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執事が見たあの日あの時1

 私は代々ハーディング侯爵家本邸で家令を務める家系に生まれた。

 少し前まで本邸で父の補佐として働いていたが、フェリクス様が結婚して別邸に移るにあたって私が別邸の執事に指名された。

 


 フェリクス様は私が10歳の時にお生まれになった。

 15歳で侍従として働きだした時には、もうすでに人目を気にしたり人の顔色を窺う子供になっていた。

 初めはどうしてなのか分からなかったが、それもすぐに分かった。親戚がフェリクス様を見る目がはっきりと物語っていた。5歳の子供が子供らしく振舞えなくなるほどに、その目も周りの子供も残酷だった。


 私から見てもそれはあまりにも不憫で、けれど家族の前で見せる姿は子供らしく、烏滸がましいが兄のような気持で見守っていた。

 

 それから数年後に、ある少女と出会ったことで、自分の行くべき道を見つけられたようだ。

 寄宿学校から帰ってくるたびに、自信を付けられているのが分かった。

 フェリクス様を前向きにさせてくれた少女には、勝手に感謝している。

 会いに行くわけでもアプローチするでもなく、毎月のように影に少女の様子を報告させていたのは予想外だったので、幼い頃の環境がその少しヤバめな思考になったのではないかと心配したけど、今では眩しいほどに立派になられた。

 

 フェリクス様が王城へ出仕し、宰相補佐として働くようになってからは、忙しくて屋敷に帰って来ない日もあった。働きすぎではないかと心配していたが、フェリクス様の優秀さが窺える噂を耳にするたびに誇らしい気持ちになった。

 

 そんなある日、珍しく早く帰って来たフェリクス様に呼び出された。


「ブラス、君に別邸の執事を任せたいと思う」

「別邸でございますか」

 

 別邸とは、どこの家を指すのだろうか?この家で働き出してすでに20年近いが、別邸と呼ばれている屋敷は無かったはず。

 

「あぁ。別邸を買う事にしたんだ」

「なるほど。畏まりました」

 

 これほど広い本邸があるのになぜ別邸を買うのか?そう思っても、その疑問は口にしてはならない。主人のお考えに従うまでだ。

 

 フェリクス様の口ぶりだと、これから別邸を購入するということなので、別邸で働きだすのは早くて数か月後だろうと思っていた。

 しかし、3日後には別邸を買ったと言われて、流石に驚いた。

 

 よくよく話を聞いてみると、なるほど。

 昔から密かに動向を把握し続けていた少女に、今は立派な女性になったであろう彼女に、いよいよ結婚の申し込みをなさるのだ。


 大急ぎで進められた別邸の準備がほぼ整った翌日、私はヘーゲル子爵家へ赴いた。

 あいにくヘーゲル子爵は出かけていたが、無礼を承知で帰りを待たせてもらった。留守だからとあっさり帰る訳にはいかない。いち早くお話を付けるのが今の私の使命だから。


 帰宅された子爵は慌てて応接室へ入ってきた。

 フェリクス様から託された書状を子爵に渡し、伝えてくれと言われていることを私の口からも言う。


「我が主、ハーディング侯爵が子爵家の事業ならびに先般抱えることになりました負債を纏めて引き受けたいとの申し出です。その代わりとして、長女のセレナ様をお望みでございます」


 私が用向きを伝えると子爵は目を丸くして驚いておられた。

 それはそうだ。私はフェリクス様の想いには気付いていたが、ヘーゲル子爵家側は恐らく寝耳に水。

 お世辞にも裕福と言えない子爵家に歴史も古い由緒正しき名門の侯爵家から縁談が舞い込むなんて、家格差から考えてもかなり稀な事だろう。


 しかし、子爵はすぐには返事を返さなかった。きっとセレナ様と話し合うのだろう。すぐさま娘を売るような父ないし親子関係ではないようで少し安心した。



 暫く返事が来るのを待つことになるだろうと思っていたが、翌日には諾との内容が書かれた手紙が届いた。思いのほか早い決定に、少し不安になる。


 いよいよセレナ様を迎えに行くという日に限って、いや、この頃はいつも休日も仕事をされていたが、久しぶりに休日にちゃんと休もうとされていたのに、フェリクス様は呼び出されて王城に行かなければならなくなった。

 思い切り後ろ髪を引かれる思いで渋々出勤していったのが分かった。あんなに感情を表情に出すのは珍しいほどに。



 侯爵家の馬車から降りて来たセレナ様は、思ったより普通のお嬢様だった。

 あまり裕福ではないからか、子爵令嬢だからか、本邸に来る侯爵家の親戚の令嬢たちに比べると、服装も身に付けている物も華美な物は無かった。

 けれど、使用人に対しても笑顔で対応してくださり、好感の持てる方だった。


 急いで帰って来たフェリクス様は、「あの書類を」と言いながら乱れた髪や衣服を直していた。

 何をお求めかすぐに分かったので、指示通り用意して予めフェリクス様が記入していた婚姻届をフェリクス様に差し出すと、受け取ってすぐに居室に向かわれた。


 セレナ様が記入した婚姻届を持って、すぐに教会に持って行った。単騎で駆けたのはいつぶりだろうか。


 この国では、婚姻届は教会が窓口となって受付をする。その後に、王城に送られて一括管理されるが、教会で受理され、証明書を受け取った時点で結婚成立となる。婚姻届を出す教会はこの国の教会ならどこでも構わない。だから、別邸から一番近い教会へ持って行った。

 更に、その教会の神父に事前に今日手続きに参る事を言って、早急に結婚が成立するよう準備してもらっていた。それもこれも、普段から多額の寄付をしている侯爵家だから通った我儘だろう。


 証明書を持ち帰り、フェリクス様に結婚成立を耳打ちすると、明らかにぱあっと明るい顔になった。


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