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本邸の応接室へ通されると、前ハーディング侯爵がいた。
元魔術師団長をしていたため遠目から見たことがあったけど、直接会うのは初めてだった。
結婚の手続きをした後、休日も仕事で忙しいフェリクス様が、本邸に行くのはおいおいで大丈夫と言っていたから、挨拶もせぬまま今日まで来てしまった。
「ご挨拶が遅くなりまして申し訳ございません。セレナと申します」
「あぁ、良いんだよ、そんなことは。フェリクスが独占していたのだろうからね。まぁ座って、セレナちゃん」
(セレナ、ちゃん?前侯爵家当主だし前魔術師団長って立場でもあったから、もっと怖い人かと思っていたけど、意外と気さく)
「大変だったね。眠らされただけだったって聞いたけど、怖いことはされなかったかい?」
「はい。本当にいきなり眠らされて、起きた時にはもうフェリクス様が助けて下さっていました」
「そう。よかった。トニアは今事情聴取を受けに行ってるんだってね。私もすぐ終わったからトニアもきっとすぐ帰ってくるから大丈夫だ。セレナちゃんは何も心配しなくてもいいからね」
「それなのですが、犯人は攫ったのはトニアでなく私だと言うのではないでしょうか?」
そう。あの時は魔術の影響もあってか、全然頭が働いていなくて、みんなの言う事に任せた方が良い気がした。
トニアが攫われたことにする案に納得してトニアを送り出してしまった。
でも、普通に考えたら、官吏から被害者の名前を言われたらトニアじゃなくセレナだと言うのではないか?
もっと言えば、自分の攫った相手と官吏の言う相手が違えば、これは冤罪だと訴えるチャンスでもあるし、トニアなんて知らないって言う可能性もある。
「それは大丈夫だよ。既婚者のトニアに恋慕して攫ったって、ちゃーんと思い込ませてきたからね」
お義父様は、ニコニコと笑顔で事も無げに言う。
(思い込ませる???)
思い込ませるなんて、そんな事ができるのだろうか?
「だってねぇ?我が家の大事なお嫁さんを攫ったんだから。見つかったらそれ位されるってことは、向こうも理解していたと思うよ。記憶の改ざん位で済ませてあげたんだから可愛いものだよ。ね?」
思い込ませるってどうやって?
記憶を改ざんって、そんなことできるの?
そういう魔術があるのだろうか?
魔術師団長をしていたくらいの方だから、とんでもない魔術も簡単に使えるのかも知れない。
気になるけどお義父様が黒い笑顔を浮かべているから、怖くて聞けない。
そもそも、記憶の改ざんなんてそんな事ができるならトニアを身代わりにするのではなく、無かった事にはできないのだろうか。
私は最初に地面に落ちた時に腰を打ったくらいで後は寝ていただけだし、無かったことにした方が穏便に済ませられるのでは?と思ったけど、攫われてみんなに迷惑をかけた手前、聞けなかった。
「そうそう。ヘラルドとは偶然王城で会ったんだって?」
「あ、はい。魔術師団へ行く用事がありまして、その時にご挨拶させていただきました」
「今日も来たがってたんだけどね。犯人が副師団長だったから、後任決めとか後処理で来れなかったんだ」
私はこの時初めて犯人を知った。
研究バカな魔術師団の副師団長は、フェリクス様の魔力が上がった事を目の当たりにして、密かに研究したいと思っていたらしい。
研究バカで野心もあって、魔力の底上げをして魔術師団長になりたかったらしいのだ。
研究肌の魔術師が、フェリクス様の弟である魔術師団長に秘密を聞いても教えてくれなかったし、魔術師団長も知らないようだったと魔術師達が話しているのを耳にした。
フェリクスに直接研究させてほしいと頼もうか本気で考えていた時、ちょうど私が魔術師団に魔石ボタンの魔力付加の依頼に行った。
あまり魔力のない私は知らなかったけど、魔力が沢山あって熟練した魔術師の場合は、集中すると相手の魔力量や魔術特性が分かるらしい。
フェリクス様の嫁だと知った犯人は、遠くから私の魔術特性を見て、癒しの力であると知った。
そこに何か秘密があると思って私を攫ったのだろう。と言うのがお義父様の推理だ。
表向き、犯人はトニアを攫っただけで暴力を振るったり暴行もしていないし、恐らく爵位の剥奪の上、投獄されるだけになるだろうというのが、みんなの予想だ。
◇
フェリクス様とマルセロと3人で別邸に帰ると、すでにトニアが帰って来ていた。
執事やトニアに迎えられると、家に帰ってきた気がする。
「トニア、大丈夫だった?」
「はい。大丈夫です。奥様とご実家に一緒に行った際に、ひとりで畑に出ていたら攫われたと話してきましたが、特に疑われる様子もありませんでした。犯人の供述もその様でしたよ。これでしっかり犯人を罪に問えます!奥様を拐かすなんて、許せませんからね!」
トニアの話を聞く限り、お義父様の言っていた記憶の改ざんは本当に行われたようだ。魔術師って怖い……。
無かったことにしたら罪に問うのが難しくなる。だからトニアが身代わりになってくれたのだ!と漸く気が付いた。
この国では誘拐は結構重い罪に分類される。
誘拐と同等の罪にきせたいけど、誘拐と同等の罰が与えられる罪を捏ち上げる方が面倒なのかもしれない。ましてや、無かった事にしたら犯人は野放しになってしまうのだ。
身代わりをしてくれたトニアがいたから、記憶を改ざんしてくれたお義父様がいたから、助けに来てくれたフェリクス様がいたから、私は今こうして別邸に帰ってこれたのだ。
「トニア、本当にありがとう。醜聞がたつような事があれば今度は私が守るから」
「私には勿体ないお言葉……私はセレナ様に仕えられて幸せです!」