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本日2話目です。
「セレナ。前に仕事はもう少ししてから辞めると言っていたけど、いつまでか決まった?」
「いえ、まだ……。まだ半年も経っていないので、合計一年くらい勤められたらと思っていたのですが」
上司に辞める話をしようと思っていたころ、ちょうどフェリクス様が家に帰って来なくなった。
このまま離婚になったら困るから、辞める話はまだしないでおこうと保留にしたままだった。
「やっぱり、侯爵夫人が働いているのはまずいですか?それとも、前言ってたみたいに、男性が多く来る部署だからですか?でも、ただ来るだけで本当に何もないですよ」
「何もなくはなかっただろ?今日みたいなことがあるなら看過できないと思って」
「え、なんで知ってるんですか」
騎士にご飯に誘われたのは、フェリクス様がドアを開ける前だったのに。
「ドアの前で話していただろう。迎えに行ったらセレナの声が聞こえてきて、まだ仕事なら邪魔しない方が良いかと思ったんだ。だけど、あんな風に誘われたのが分かって、黙って待っているのなんて無理だった」
「そうだったんですか」
「前からセレナ目当ての騎士がいると聞いている。だから、できることなら早く辞めて欲しいんだ。心配でたまらない」
「えぇ?私目当てなんていないと思いますけど」
「実際今日いたばかりだよね?」
「うっ、そうですけど……あんな風に言われたのは初めてで驚きました」
私の事を相手にする人なんてこれまでの人生を振り返ってもいないのに。ましてや、今はすっかりフェリクス様の妻と広まっているし。
前に怒った理由もそうだけど、フェリクス様は意外と独占欲が強いようだ。
少し不安げな表情のフェリクス様にじっと見つめられると、そこまでして働き続けたいとは思わない。
「分かりました。でも、明日明後日ですぐにというのは流石にあれなので、出来るだけ早く辞められるように上司と相談して決めて良いですか?」
「うん。俺からも口添えしよう」
「え」
「ん?」
「いえ……」
(フェリクス様が口出ししたら明日にも辞めて良いって言われそうなんだけど。なんか満足げにうんうん頷いてるし)
◇
「皆さん。急に辞めることになってしまって、ご迷惑をおかけして申し訳ありません。今日まで短い間でしたが、お世話になりました」
翌朝、出勤してすぐに上司に退職の件を話したら、「あぁ、御夫君から聞いていますよ」と言われた。
昨日は一緒に帰ったし、今朝も一緒に出勤したのに、フェリクス様は一体いつ言ったんでしょう?
敏腕宰相補佐官の力量を見せられた気がして、ちょっと怖かった。
そして、今日明日すぐにというのは流石に困るという事で、出勤は10日後の月末までということになった。
あっという間に10日間が過ぎたけど、その間にあの若い騎士が来ることは無かったし、他の騎士も魔術師も私目当てのような人は誰もいなかった。
やっぱりあの若い騎士は稀な存在なだけで、フェリクス様が心配するようなことは何もない。
王城では、フェリクス様の嫁溺愛がすっかり広まってしまった。
若い騎士から声をかけられて以来、今日まで出勤時は針子部屋まで腰を抱かれたまま送られるし、帰りも針子部屋まで迎えに来られる。そのまま腰を抱かれて馬車寄せまで行く。
もちろん、馬車の中でもべったりくっつかれているけど。
しかも、とびきり甘い微笑みを私に向けて歩いているのだから、嫁溺愛を疑いようもないだろう。
フェリクス様が私にべったりな事を朝夕の2回、王城にいる人間に見られることになるのだから、「あのフェリクスが嫁を溺愛している」と広まっても不思議ではない。
初めのうちは皆ぎょっとした顔をして凝視していた。主にフェリクス様の顔を。
フェリクス様の弟であるヘラルド様は、目を見開き、口をぱかんと開けて、持っていた書類まで落とす始末だった。
その後「兄上が壊れてる……」と呟いていたし。
数日で少しは見慣れたのか、最初ほど驚いた顔をする人はいなくなった。
でも、やっぱり信じられないという風にちらちら見られてしまう。
それにわざわざ見に来ているような人もいて居た堪れない。
人に見られることになれていないので、今日でそれも終わりだと思うと、ほっとする。
私が仕事を辞めたのが余程嬉しいのか、フェリクス様は夕食中もニコニコと良い笑顔を振りまいてご機嫌だった。晩餐は、退職祝いといって、少し豪華だったし。
「ふうぅ。はぁ……」
ほんのり赤くなったフェリクス様がソファにもたれて、少し悩ましげに息を吐いている。
退職祝いといってシャンパンを飲んでいたが、ほとんどフェリクス様一人で空けていたから流石に酔ったのだろう。
少しとろんとした瞳で、先ほどから私の髪を弄んでいる。
「美味しそう。食べちゃいたい。甘そう。良い匂い」など呟きながら、スンスンと匂いを嗅いで、時々口づけている。
先程は、毛先を口にくわえもした。
若干眉間にしわを寄せてすぐに出していたけど。
髪の毛を口の中に入れても、もじゃっと不快な食感がするだけで美味しい訳がない。
完全に酔っていますね。
「フェリクス様?もうお休みになってはいかがですか?」
「ん~。もうちょっと」
「でも、酔っていらっしゃいますよね。フェリクス様は明日もお仕事ですし、早めに休まれた方が」
「そうだ。セレナはもう俺の物になったんだ。どこにも行かないでね」
「はい。どこにもいきません」
「ん」と満足げに頷いてから、私の肩に顔をうずめる様にしてぎゅっと抱きしめられた。そのまますりすりと顔を動かしている。
首筋にフェリクス様の髪の毛があたってくすぐったい。
「ん~、仕事も辞めたし、もういつ子供ができても良いよね?」
「え、はい。あの、そうですね。大丈夫です」
「幸せな家庭にしよう」
肩から顔を上げて、ふふと笑った顔は、酔って上気した肌と相まって男性とは思えない色気を放っていた。
第一部終了ということで、ここで一旦区切りとします。
お読みいただいた皆様、ありがとうございました。
明日からも続けて番外編を数話投稿します。
その後、少しあけてから第二部として新婚旅行編を投稿予定ですので、また読んでいただけると嬉しいです。




