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 今日は注文していた万年筆を届けるついでに、アルマが屋敷にやってくる予定だった。

 けれど、来たのは手紙だけだった。


 手紙の内容は、実はあの後で妊娠が判明して、暫く会えそうにない位体調が思わしくないという事と万年筆は明日届けさせるという事が書いてあった。

 アルマと会えなくなったのは残念だったけど、フェリクス様は今日も出勤していったし、暇なので自分で店まで取りに行くことにした。


 アルマの実家の雑貨店に行くと、ブルネットの髪の男性がカウンターから顔をあげた。


「あれ、セレナさんじゃないか!久しぶりだね」

「ルカス。本当に久しぶり。元気だった?店番?」


 アルマの弟で、この裕福な商家の跡取り息子だった。


「そうなんだ。あ、もしかして、万年筆を取りに?」

「そうなの。出来てる?」

「ごめん、予定より遅れてて。今日中に工房から届く予定なんだ。だから明日届けるよ」

「そっかぁ。じゃあ、今日は帰るわ」


 ルカスは「悪いね」と言って店先まで見送りに出てきてくれた。


「あ、そうだ。届けてもらうのって、夜でも大丈夫?」

「良いけど、どうして?」

「昼間は仕事で。私、家にいないから。届けてもらうのに使用人に渡してって言うのも何だし」

「なるほどね。そんなこと気にしなくていいけど。帰宅途中に寄れるからいいよ、任せて」

「それじゃあ、明日」


 侍女と馬車まで歩いている途中に、カフェが目に入る。

 なんとなくそのまま家に帰る気になれず、カフェでお茶して帰ることにした。


 侍女は側に控えようとしたけど、庶民的なカフェだし側に立たれているのも落ち着かないからと、一緒に座ってお茶を飲んでもらう事にした。

 幸い、使用人の制服ではなく外出用のワンピースなので、主人と同じ席に座っても違和感はないだろう。


 専属で付いてくれているのにトニアという名前しかしらなかったので、ゆっくり話をしてみると、私より3歳上の25歳だった。

 貴族だった実家が没落して10年前から侯爵家でメイドとして働いていたらしい。

 フェリクスが別邸を購入して少数の使用人を連れて行くことになり、女主人の侍女をするのが目標だったので、立候補したそうだ。


 元貴族令嬢で、使用人といえども10年も侯爵家にいるだけあって、マナーも所作も完璧だった。美人だし。

 こうしてふたりでテーブルを囲んでいると、私よりよっぽど貴族らしく見えるのではないだろうか。

 そんなことを考えていると自然と顔が俯いてしまう。


 ◇


 屋敷に着いて馬車を降りると、屋敷の中から早歩きでこちらに来るフェリクス様が見えた。


(なんか、デジャヴ?)


 もしかして、この直後抱きしめられる?と思ったけど、伸びてきたフェリクスの腕は背中には回らず、両腕を強く掴まれた。


「男と会っていたって聞いたのだが」

「え?いいえ?」

「カフェにいたのは誰と?」

「トニアと2人でですけど……」

「トニアと?」


 フェリクスがトニアの方を見ると、トニアはぶんぶんと首を縦に振って肯定していた。

 なんでカフェにいたのを知っているのかと思ったけど、もしかしてネックレスの魔石でしらべたのだろうか。

 でも、どうして怒っているのだろう?カフェには寄ったけど、今日は先週より出た時間も早かったから帰ってきた時間も早い。怒られるような時間では無いはず。


「あの?フェリクス様?私、何かしてしまいましたか?」

「本当に男と会っていたわけではないのだな?」

「はい」

「そうか……すまない」

「いえ」


(男と会っていたって聞いたって言った?誰かがフェリクスにデマを吹き込んだの?今日って王城で仕事だったんじゃないの?……あ、もしかしてルカスの事?男っていうか、アルマの弟だし今日は店員という立場だったし。店員の男性もカウントしたら大変な事になるじゃない。男と会ったとは言わないわよね?)



 ◇



(はぁ。早く帰ってセレナに会いたい……折角の休日なのに)


 相変わらず山のように積みあがった書類に隠れて、こっそりため息をつく。今日も遅くなりそうだ。



 数か月前に、詐欺を働いていた商会が発覚した。

 ただの詐欺事件なら宰相の仕事ではなかったのだが、密かに多くの貴族が関係していたので、俺たちも駆り出されてその後処理に追われていたのだ。

 だから定期的に報告させていたセレナの動向も、あの時は余裕がなくて暫く見られていなかった。

 まさか王城でセレナと会うとは思っていなかったのでとても驚いたが、すぐにどうしてセレナが王城で働くことになったのかを調べさせた。

 元々貧乏と言って差し支えないくらいだったが、セレナが外に働きに出なければいけないほど逼迫していなかったはずだったから。

 そして、調べてみるとセレナの実家であるヘーゲル家が借金を抱えることになったのも、実はこの一件が関係していた。

 後処理ももう少しで、片付くはずだ。


 そんなことを考えていると、宰相補佐官室にドレスを着た令嬢が現われた。

 宰相の娘のバレンティナ・シューバルトだ。


 何が良いのか ―容姿や家格なのだろうが― 俺に付きまとっていて辟易している。

 何度断っても、「お慕いしています」と言ってきて、「素敵だから好き」の一点張りだ。

 上司の娘なのを利用してこうして補佐官室まで来るし、断っても数日後にはまた来る。

 最初は遠慮して気を遣って断っていたが、あまりにしぶといので近頃は上司の娘とか関係なくなってきている。

 あの、セレナと王城で再会したときにもこの娘に呼びされたのだった。


「フェリクス様!」

「バレンティナ嬢……今日は何用ですか」

「相変わらずつれないのね」

「宰相からもお聞きと思いますし、以前お伝えしましたが、私は結婚したのです」

「そうでしたわ!そのことで至急お伝えしなければならないことが!」

「…………」

「実は、わたくしここへ来る前に見てしまったのです!3番街で!奥様が男性と親し気に話しているところを。見つめ合って笑っていましたし、あれは只ならぬ関係に違いありませんわ!」

「…………は?」


(セレナが、男と?まさか――――)


 まさかと思う反面、あんなに可愛いセレナに男が近寄らないはずがないとも思う。

 そんなのは絶対に許さないという思いが湧き上がる。

 ただ書面で見ていた頃とは違う。今やセレナは俺の妻だ。


 キリの良い所まで急いで仕事を片付けて帰ると、セレナは家にいなかった。


(まさか。まさか本当に男と逢引きしていたら……俺がこんなに愛しているのに)


 セレナを信じる気持ちと嫉妬と怒りでごちゃまぜになった気持ちを、必死に抑え込んでセレナに聞いた。

 すると、戸惑いの表情を浮かべていて、その表情には嘘がないように思えた。

 あんな女の言う事を聞いて、惑わされてしまうなんて。


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