旅の番外編
短めの番外編を三つほど
<お留守番させられるトニア>
突然旅立つことになった旦那様と奥様を見送る。
馬車が見えなくなった途端、メイドのカルラが身を寄せてきた。難しい顔をしながら。
「あの、トニアさん」
「何?」
「奥様が今着て行ったドレスは、滑りやすいボタンが背中に付いているものでしたが、良かったのでしょうか?あれは一人では脱げないような……。奥様は気づいていないようで、伝えるべきだったかと――」
「いいの。指摘しなくて正解」
「あっ、そういう……」
旦那様がわざと選んだドレスだと気づいたカルラは、慈悲深い微笑を浮かべ、見えなくなった馬車が見えているかのように門の外へ目を向けた。
「奥様はきっと、今夜とても恥ずかしがるんでしょうね」
「そうね。そして旦那様はきっと、冷静ぶってそんな奥様を目に焼きつけるに違いないわ」
「目に浮かびますねぇ……」
「そうね」
「旦那様の深い愛が羨ましい、あんなふうに深く愛してくれる人と結婚したい。と思ったこともありましたが、やっぱり私には合わないです」
「奥様は受け入れているのだからいいのよ」
「そうなんですけどぉ。結婚してるのにときどき変態っぽいし、愛が重すぎて怖い」
本音を漏らし、自分を暖めるように腕をさすりながらカルラは屋敷内に戻っていった。
私には、旦那様の変態っぷりや狂気じみた愛はどうでもよかった。
奥様が受け入れているのだから口出しすることではないし、ほんわかした奥様をとにかく可愛がりたいのに意地悪して困らせたい旦那様の気持ちが少しだけ理解できてしまうし……。
そんなことより、ドレスの件は私が同行したら済む話なのに、置いて行かれたことが悔しくて堪らない。
御者兼護衛として同行することになった夫のマルセロが妬ましいほどに。
お二人が旅に出ている間、別邸の使用人たちは二班に分けて一週間程度の休暇を取ってもいいことになった。
置いて行かれた悔しさを胸に、私は影の一族の頭領である義父の元を訪ねた。
ただの侍女ではなく護衛としても認められるように、この機会にみっちり訓練するのだ。
◆◆◆
<二人きりで過ごす初めての朝>
「フェリクス様、起きてくださいっ」
「んー……」
「もう支度しないとイヴァン様との約束の時間に遅れてしまいます。起きてください!」
この旅の間、朝の弱いフェリクス様を起こすことも私の役目。
だというのに、移動疲れからぎりぎりまで寝てしまった。
慌ててフェリクス様を揺り起こす。
何とか起きてくれたフェリクス様だけど、寝癖が凄かった。
「ふふっ……」
「ん?」
「寝癖が。昨日ちゃんと髪が乾いていなかったのですね」
私が手を伸ばすと、フェリクス様が私の手に頭を擦り寄せながら微笑む。
「セレナも寝癖ついてるよ」
「えっ!」
「寝癖のセレナも可愛いよ」
恥ずかしいと思って急いで手櫛で整える。
二人で洗面所の鏡の前に立ってみると、私の寝癖は軽いものだった。
ほっとしていると、フェリクス様は「うわ! 本当に凄い寝癖だ!」と驚いた声を出した。
「だから言ったでしょ?」と二人で笑いながら寝癖を直しあった。
◆◆◆
<優秀な部下の名はマルセロ>
「あっ!見てください、フェリクス様」
旅に出て二日目の宿場町を歩いていたときだった。
セレナの指さす先には、洗濯屋なる店がある。
「……洗濯屋?」
「あぁ。店名のまんま、服を洗濯してくれる店だね。うちの隊でも平民で独身の奴らはよく利用しているって言ってるよ。一週間分くらい纏めて出すらしい」
イヴァンの説明に納得する。
使用人を雇えない平民向けにこのような店があるのだろう。
だけど、洗濯屋がどうしたのかと、セレナを見ると嬉しそうに微笑んでいる。
「良かった。実は探していたんです。洗濯屋があれば、前ボタンのドレス三着でもこの旅の間はどうにかなるんじゃないかって」
衣類は当然使用人が洗うものという考えの俺は、使用人を連れてきていない旅の途中で洗濯するという発想がなかった。
「夕飯前に預けたら明日の朝には洗い終わってないかなぁ?」
「できそうだけどね」と言うイヴァンに「ですよね!」と期待の眼差しを向けるセレナ。
「フェリクス様、ちょっと聞いてきてもいいですか?」
「いいけど、そういうことはマルセロに頼もうか」
俺はマルセロに目配せした。
面倒くさそうに洗濯屋へ入ったマルセロは、程なく戻ってくる。
「奥様、残念ながら貴族の衣服は預かれないそうです」
「えっ、そうなの?」
「はい。高価なものなので、何かあったときに弁償できないからと……」
「そう……」と呟き、セレナは残念そうに視線下げる。
「それに、翌朝までには乾かないかもしれないので、預かった洗濯物は早くても三日後に返すのが店の決まりらしいです」
「そっか。乾燥には時間がかかるものね……。残念だわ」
マルセロは、これでいいんだろ?と言わんばかりに俺を見てきた。
できる部下を持って良かった。




