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イヴァンの密かな悩み

「お?なんだ、イヴァン。彼女でもできたか!?」

「友達が初恋の子と結婚したんだ!」

「……そうか。お前はいいやつだな、ほんと。なんで彼女出来ないんだろうな」


 同僚に慰めるように肩を叩かれた。


 俺だってなんで彼女ができないのか知りたい。

 いや。理由は分かっている。ただ貴族のご令嬢ってやつが、苦手なだけだ。


 子供の頃から5歳上と3歳上の傍若無人な姉たちに何かといえば虐げられてきた。姉たちには口でも悪知恵でも絶対に勝てない。幼い頃は力でも勝てなかった。力で勝てるようになる頃には、女性に力で勝ってはいけない事を理解していたから、結局何一つ勝てないまま。

 そのおかげで貴族令嬢っていうのは理不尽で、すぐに機嫌が悪くなる難しい性格をしていると思っている。そして外では綺麗なのに実際は底意地が悪く性格がねじ曲がっていると思っている。


 思えば初恋の相手も悪かった。

 ふわふわと柔らかそうな髪の毛に、大きくてタレ目がちな瞳がとても可愛い子だった。

 フリフリのドレスの趣味は俺には理解できなかったが、明るくて優しくて、姉たちとは大違い。俺の事を見上げて微笑む姿は可愛くて、気が付けば目で追っていている存在だった。

 

「イヴァン様!ご迷惑でなければお昼ご一緒してもよろしいですか?」

「もちろんだよ!」

「フェリクス様も……よろしいでしょうか?」

「……構わない」

「ありがとうございます!ご一緒できて嬉しいです」


 あの頃は食堂でリックとランチを食べていると彼女が来て、一緒に食べて良いかと上目遣いで聞いて来ていたな。

「よろしいですか?」のところで少し首を傾げるんだ。俺は単純で、そんな様子も可愛いと思って内心きゅんとしていた。


「フェリア、可愛いよな」

「フェリア……?」

「リックはセレナちゃん以外には興味ないよな。今日だって食堂で俺達を見つけたら小走りで駆け寄ってきて、上目遣いで……あぁ可愛い。ご迷惑でなければって、謙虚だし。リックにも確認していたし、いい子で可愛いってなんだよ。甘くて良い匂いもするし、何の香水つけてるんだろうな」

「…………」

「なぁ。脈ありだと思うか?」

「脈?」

「うん。告白したら付き合えると思うか?」

「……どうだろう?俺に聞かれても」

「この前も遊びに誘われたんだ。そういえばリックも一緒にどうかって言ってた」

「俺は遠慮する」

「だと思ったからリックは来ないと思うって断っておいた。……よし!俺、近々告白する!」

「告白なんて、イヴァンは凄いな」


 話していても相変わらず手ごたえのないリックだけど、でもちゃんと話は聞いてくれる。

 今日もセレナちゃんとか言う女の子の報告書を見ているけど。それ読むの何度目だよ。  

 

 ◇  


「フェリア様。今日も食堂に行かれるのですか?」

「当たり前じゃない!」

「他の方から目を付けられ始めているので、そろそろ控えた方が……」

「それがなに?好条件の男性は早い者勝ちよ!来たくなければ来なくても良いのよ。私はあなたがいなくたって困らないわ」

「そんな」

「でも、良いの?イヴァン様もきっとすぐに他の方に取られるかもしれないわね。でも、あなたの家の家格は最初から釣り合っていないのだから関係ない話だったわね」

「…………」

「まかり間違ってもフェリクス様には手を出さないで頂戴ね。あなたじゃ相手にもされないでしょうけど。フェリクス様に相応しいのは私なんだから。容姿も、家格も、何もかも相応しいでしょう?名前だって似てて、運命だと思うわ!ご本人に直接行っても無理そうだからってやっとイヴァン様経由で仲良くなれそうなの。邪魔はしないで頂戴」


 今日はたまたま頼んでいた物を届けに家の者が来たので、門のところまで取りに行った。生徒と教師以外は原則敷地内に入れない決まりだから面倒だったけど仕方なく。

 だからいつもとは違う、あまり人が通らない場所を通って食堂へ行こうとしていた。


 まさかフェリアと取り巻きのひとりが話をしているところを目撃することになるなんて。


 天使のようだと思っていたフェリアの正体が、ザ貴族令嬢だったなんて……。

 俺のところに来てくれていると思っていたのに、まさかリック目当てだったなんて……。


 家の爵位で言えば、俺もリックもお互い侯爵家の息子だし、お互いに長男の跡取りだ。

 ただ、同じ爵位とはいえ、うちは侯爵位の末席。ハーディング家は侯爵位筆頭で、父親は魔術師団長だし歴史も古くてリックの家の方が格が上なのは分かっている。


 愛想はないが、見た目だって同性の俺から見てもリックが綺麗でかっこいいのは認める。 頭だっていい。だからリックはモテる。

 それは知ってる。何度も橋渡しを頼まれたことがあるからな。知ってるよ。


 だけど、フェリアはいつもまず俺の方に走り寄って一番に笑顔を見せてくれていたじゃないか。

 それが全部リックに近づく為だったなんて、酷すぎる。

 姉たちよりも酷いかもしれない。


「…………」

「……残しても良いから少しは食べろよ」

「―――ああ」


 今だけは、リックがもっと嫌な奴だったら良かったのにと思った。

 それなら「こんな性格悪い奴を好きだなんてフェリアも見る目ないな」って、少しは自分を励ませたのに。


 リックは午前の授業が終わると黙って俺の用事にも付き合ってくれて、だから不運なニアミスも一緒にしてしまった。

 ここまで慰めるでもなく笑うでもなく、明らかに肩を落としている俺を食堂まで引っ張ってきていつもの席に先に座らせて、俺がいつも食べているメニューを取りに行ってくれた。

 リックのあまり器用ではない優しさが染みる。


「あっイヴァン様!今日もご一緒―――」

「断る」

「えっ」

「聞こえなかったか?俺は君とランチをする気はない」

「フェリクス様……急にどうしてですか?」

「俺は静かに食事をしたいんだ。後から来た方が遠慮するのが道義。別の席に行ってくれ」

「そんな……」

 

 リックの容赦ない断りに、フェリアとその取り巻きがすごすごと下がっていった。

 フェリアは俺の方に縋るような、助けを期待するような視線を投げかけてきたけど、誰が助けるものか。

 

「……ありがとう」

「これでやっと静かに食事ができるようになった」

「はは。そうだな」



 それからもリックは一度もフェリアについて触れなかった。

 卒業するまでフェリアが俺に近づこうとするのも、直接リックに近づこうとするのもリックは許さなかった。というか、そもそもリックは女性に興味がなさそうだった。

 興味があるのはセレナちゃんだけ。


 この一件でリックへの友情は厚く固くなったが、貴族令嬢への不信感や苦手意識はますます強くなったまま大人になってしまった。

 

 一応侯爵家の跡取りとして、嫁は貴族令嬢でなければならないのは分かっている。

 貴族令嬢と一括りで決めつけるのは良くないのも分かっている。

 けれど、ごてごてに着飾っているのも苦手だし、少しでも香水臭いだけで心の扉が閉ざされてしまう。

 そういう女性は特には裏表が激しい傾向にあると警戒もしてしまうから、内面を知ろうと思う前に駄目になってしまう。

 

 でも、報告書を見続けているだけで前途多難だと思われたあのリックが、初恋を実らせて幸せそうな顔をしているのを見ると、貴族令嬢にもいい子がいるのだろうかと希望が湧いてくる。


 俺だって別に女の子が嫌いな訳じゃないんだ。

 平民の女の子と互いに割り切った関係なら遊べるし。


 早くリックの奥さんに会ってみたい。

 リックが選んだ子だから、きっといい子なんだろう。

 会うのが楽しみだ。


 セレナちゃんの友達で誰か良い子はいないかな……?


 

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