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02

本日2話目です。

 ハーディング侯爵家に承諾の返事をすると、1週間後には迎えをよこすと返事が来た。

 縁談が来て1週間で嫁ぐことになるのか。随分と急ぐのはなぜなのだろう。


 それに、侯爵は私の事を認識しているのだろうか?相手は魔術師団長だったから私は何度か見たことがあるけど、話したことなんてない。


 1週間後、迎えに来たハーディング侯爵家の馬車で連れられて来た場所は、思ったよりもこぢんまりとした屋敷だった。


(あ、もしかして別邸?老後を過ごすための。そうか、そうかも)


「ようこそいらっしゃいました。あいにく旦那様は急な用事で出かけております。セレナ様はこちらでお持ちくださいませ」


 案内されたのは、私室の居室部分の様だった。奥にも扉があるから、きっと寝室に繋がっているのだろう。

 これからはここが私の部屋になるのだろうか?


 流石侯爵家。私よりも余程マナーが完璧そうな侍女が、美しい所作でお茶やお菓子の用意をしてから退出していった。侯爵が帰ってくるまでこの部屋で好きに過ごして良いらしい。


 部屋を見渡してみると大きな本棚が置いてあって、そこにはたくさんの本が詰まっていた。長時間放置されたとしても時間を潰すことには困らなそうだ。


 入れてもらったお茶を飲んで一息ついた後、本棚の前に移動して背表紙を確認する。恋愛小説から冒険譚、経済学、美術本、歴史書、魔術の専門書など色々な種類の本があった。


 気になった冒険譚を手に取り、パラパラと紙を捲って軽く目を通していると、ガチャリとドアが開く音がした。


 ノックもせずに入ってくるという事は、侯爵が帰宅されたのだろう。

 振り返ってみると、そこには怜悧で美麗な男性がいた。


「すまない。待たせてしまった」

「……え?フェリクス、様?」

「そうだが?」


(……あ!そうか!そういえば、ハーディング侯爵の息子って、フェリクス・ハーディングだ。侯爵の息子について失念してた!息子が家に帰って来たのか。あれ、でも待たせたって?)


「とりあえず、こちらに座ってくれないか」


 これはもしや、父親が帰ってくる前に結婚に反対だから出て行けって言われるやつ?と思案する。


(もし反対されたら、我が家の借金はどうなるのかな)


 結婚の話がなくなっても困らないけど、借金肩代わりの話がなくなるのは困る。

 今の時点では怒っている感じはしないけれど、無表情で何を考えているのか読めない。

 なるべく穏便に話し合いをしたいけど、反対されたらこの人を説き伏せることは私には無理だろう。


 フェリクス様がソファを手で指し示しているので、本を元の場所に戻して急いで移動する。少しでも怒らせないようにしなければ。


 指示された場所に座ると、フェリクス様の後に入って来た侍女がお茶を入れてフェリクス様の前に置き、私の分を新しいものに取り換える。

 その間ずっとフェリクス様からの視線を感じたが、緊張感が漂っている部屋の中、私はフェリクス様を直視するのが恐ろしくて侍女がお茶を入れるところをずっと見ていた。



「早速だけど、これにサインをしてくれ」

「!? はいっ!」


 侍女がお茶を入れ終わった途端羽ペンを差し出されたので、反射的に返事をして羽ペンを受け取る。

「サインをしてくれ」と私の前に置かれた紙を見て動きが止まってしまう。その紙は、婚姻届だった。


(あれ?侯爵の代わりにフェリクス様が手続きをするってこと?フェリクス様は父親の後妻が私でも良いって思ってるのかな。……この人に反対されたら我が家の借金なんて肩代わりしてくれなさそうだし。それならそれで、とりあえず良かった)


 自分の中で勝手に解釈し、サインをしてしまえばこっちのものだろうと思う。

 ひとまず名前を書き込もうとしたけど、再び動きが止まる。


「これ……?」


 意味が分からなくて目の前の怜悧で美麗な顔を凝視してしまう。

 婚姻届けの夫となる人物の欄には、フェリクス・ハーディングとサインされていたのだ。


(侯爵様の名前ってフェリクスだっけ?ってことは実は、目の前のこの人はフェリクス2世とか、フェリクスジュニアとか言う?あれ?いや、魔術師団長って、確かベルトラン様って呼ばれてなかったっけ?)


 婚姻届に視線を移して、必死にこの謎について考える。

 すると、視界の端に映るフェリクス様がプルプル震えている気がして、彼の顔に視線を戻すと、握りこぶしを口元に当てて、笑いを堪えているようだった。


「俺は、フェリクス2世でもフェリクスジュニアでもなく、ただのフェリクスだし、父の名前はベルトランで合っているよ」

「あ!?声に出て……!?申し訳ありません!」

「ふっ……はは!いや、2世とかジュニアとか、くくっ」


(声を出して笑ってる……)


 よく分からないが彼のツボにはまったらしい。表情を崩して笑った顔は、それまでの冷たい印象とかけ離れていた。

 家格も立場も何もかも格上の相手で、自分とは住む世界が違う人だと思っていたけれど、こうしてみると印象が変わる。案外私たちと変わらないのかも。



「もしかして、結婚相手はハーディング侯爵、としか聞いてない?」

「はい」

「そうか。なるほど。少し前に継いだんだ」

「はぁ……?」

「だから、俺が侯爵家当主。現ハーディング侯爵。君の結婚相手」

「え……なんで!?」

「なんでって、俺が君を望んだから。俺が相手だと嫌?」

「いっ、やでは、ないですが。―――何故私なのかと謎すぎて……。借金もあるし子爵家だし、美女でもないし」


(フェリクス様ならこんな貧乏子爵家の令嬢じゃなくても、それこそどこぞのお姫様でも娶れそうな位なのに、意味が分からない)


「それなら、君の御父上はやり方が悪かっただけで、あの事業は充分稼げる見込みがあるんだ。たとえ今ある借金を肩代わりしてもね。それに、美女じゃないなんてことはない。まぁ、そんなことより。俺が相手で嫌ではないならサインして」


(それなら事業の買収だけでも良いのでは?態の良い縁談除けとか?それなら婚約だけでも良いはず)

 どう考えても私を借金と引き換えにする理由が見当たらない。

 けれど、ゆっくり考える間もなく婚姻届へのサインをせっつかれる。


 どちらにしても相手が望んでいる以上、私には断れないし、この状況では断る勇気もない。そう考えて、思い切ってセレナ・ヘーゲルとサインした。


 フェリクス様はサインされた婚姻届を見て、満足げに頷いてから「すぐに手続きしてきて」と執事に手渡していた。


 執事が出ていくと、部屋の中はフェリクス様と2人きりになる。(うぅ。緊張する……)と思っていると、向かいに座っていたフェリクス様が私の隣に移動して来た。その様子を目で追っていると、隣に座ったフェリクス様の手が私の手に重なった。


 どうしてこうなったのかも、なぜ社交界で今一番人気の男性に私なんかが望まれたのかも理解が追いつかず、手を握って微笑んでいる目の前の彼をぼーっと見てしまう。

 手を伸ばすとぶつかるくらいの距離からじーっと見つめられて、落ち着かない気分になる。


(あのこっ酷く令嬢を振ってた人と同一人物とは思えない……。一人称も俺だし、話し方も違う気がするし、どういうことなの?二重人格?双子?)


 理解の追いつかない頭でぼーっと考えていると、それまで目が合っていたフェリクス様の視線が、微妙にずれた。


「髪に触れても?」

「……どうぞ」

「柔らかそうで、甘そうで美味しそうだ」


(何を言ってるんだろうか、この人は。ミルクティー色ではあるけど、珍しい訳でもないのに)


 ゆっくりと伸びてきた手で、そっと顔の横の髪を一束手に取り、表面を滑らせるように触られる。

 そのまま、口元に持ってすぅと鼻から息を吸い込んでいる。


「思った通り、甘い香りがするね」


 恍惚とも言えそうな表情でそう言うと、私と視線を合わせたまま髪にキスをされた。


 髪の先にキスされてもその感触なんてわからないはずなのに、一瞬でぞわっと体中を何かが駆け巡った気がした。

 持たれた髪を奪い返したくなる。

 目を合わせていられなくて伏せてしまったら、クスと笑われた。



 暫くして執事が近づいてきたと思ったら、彼に耳打ちをしてすぐに出て行った。

 なんとなく執事を目で追っていると、にっこりと笑みを深めた彼が急に近づいてきたかと思ったら、抱きしめられた。


(!? なっなっ……!)


「これで俺たちは夫婦だ。必ず幸せにするから、これからよろしく」

「あ、は、はい。こちらこそ、よろしくお願いします」


(え!?もう手続き終わったの!?)


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