは何故なのでしょう。
こんなにも美しくて地位も名誉も持っているのに、どうしてそんなに奥様に弱いのか。
奥様の愛情と旦那様の愛情の量では、確かに天と地ほどの差がありそうですが、傍から見ているとちゃんと奥様も旦那様の事を愛していらっしゃるのが分かるのに。不思議です。
「旦那様。結婚式を前に万が一の事があっては後悔してもしきれません。今は普通に乗っていただきましょう」
「………………」
「フェリクス様?代わりに手を繋ぎましょう?」
「うん、そうしよう」
トニアさんの忠告は無視ですが、奥様の提案には嬉しそうに答えていらっしゃいますね。
奥様の結婚式の準備が整ったころ、以前別邸に押し掛けてきた親戚の母娘が来て、大旦那様が静かに激切れしたりしましたが、無事に挙式が始まります。
奥様。とてもお綺麗です。
これは旦那様はもう見惚れて、惚れ直すどころの話ではないでしょうね。
教会の中のお二人は、絵になるなんてものではありませんでした。
嫋やかな奥様に寄り添う美麗で怜悧な旦那様。
ただ、奥様もお美しく着飾っておられましたが、旦那様は神々しい程でした。
参列者も、移動中に時折すれ違う無関係な人々も、皆の視線を旦那様が独り占めしておられました。これには少しばかり奥様が気の毒に思えてしまいました。
けれど、そんな神々しいまでの旦那様の視線は奥様が独り占めしておられました。完全に奥様しか目に入っていらっしゃらないご様子で、ぴったりと寄り添いずっと何かを奥様に囁き続けているようでした。
きっと愛を囁いているのでしょう。
そう思っていた通り、トレーンを持ったり介添でおそばに行った際に「愛してるよ」と聞こえてきました。予想通り過ぎましたが、その後も間にストレートに「愛している」を挟みつつ、色々と言葉を変えて愛を囁き続けています。本当に旦那様の奥様への愛は留まることを知りません。
奥様に愛の言葉を伝えていらっしゃるのは、別邸でも耳にすることはありましたが、こんなに連続して想いを伝えているのは初めて聞きました。大分慣れたと思っていましたが、間近で囁き声を聞いてしまったら、ドキドキしてしまいました。
聞いてるだけで耳や脳が腐りそうなほどです。
こんなにも美しい男性に一心に愛され、ずっと耳元で愛を囁かれて、私なら失神してしまうかもしれません。ほんのり頬を染める程度で正気を保っていられる奥様は凄いです。
それだけ、おふたりになった時にはいつも愛の言葉を囁かれているのでしょう。羨ましい。
私にもこんな一途に愛してくれる男性は現れるでしょうか。
気が付けば100万PVを超え、日刊や週間のランキング10位以内に入っていました。
ありがとうございます!
次話から第二章をスタートさせますので、よろしくお願いします。
また、誤字脱字報告ありがとうございます。
勢いのまま書いた後、見直しているつもりが見落としが多くお恥ずかしいですが、とても助かっています。
なお、人物設定などを踏まえて敢えて直していない場合もありますので、ご理解頂ければ幸いです。