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03

 

 甘い雰囲気に流されてまともに考える事ができない。

 どうしてフェリクス様と結婚することになったのかよく分からないまま、ふたりで晩餐を食べることになった。


「ありがとう」


 メイドが食前酒を入れてくれたのでお礼を言うと、ぎょっとした表情をされた。

(何か変な事を言っただろうか?)

 僅かに首をかしげると、すぐにフェリクス様が理由を教えてくれた。


「メイドにお礼を言う必要はないよ。それが仕事だからね」

「そうなんですか?」

「子爵家ではいちいち言うの?」

「いちいちではないですが、言う時もあります」


 だって、我が家は貧乏子爵家だから。使用人の数は必要最低限を下回るくらいに少ない。

 使用人の手が足りないから、皆で協力しなければならない。

 そうすると使用人がしてくれる仕事の大変さや使用人がいることの有難さがよく分かる。


 彼らがいるから私たちの生活が成り立っている。

 お礼を言いたい時もあるし、使用人だってそれが仕事でもお礼を言われたら嬉しいはずだ。

 それでお互いが気持ちよく生活できるのなら、その方が良いではないか。


 それに、仕事だとしてもそれが当たり前ではないと思う。

 だから、これからも言いたい時はお礼を言ってしまうだろう。

 殆どが無意識だから、もしも使用人にお礼を言ってはいけないと言われると、その方が困る。

 ――という事をフェリクス様に話してみると「なるほど」と言ったきり、あごに手を当てて何かを考えているようだった。


「やっぱり良いな……」

「え?」

「何でもない。その考えはなかったが、言われてみればそうだな。この屋敷ではその方針を取り入れよう」


(方針、という程ではないけど。受け入れてくれるなら良かった)



 怜悧で美麗な容貌から他人に厳しく冷たそうに見えていたけど、意外と柔軟というか器が大きい所があるのだろうか。フェリクス様は先程から機嫌が良さそうに食事をしている。


(そういえば、家の人はここにはいないのかしら?フェリクス様のお父様は?弟もいたはず)


 ちらっと様子を窺うと「ん?」と一層笑みが深まる。

 あの容赦ない振りっぷりを知っているだけに、機嫌の良さが逆に怖く感じてしまう。


(この結婚にはどんな裏が待っているのだろう……)


「あの、前侯爵様やご家族は……?」」

「あぁ。この屋敷は君とふたりで住むために買ったんだ。本邸の方だと家族がいるし気を遣うだろう?親戚とかも来るから煩わしいと思うし、俺とふたりの方が君は過ごしやすいかと思って」

「買ったんですか?」


(2人で住むために買った!?縁談の承諾をして1週間しか経ってないのに?)


「うん。本当は君の希望の間取りを聞いて新しく建てられればよかったんだけど、急だったから売りに出てた家を買ったんだ。でも王城にも近くて立地も良いだろ?内装とか家具とかとりあえず揃えただけだし、君の好きなように全て取り換えても良いからね」

「いえ。あの、充分です」


(金銭感覚とか色々違い過ぎて……なんというか、これからが不安だ)


 ◇


 湯あみを終えて居室のソファで本を読んでいると、フェリクス様も夜着の上にガウンを羽織っただけの状態でやって来た。

 当然のように、私の隣に座る。


 私の手の中から本をそっと抜き取り、テーブルの上に置いてから、こちらに体を向けた。

 じっと見つめられるからやっぱり落ち着かない気分になる。


(予想はしていたけど、やっぱりこの部屋は夫婦の部屋なのね。……あ。そうだ、あの事を聞かなきゃ)


 ハーディング侯爵家といえば、代々の魔術師団長や優秀な魔術師を沢山輩出している名門だ。


 この国の多くの人は魔力を持っているが、魔術師になれるような魔力をもっているのはごく一部の人間だけ。

 そして、セレナの魔力量は人並み。つまり魔力量が少ない。

 セレナには希少な癒しの力があるものの、魔術師や治癒師になれるような魔力量はないのだ。


 子供の頃は、周りの大人も喜んでくれたり褒めてくれたから得意げに小さな怪我を治したりもしたけど、元々の魔力量が少ないせいで癒しの力で治せるのは放っておいても治る程度の傷や捻挫位。今や力を使うこともない。

 つまり、とても名門の家に嫁げるような力も魔力量も持っていなかった。


 湯あみ中にそのことを思いだして、聞かなければいけないと思っていたのだ。


「あの、私は魔力が少ないのですが、大丈夫なのでしょうか。やっぱりどうして私が選ばれたのか分からないのですが」

「俺が望んだから。それだけではだめ?」


 フェリクス様の両手が伸びてきて、私の顔を包み込む。おでこをこつんと合わせて、ふわりと笑んだ。


「うん。やっぱり思った通り心地良い。俺たち、魔力の相性が良いんだ」


 おでこを突き合わせたままそんなことを言われて、顔が赤くなってしまう。


(恥ずかしい……。って、今の答えになってない)


「魔力はね、俺も多くないんだ。だから、まあ……大丈夫。それよりも。キスして良い?」

「えっ。あの……ぅ……はい」


 フェリクス様は嬉しそうに微笑んでからそっと重ねるだけのキスをした。


 唇を離して、照れたようにフェリクス様が笑う。


(この人、こんな風にも笑うんだ。思ったよりも普通の人なんだな)


 そんなことをぼんやりと考えていると、また顔を近づけてきて唇が触れあいそうなところで「もう一回」と言ってから唇が重なる。

 今度は、触れるだけのキスでは終わらなかった。


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