25
「これ、出来上がったんだ。つけてくれる?」
朝、なんとか目を覚ました私に向かって、小さな小箱を差し出された。
中に入っていたのは、結婚指輪だった。
そうだ。作りに行ったきりになっていたんだ。
「もちろんです」
小箱の中から指輪を取り出し、目の前に掲げて見ると内側に小さな石が入っている事に気が付いた。
よく見ようと指輪を傾けて見ていると、それに気が付いたフェリクス様が説明してくれる。
「結婚指輪にも魔石を入れさせてもらったんだ」
「これはどんな効果が?」
「悪意を持って危害を加えようとすると、その人間の動きを一時的に止める効果がある」
「え、凄い」
「指輪に埋められる魔石のサイズの関係上、1度で得られる効果は1分程度しかないけどね。それでも、一時的に動きが封じられれば、逃げるチャンスもある。相手が再び危害を加えようとすれば、また1分動きを封じられるし」
「石の大きさも関係あるんですか」
「うん。普通、小さければ小さいほど精度が劣る。だから、魔石のランクの高い物を選んだんだ。本当は水色の石を入れたかったけど、ランクの高い石に水色が無くて透明だけど」
水色の石……指輪の裏側で見えない場所にも自分の瞳の色を入れたいと思っているのかと少し呆れてしまう反面、嬉しくも感じる。
「ただ、悪意を持っていない場合は、効果が発揮されないんだ。そこだけは気を付けて」
それはそうだ。
人ごみで偶然肩がぶつかってしまった時に、相手が身動きを封じられたら大変だし。
でも、誰かに依頼してその依頼された人が危険な事と思わずにやって危害を加えられる可能性もあるだろう。
その場合は効果が発揮されないから、油断できない。
つい昨日攫われたばかりだから、身の引き締まる思いがする。
私が指輪を付けたのを見てフェリクス様は満足そうに微笑んだ。
「それじゃあ行ってくる。セレナはゆっくり休んでいて」
そして、優しく触れるだけのキスをして出勤していった。
フェリクス様の指にも指輪が光っていた。
◇
「パメラ、おはよう」
「セレナ!大丈夫だった?」
「え……?」
「だって、一昨日魔術師団の副師団長が侯爵家の使用人を攫ったって聞いたよ。それで昨日急にセレナは休みだったから何かあったんじゃないかって心配した」
「あ、うん。私の侍女が攫われたけど、何かされる前に助け出されたから大丈夫だったの。昨日は、その、体調不良で」
「そうなの?今日は無理しないでね」
嘘だ。夜通しフェリクス様が離してくれなくて、ベッドの住人になってしまったのだ。
朝、何とか目は覚めたけど、起き上がれない私に結婚指輪を渡してフェリクス様だけ爽やかに出勤していったのだ。
一応新婚とはいえ、同僚にそんなこと言えるはずもなく。
赤くなりそうな顔を必死に心を落ち着けようと冷静を装う事しかできなかった。
パメラは少し訝しそうにしていたが、特に追及されなかった。
◇
あと少しで定時という時間に、騎士のひとりがボタンの取れかけた制服を持ち込んだ。
「お疲れ様です!」
「お疲れ様です。今日はどうされましたか?」
「ここがほつれてしまって」
「これなら……少しお時間頂きますが、お待ちになりますか?」
「良いですか?じゃあ、お願いします!」
最近よく針子部屋に来る若い騎士だ。
いつもボタンが取れたと持ってくるのだけど、必ず出来上がるのを待っていく。
私が働き出してまだ数ヶ月だけど、顔を覚える位にボタンが取れたり、ほつれたりしている。
若いからまだ下っ端なのだろうけど、下っ端騎士ってそんなにボタンが取れたりほつれたりするような荒々しい事をしているのだろうか?
ボタンなら胸元や袖口など、取れる場所は違うけど取れすぎではないだろうか。
今日は肩章のボタンが外れかかっているのと、肩章の付け根が少しほつれていた。
他の騎士よりも多い頻度に、もしやいじめにでもあってる?と思ったけど、快活な雰囲気の青年なのでどちらかと言えばやんちゃして取れてしまった線の方が濃厚だろう。
ボタンを付け直し、肩章のほつれを縫い終わった時には定時が過ぎていて、多くの針子はもう帰り始めていた。
針子部屋で働いている人は既婚者も多いので基本的に定時になったらさっさと帰る人ばかりだ。
「お待たせしました」
「わぁ!元通りになりましたね!ありがとうございます」
「いえ」
「いや~いつもすみませんね。定時過ぎちゃいましたね」
ニコニコと良い笑顔を向けられて、釣られて笑顔になる。
けれど、私ももう帰りたいから、受け取ったなら帰ってほしいんだけどな。
「あの~。お詫びと言ってはなんですが、よかったらご飯いきませんか?」
「……え?」
コンコンコンッ
「失礼する」
「あ」
「セレナ、迎えに来たよ。今日はまだ終わらない?」
「あ、終わりました」
「じゃあ帰ろうか。荷物を持っておいで」
若い騎士は、フェリクス様をみて驚いたような表情で固まっていた。
変に何か言ったりしない方が良いだろうと思って、軽く会釈だけして荷物を取りに行く。
「すみません……お先に失礼します」
荷物を持ってフェリクス様の元へ行くと、唖然とした表情でまだ固まっている騎士がいた。
フェリクスはすぐそばに突っ立っている騎士の事が気にならないのか、私の腰を抱いてさっさと針子部屋を出てしまう。
針子部屋のドアが閉まりきる直前に、騎士の「えぇっ!?」という声が聞こえて来た。
フェリクス様が結婚したことは王城中の噂になったし、相手が私だと言うのも広まったと思っていたけど、もしかして知らなかったのかな?
――――針子部屋では、まだ残っていたパメラが騎士の肩を叩き労っていた。
「そう言う事よ。知らなかったの?」
「しらなかった……」
「残念だったわね」
「そんな……」
「飲みに行こうか?付き合うわよ。おごりなら」