18
直接、セレナの実家に来るのは初めてだった。
縁談の申し込みは執事に任せたし、自分でこの家まで迎えに行くはずが急な仕事で迎えにも行けなかった。
別邸よりもこぢんまりとした家の目の前で、俺は躊躇っていた。
セレナの友人に背中を押されてここまでやって来たが、セレナが本当のところはどう思っているのか分からなかったから。
友人はセレナは迎えを待っていると言っていたが、あくまでも友人の予想でしかない。
玄関前まで馬車で迎えに行こうと思っていたが、セレナの実家が近くなった時に急に不安になった。
顔も見たくないとか、ちょうどいいから離婚の手続きをしたいと言われたら。
もう生きて行けない気がする。
いや、今度は攫って閉じ込めてしまうかもしれない。
頭に血が上ったら実行しかねない。
攫うのはだめだ。
玄関まで馬車でつけてしまうと、攫いやすくなるから馬車は塀の外に待機させよう。
門から玄関までくらい歩いて行けば良いのだ――
そんなことを考えて馬車から降りたが、一歩が踏み出せなかった。
拒否されたらと思うと、怖い。
出直すか?
手紙で様子を伺うほうが、拒絶されたときのダメージは少ないか?
「あれ?もしかして、フェリクス殿では?」
「ヘーゲル子爵」
ネガティブ思考に囚われていると、塀の内側からひょっこり顔を出した中年の男性に声を掛けられた。
「セレナですね?今呼んできますんで!」
「あ……」
止める間もなく、玄関に向かって走って行ってしまった。
それから暫くしても誰も来ない。
やっぱり、会いたくないと言っているのだろうか。
このまま待っていても無駄なのか?
そんな事を考えていると、忙しなく足音が近づいてきた。
顔を上げると、子爵の顔が青ざめている。
(これは、やっぱり。そう言う事なんだろう……)
「フェリクス殿!セレナがいないんです!」
「良いですよ。誤魔化さなくても。会いたくないと言ったのでしょう?」
「違うんです!本当に、どこにもいないんです!それで、これ……裏門のところに落ちてて」
子爵の手の平の上にはネックレスが乗っていた。
俺がプレゼントした魔石のネックレスだ。
止め具が外れて落ちたのではなく、引きちぎられたように変な場所で鎖が切れている。
(何故?どうして?)
「セレナはいつから姿が見えませんか?」
「フェリクス殿に会う少し前、今から1時間ほど前でしょうか。家の裏にある畑を見て来ると言って出て行くところを見たのが最後です」
子爵の話を聞きながら、自分の耳についているピアスに触れて魔力を込める。
セレナが身につけているネックレスは、俺の付けているピアスと同じ魔石から作っている。
同じ石から作ったものに同時に魔力を込めれば、相手の居場所が分かる魔道具になる。
実は、セレナに贈ったネックレスとセットのピアスも同じ石から作って魔力を込めた魔石になっている。
ネックレスよりも石の大きさが小さいので、場所の特定精度が劣るが、それでも大体の場所は分かるようになっていた。
「娘は、セレナは何かに巻き込まれたんでしょうか!?」
子爵に向かって手を翳し、少し静かにしてもらえるように制止する。
そのまま魔力を集中させ続けると、頭の中にぼんやりとセレナの居場所が浮かび上がる。
貴族街でも高位貴族が多く住む一角のようだ。
「なんとなくの場所が分かりました。俺はすぐに向かいます。何か分かれば連絡しますので。失礼」
「な、あ、はい!娘をよろしくお願いします!」
すぐに御者に行先を告げて馬車に飛び乗る。