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本日2話目です。
屋敷に着いて馬車を降りると、屋敷の中から早歩きでこちらに来るフェリクス様が見えた。
(うそ、今日はもう帰って来てるの?)
フェリクス様が思ったより帰宅が早かったのもあるが、雑貨店でアルマと話していたから、思ったよりも買い物に時間が掛かってしまったようだった。
買い物に行った事さえ知られずにいたかったけど、買い物に行ったことはバレてしまった。
足早に近づいて来たフェリクス様の顔には少し焦りの色が見えた。
(何かあったのかしら?)
帰宅が早かったのはもしかして何かあったのか?そう思っていると、がばっと抱きしめられた。
(!?―――何!?)
「帰ったらいないから心配した」
ぎゅーぎゅーと抱きしめ、肩に顔をうずめる様にしてフェリクスが囁く。
「あ、あの、すみません。買い物に。すぐ帰るつもりだったんですけど」
「……けど?何かあったの?」
「あ、いえ、友達に会ったので話していたら予想より遅くなってしまって、すみません」
「そうなんだ。その友達って……女性?」
はい。という私の返事を聞いて、フェリクスがほっとしたような顔をする。
「中に入ろうか」
フェリクスに手を引かれながら屋敷の中に入る。
(男性と会ってたんじゃないかって心配したの?もしかして、いるか分からない相手にまで嫉妬したとか?そんな相手なんて居ないけど……)
嫉妬されるのが嫌どころか、深く愛されているような気がして嬉しく感じてしまう。
この日の夜のフェリクスはいつもより少し執拗だったけど、セレナはフェリクスの心理を思うと喜ばしく感じる自分の心境の変化に少し戸惑った。
◇
翌日も休日だったがフェリクス様は出勤していったらしい。
セレナはいつもより遅くまで起きられず、起きた時にはもうフェリクスは出かけていた。
侍女に手伝ってもらって身支度を整え、朝食をいただく。
(いつもながら食事がどれも凄く美味しい!食べ過ぎてしまって最近体重が増えた気がする……ただでさえフェリクス様と釣り合っていないのに太ったら目も当てられない。気をつけなきゃ)
いつもより遅い朝食を食べ終えて居室に戻ろうとしていると、玄関が騒がしかった。
何事かとひょいと玄関の方を覗くと、執事に詰め寄っている女性と目が合った。
「あなたね!ちょっと、退きなさい!」
私を見て、執事を押しのけて母娘と思われる身なりの派手な女性2人がズンズンと迫って来た。
「フェリクス様が結婚した相手って、あなたね?」
「まあ!こんな平凡な女が当主の嫁ですって?冗談でしょう!」
「そうよ。冗談よね。冗談だったというなら許して差し上げます」
親戚だろうか?
私なんかと結婚して親戚から反対されないのかと思っていたから、やっぱりという状況をすぐに理解した。
(冗談だと私も思いたい位だけど、婚姻届けはきっともう受理されているんだよね)
ちらっと執事の方を見ると、力強く頷かれる。
「あの、フェリクス様の妻になりました、セレナと申します」
「名前なんて聞いていないのよ!」
「なんて厚かましい女なの!身の程知らず!どうせあなたが誑かしたんでしょ!?」
「そうよ。そうじゃなきゃ女嫌いのフェリクス様がいきなり結婚する訳ないじゃない!」
(女嫌いなら私なんかが誑かしても結婚しないんじゃ……)
「あ!そうだわ!縁談除けね?そうだわ。結婚を引き延ばしにしようとしていたし。第一、一族から選ぶ予定になっているのだもの。そうじゃないとこんな平凡な娘を選ぶわけないものね」
「なるほど!流石お母様!そうですわ。平凡で皆の目を誤魔化すのに丁度良かったのですわね」
「身の程を弁えて、勘違いするのではありませんよ。フェリクス様は時が来れば、相応しい相手と結婚をすることになっているのですから」
「そうです。あなたはその時まで精々都合の良い妻のふりをしてると良いわ」
突然やって来た派手な母娘は言いたいことは言い終えたとばかりに、去って行った。
(あー、なるほど?言われてみたら、普通あんなに早く婚姻届けを受理されるはずないか。さっきの執事の頷きも、この人たちの言う通りですよって意味にも取れる……あれ?そうなると私、仮初の夫に身を捧げてしまった?……はは。甘くされてすっかりその気になりかけてたけど、やっぱり何か裏があるのかも)
すっかり勘違いして浮かれていたのかもしれない。
まだ1ヶ月も経っていないのにフェリクスに甘やかされることにすっかり慣れてしまったようだ。
急速に心が冷えていく気がした。
フェリクスとの結婚が知れ渡って以来、たまに仕事中にも女性たちから嫌みを言われていた。
その中には、あの日こっ酷くフェリクスに振られていたであろう令嬢もいた。あの時顔は見れなかったけど、一目見たら忘れない珍しいストロベリーブロンドとブリブリのドレスの令嬢だったから、多分正解のはず。
王城での女性たちからの嫌みはいい気はしなかったけど、気にしたら負けだし、どうせ僻みだと思って聞き流すようにしていた。
けれど、親戚からの「一族から結婚相手を選ぶ」「時が来たら相応しい相手と結婚する」という言葉は、真実味を感じてしまう。
どう考えても私とフェリクス様では釣り合わないのだから、親戚の母娘の言葉の方が現実的に聞こえる。
◇
夕食を食べ終えて居室でゆっくり本を読んでいると、バンと音を立ててドアが開いた。
びっくりしてドアの方を振り返ろうとすると、もう目の前にフェリクスがいた。
ソファに座るセレナの前に跪いて、怒りを抑えたような、けれど縋るような、そんな複雑そうな表情をしていた。
「あの、どうし―――」
「今日、ここに派手な母娘が来たんだって?」
「はい」
「そのふたりの言う事は聞く必要がないから」
セレナが目を伏せると、言い聞かせるようにもう一度フェリクスが言う。
「関係ない人達の事は気にしなくて良いんだ」
(この名門一家で、親戚の言う事が関係ないって一蹴するなんてできるの?)
そう思ったのに、口から出たのは違う言葉だった。
「……一族の中からお嫁さんを選ぶ予定だったのですか?」
一瞬、フェリクスの視線がセレナから外される。
それはほんの一瞬の事だったけど、充分に真実を物語っていると感じた。
「分かってますから。大丈夫です」
微笑んで答えると、漸くフェリクスの力も少し抜けた様だった。
(大丈夫。これ以上勘違いしないから)