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王女を住まいになる王女宮にお連れすると、二人の侍女が待ち構えていた。
彼女らに王女を任せ、俺は宰相の執務室へと急ぐ。
いまだ公表はできないので、第二王女付き侍女はかなり少ない人数だが、元々使用人の少ない家庭で育った王女には特に問題ないだろう。
むしろ、初めから王妃のような人数に囲まれては早々に逃げ出しそうだから、かえって良かったかもしれない。
「ただいま戻りました」
「ご苦労だった。盗賊に襲われたと報告が届いていたが、他に問題はなかったか?」
他の問題点といえば、王族としての自覚がないところは気になるところだ。
道中に思ったのは、行動的で活発な性格。
聞き分けが悪い訳でもないし、理解力もある。
だが、抑圧された生活は向いていないと感じた。
王族としての教育が重圧になりそうだと思うが、始まる前から心配する問題ではないだろう。
「何かあるのか?」
「いえ。追加で報告するような問題はありません」
「そうか。では、王女の支度ができたら謁見の間にお連れしてくれ。両陛下がお待ちだ」
「承知しました」
さすがに今日はこれで帰っていいとはならなかったか……と、残念に思いながら王女宮に向かう。
既に他国へ嫁いだ第一王女が使っていた棟の一角が、アンナ王女の仮の居住スペースになっている。
角を曲がったところで、イヴァンが男女三名ずつ六名の近衛騎士を連れて王女宮に向かうところだった。
アンナ王女付き近衛騎士隊だ。
イヴァンを含めた七人で王女の警護をすることになる。
人選はイヴァンが任されたと言っていたが、口が堅くて真面目に努力できる面々が揃っていた。
家の強さに限らず、実力で選ばれたとわかる。
イヴァンらしい人選だった。
「あ、リック。お疲れ!ま、さっきぶりだけど」
「ああ」
共に王女がいる部屋に向かっていると、忍び笑いがどこからか聞こえてきた。
「…………」
その場にいた全員が目配せし合い、身構えた。
気配を消して静かに笑い声の元に近づいていくと、侍女の控えの間だった。
「見てちょうだい、これ。明らかにレディメイドよ。しかも、流行のデザインでもないわ。よくこんなドレス着られるわよね。一応貴族なのよね?」
「特別にこちらに滞在することになったようだけど、本当に王妃様のお血筋なのかしら?王城にレディメイドのドレスを持ってくるなんて、恥を知らないのね」
「きっと育ちが悪いのよ。このドレスはテーラーメイドのようだけど、明らかに流行遅れ。その上、なぜかドロドロで汚い。触りたくもないわ」
もう一人の侍女が、王女のドレスを指先で摘まみ、放り投げていく。
床に落ちたドレスをもう一人の侍女が踏みつけていた。
「私たちを誰だと思っているのかしら。第二王子殿下の婚約者選びで最終候補まで残ったというのに」
「そうよね!それなのに平民かと思うような人の侍女だなんて。王族の侍女と聞いてきたのに、王妃様のお血筋ってことは王族ではないじゃないの」
(今はまだ王妃の身内ということにしてあるのか……)
自分の立場を勘違いした心の醜い女が侍女として選ばれていることに、内心でため息を吐く。
心の内で何を思っていようと、完璧に隠して従事できる者ならそれでもいい。
だが、この様子だと王女に勘づかれる。
そうなる前に対処しなければ。
人選し直しとなれば面倒臭いが、このままにしておけば騒ぎを起こすのも時間の問題だろう。
「…………?」
念のため部屋の中に視線を巡らせると、部屋の向こう側の扉が少し開いていることに気づいた。
あちらは続きの間を挟んで向かいに王女の部屋があるのだが、開いた扉から微かに人影が見える。
今、王女の側には侍女が二人付いているはずだが、その二人はここにいる。
(くそっ。王女が聞いているのか?まさか、わざと開けて聞かせているのではないだろうな)
と思った瞬間、表情を険しくしたイヴァンが止める間もなくメイド部屋に乗り込んだ。
正面切っていかずとも、処分する方法はいくらでもあるというのに。
いきなりイヴァンが部屋に入ってきたので、中にいた二人は叫び声を上げる。
「きゃ!?――あ、近衛の……」
「ドレスが汚れているのは、荷物を落としてしまったせいだ。それで致し方なくレディメイドのドレスを調達した。これは我々の落ち度だ」
イヴァンの主張に初めはぽかんとしていた侍女らは、事態が飲み込めたのか、次第にクスクスと笑い出す。
「何がおかしい?」
「嫌だわ。育ちの悪い人は男性を手懐けるのも早いのかしら。身に付ける物はこんなものなのに。だけど、侯爵家の方に目を付けるなんて案外強か――」
「言っていいことと悪いことがあります!」
今度はまだ隠れていた女性騎士が飛び出していった。
それを皮切りに、近衛騎士が全員部屋に入っていく。
ぞろぞろと表情を険しくした騎士に囲まれて、侍女らはさすがに表情を変えた。
「イヴァンの言う通り、不測の事態でドレスを汚してしまったのは私に非があります」
「あっ……!」
仕方がないので、俺も姿を現せば、侍女らはハッとした後すぐに頬を染めたのがわかった。
こんな事態になっても頬を染めて見てくる女たちに虫唾が走る。
「あなたが今踏みつけているドレスを選んだのは私です。ということは、私の趣味が悪かったようだ」
ドレスを踏みつけたままだった侍女は、俺の言葉を受けて飛び退いた。
すぐに言い訳めいたことをぼそぼそと言いだす。
「ご苦労様でした。と言っても帰宅はできませんが」
「ご苦労……え?」
「処分については改めて報告します」
「しょ、処分って!?どうして私たちが?私たちは頼まれて――」
「悪いが、連れて行ってくれ」
騎士は心得ていると頷くと二人の侍女を素早く連れて行った。
先ほど人の気配を感じた奥の扉を開けると、続きの間には誰もいなかった。
王女の部屋に入ると、ソファに座っている王女の肩が緊張しているのがわかる。
「……我々の落ち度です。処分は如何様にも」
「え、何が?何かあったの?し、知らないわ」
顔を背けたまま話す王女の声は震えていた。
気丈にも知らないふりをしているが、顔見知りの多い田舎暮らしでこんな経験はあまりしたことないだろう。
いきなりこんな洗礼を受けて、ショックだったに違いない。
「すぐに、侍女の選定をし直します」
「……はい。お願いします」
固く拳を握りしめて何かを耐えるようにしているイヴァンの肩を叩き、部屋を出る。
王女を城に送り届けたら、後は連絡係程度の役割になると思っていたのに。
(早速問題が起こるとはな……)
すぐに宰相の下を訪れると「おぉ!早いな」と呑気に構えていた。
アンナ王女との初対面に備えてか、鏡を見ながら髪型を直している宰相に腹が立つ。
「侍女の選定を一からやり直してください。なんですか、あの人選は」
「なんだ、いきなり。ひとまずお飾りでも人数を揃えなければならないからな。第二王子殿下の婚約者候補だった令嬢たちから選んだ。彼女らは婚約者候補として、様々な教育を受けている。お茶やお花は完璧だ。家柄も育ちも、何も問題ないだろう?」
「本気ですか?婚約者に選ばれなかったのは、それなりの理由があったはずでは。早速やらかしてくれましたよ」
鏡越しに会話していた宰相が、ようやく振り返って低い声を出す。
「……何?」
「今、王女殿下に付くべき侍女に必要なのは、貴賤意識のないことが第一条件。さらに真面目で気遣いのできる優しい者が相応しいと思います」
宰相は「……そういうことか」と呟き、文字通り頭を抱えた。
直していた髪が一瞬で乱れた。
宰相は令嬢を見抜く目は少し悪いようだ。
(自分の娘といい、若い娘に甘いのが欠点だよな)
「ところで、侍女らにはどういう説明を?」
王女であることを説明したのかと思っていたが、彼女らの態度や話からすると、王女であると説明を受けていない。
「王妃様の親戚で、遠方から来られて城に滞在することになったので、侍女を頼む――と説明してある。さすがにまだ情報を渡すには早いからな」
「なるほど」
王妃は公爵家の出ではあるが、実家は辺境にあり、幼少期は田舎で育ったという。
王妃の親族も辺境の地を任されている家が多い。
先ほどの侍女たちは、荷物や王女を見て格下の田舎貴族と断定したのだろう。
それで、都会育ちで高位貴族の自分たちがどうして――と、あのような行動を取ったというわけだ。
王女を馬鹿にしていた侍女二人は、第二王子殿下の婚約者の候補に挙がるくらい家柄は申し分ない。
それだけに、すぐに侍女を外されたとなれば、親が黙っていないだろう。娘が問題を起こしたのが原因だとしても。
厄介なことだ。
俺は選定には関わっていないし、対応するのは宰相だろうから頑張ってくれとしか言いようがない。
――と思っていたが、二人の侍女はその日のうちに、王妃の側仕えとして所属が変わった。
話を聞きつけた王妃が「では、わたくしの側仕えにいたしましょう」と静かに言ったためだ。
一見すると、名誉ある所属替えに、侍女二人もその親も喜んだ。
王妃が「理というものを教えてあげましょうね」と、信頼する側仕えたちに言っていたことも知らずに。




