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「これはこれは!前師団長ではないですか!どうされましたか?」
「先日、息子の魔力が増大したことをヘラルドに聞いたんだろう?」
「え、えぇ」
「その件でお願いに来たんだよ。入っても良いかな?」
「お願い?元師団長が私に?……どうぞお入り下さい」
エクトル・ディートリヒ伯爵。
魔術師団で副師団長をしている男だ。
研究肌で研究バカの反面、魔術師団長になりたいという野心がある。
上手く隠しているつもりのようだが、私が師団長をしているときから野心があるのは薄々感じていた。
私が早期に引退すると知って、次の師団長には自分が指名されると思っていたはずだ。
研究バカで魔道具などには詳しく、知識は豊富だが、いかんせん人間性が良くない。
未熟でも魔力と魔術のセンスの塊のような我が息子のヘラルドに師団長を譲った方がましだ。
これは親の贔屓目ではない。
魔術師団の中の小隊長などに聞いた結果でもある。
人間性に問題がある奴だとは思っていたが、実際に部下の話を聞いてみると驚くほどに部下たちに慕われていなかった。
しかし、エクトル自身は私が親の欲目でヘラルドを師団長に推薦したと思い込んでいる。
私やヘラルドを恨んでいるだろうことも、セレナちゃんを攫う要因として考えられる。
「それで、お願いというのは?お話を詳しくお聞かせ願いますか?」
「うん。長男のフェリクスの魔力が増大した理由は、我がハーディング家で調査しているけど、実は今のところ手詰まりなんだ。それで、エクトル君にも調査に協力してもらえないかと思ってね」
「ハーディング家でも分からないのですか?魔術の名門と呼ばれているのに?なるほどなるほど。僕ほどの研究者は他にいませんからね。安心してください。魔術の名門ハーディング家が分からない事でも、国一番の魔術研究の権威であるこの僕なら、簡単に判明させられるでしょう。そう、驚くほど簡単に解き明かせますよ。魔術の名門一族でもできない事をね。そうですね、そう言う事なら仕方ない。私は協力を惜しみませんよ。あぁ。なに、元師団長ともあろうお方が僕を頼ることを恥じることはありません。ただ僕の方が凄いというだけですからね。お気になさらないでください」
これだ。 こういうところだ。
部下に慕われない理由。
「ふむ。それで――――……ん?なんだ?」
適当に時間稼ぎのために話をしているとディートリヒ邸の奥の方から騒がしい声が聞こえた気がした。
もともと騒ぎを起こす予定だったし、そろそろ良いという合図だろう。
「あぁ。家の可愛いお嫁さんを無事に返してもらったんだろう」
「な!何を……」
「フェリクスが気が付かないと思った?それに、君は野心が隠しきれていない」
「誤解だ!何を証拠に。言いがかりをつけるのは、元師団長と言えども許しませんよ」
「否認するのか?まぁ良いけどね」
ソファのひじ掛け部分に置いていた人差し指を動かしてトントンと鳴らす。
「うちの使用人であるトニアを攫ったな?既婚者であるトニアに恋慕して攫ったのだ。そうだろう?」
「……ああ、そう……そう、トニアを愛しているから……私の物にしたかった」
「そうだ。今は記憶が混濁しているかもしれないが、すぐにはっきり思い出すさ。トニアに横恋慕した上での愚行を犯した君には、ちゃんと罪を償ってもらうよ」
◇
父が正面玄関から来客を装っている間、俺は影と共に裏口から忍び込んだ。
ひとりで助けに入るつもりだったが、武闘派ではないのだからと使用人一同に全力で止められてしまった。
文官を目指してからも魔術や多少の剣術の訓練はしていたので術を使えば充分応戦できるとおもったのだが、今はセレナを一刻も早く助け出すのが先決。
大人しく使用人たちの意見を聞き入れて影にもセレナの捜索に協力してもらった。
この家の使用人に見つかったら睡眠の術を掛けようと思っていたのに、影が大きな音もたてずにトントンと叩いて眠らせていく……。 俺の出番がない。
順調と思われたのに、ある使用人が昏倒させられる直前に咄嗟に近くの花瓶を床に落として割った。
ガシャン!と大きな音がなる。
遠くで「なんだ!?」という声が聞こえた。
しまった……って顔してるんじゃないよ。
影を半眼で睨むと、目を逸らされた。
元々セレナが見つかれば、騒ぎを起こす予定だった。
だから、まあいい。
まだセレナがいる確証はないが、セレナが見つかれば騒ぎを起こさないと罪に問えないから。
だから、予定が少しだけ早まっただけだ。
家中を走り回って、最奥の方まで来た時に、廊下の壁しかない部分に違和感を覚えた。
そこに手を当てて解術を試してみると、あっさり目の前に扉が現われた。
外側から鍵がかけられて、魔術で隠されていた不自然な部屋。
この部屋にいますと言っているようなものじゃないか。
鍵を壊して中に入ると、ベッドにセレナが寝かされていた。
すやすやと気持ちよさそうに眠っているようだ。
「よかった……。セレナ」
セレナが見つかったことに心底安堵した。すぐに全身くまなく確認したが、目立った外傷はなさそうだ。
セレナの髪を撫でようと手を伸ばすと、今更ながらに手が震えている事に気が付いた。最愛の人を失うかもしれない恐怖。
自分の気持ちを落ち着けるように眠るセレナの髪を撫でていると、父が顔を出した。
「おーい、セレナちゃんいた?」
「いました」
「あ~セレナちゃん!寝てるのか?初めましてがこんな状況なんて……。フェリクスがしっかりしていないから、可哀想に」
「……さっきから、そのセレナちゃんって何なんですか。馴れ馴れしい」
「娘も欲しかったんだよね」
「答えになってません!」