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【電子書籍化】30歳年上侯爵の後妻のはずがその息子に溺愛される  作者: さやまかや
第七章

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32

 

 森を抜け、王都の門を潜る。

 王女様の決断が早く、ヤンセン男爵領の滞在日数が少なかったため、当初の予定よりも旅程が大幅に短縮された。

 二週間ちょっと振りの王都。

 道中、王女様がふらりと一人で出掛けたり、盗賊に襲われたりして何もなかったとは言えない。

 けれど、その後の道程は順調だった。

 見たことのある景色が目に入ると、ほっとする。

 ここまで来たらもう大丈夫と思えた。


 窓の外を眺めていた王女様が振り返る。


「なんか建物が増えてきたような。もしかして、もう王都?」

「はい。先ほど王都内に入りました。ここはまだ端のほうですが」

「やっぱり!徐々に垢抜けた人が増えてきたし、なんだか素敵そうなお店もたくさん!」


 王女様は窓に張り付き、キラキラした瞳で忙しなく道行く人や建物を見ている。

 イヴァン様が小窓から御者台にいるマルセロに何か話していると思ったら、馬の速度が少しだけ遅くなった。

 しばらくすると、王女様が急に振り返る。


「ねぇ、セレナさん」

「はい。なんでしょう?」

「セレナさんの行きつけのお店ってあるの?」

「行きつけというほどのお店は特に……」

「じゃあお勧めのお店とか、好きなお店はある?王都では何が流行っているの?」


 個人的にお勧めの店はある。

 別邸のメイドたちには、結婚前に見つけた安くて美味しい食事処を紹介したこともあるし、メイドたちから新店情報を教えてもらうこともある。

 だけど、王女様に教えられるような格式高いお店は、あまり知らない。


 フェリクス様がデートのときに連れていってくれるお店はとても素敵だけど、それは私のお勧めじゃないし、お勧めできるほど詳しくもない。

 期待の眼差しを向けてくる王女様を前に、少し困ったなと思い、フェリクス様に助けを求めてしまう。

 ちらりとフェリクス様を見ると、微笑んでどう答えるべきかヒントをくれた。


「セレナは今度フラワーケーキのお店に行ってみたいと言っていたよね」


 フェリクス様が言ったのは、最近王都で話題になっているケーキ屋さん。

 華やかで真新しいケーキなので、これなら王女様に教えられる。

 フェリクス様もこれなら教えてもいいと言ってくれているのだろう。


「フラワーケーキって?」

「薄切りのフルーツをケーキの上に飾り付けて、まるで大きな花がのっているように見えるものや、花束のようにデコレーションしてあると話題で。美しいだけでなく、味も美味しいそうです」

「えー!気になる!」


 王女様は目を輝かせた。

 そして、イヴァン様に「行ってみたいな!」と言う。

 朝市にふらりと出掛けて以降、王女様はイヴァン様に要望を伝えたり確認したりするようになった。

 フェリクス様ではなくイヴァン様に言うのは、護衛だからという理由だけではないように思う。

 イヴァン様のほうが笑顔で話しやすいし、要望を叶えてくれるからだろう。


 ただ、今回ばかりはイヴァン様もなんとも言えない表情をしている。


「お気持ちはよく理解できるのですが……」

「だめ?少し見るだけだから。それとも、遠いの?」

「遠いかどうかと言うよりは、警備の問題が」

「え?ここまでは何も問題なかったじゃない。盗賊に襲われたのは別問題だし」


 王女様は好奇心が旺盛な方のようで、ここまでに立ち寄ったいくつかの宿場町で必ずイヴァン様を伴に出掛けていた。

 王女様はすっかりおねだり上手になったし、イヴァン様も基本的に断ることはなかった。

 だから今回も気軽に希望を伝えたのだろう。


「ここまでは地方で人も少なかったので……。正直に申し上げますと、王都はご覧の通り人がたくさんいます。人が多いということは、警戒すべき対象が分散され過ぎてしまうので、護衛が私一人では難しいです」

「別に私のことなんて誰も知らないのに?大丈夫じゃない?」


 相当興味を惹かれたのか、食い下がっている。

 イヴァン様は逡巡した後、フェリクス様に視線を送った。

 イヴァン様としても、連れて行ってあげたい気持ちがあるのだろう。

 しかし、この旅の責任者はフェリクス様。

 重要な判断はフェリクス様に委ねられる。

 視線に気づいているはずのフェリクス様は何も答えない。

 イヴァン様が正直に話したように、警備の問題があるのだろう。

 王女様を狙っていなくても、人が多い所では予想外の事故や事件に巻き込まれる可能性もある。

 万が一、守りきれずに怪我をさせてしまったら、責任問題どころではない。


「セレナさんもまだ行ったことないのでしょ?気になるわよね?」

「まぁ……、気にはなりますけど」

「…………」


 私が行きたいと言えばフェリクス様は連れて行ってくれると思ったのか、私を仲間に引き込む作戦らしい。

 だけど、それでもフェリクス様は表情を変えない。

 粘る王女様に見かねたのか、イヴァン様が小声でフェリクス様に話しかけた。


 フェリクス様とイヴァン様はこそこそと話し出す。

「だけど、これを逃すと――」や「宮に入ってしまったら――」と話しているのが聞こえてきたから、二人も本当は王女様の希望を叶えてあげたいのだろう。

 一度お住いとなる宮に入ってしまったら、自由に行動できなくなるのだろう――と、私でも予想できる。

 だからこそ、どうにか妥協点を見つけられないかと模索する。


 しばらくそのやり取りが続き、私が窓の外を見て(ここ、フラワーケーキのお店の近くだ。もうすぐ店の前を通る。せめて、『あの店がそうなんですよ』と教えるべきか……余計なことはしないほうがいいか……)と考え始めたころ、フェリクス様とイヴァン様で答えが出たようだった。


「アンナ様」

「はい」

「やはり、王都ではアンナ様自らケーキを買いに行くのは許容しかねます」


 淡々と告げるフェリクス様に、不満を顕にした表情で訴えかける王女様。


「その代わり、フラワーケーキは私が買ってきます。それを馬車内で食べるのが、譲歩できる最大です」

「そう……。でも、食べてみたい。お願いします」


 すぐに店の近くで馬車が停まった。さっと周囲を見渡してからフェリクス様はすぐに馬車を降りていく。

 一度振り返り「魔術で結界を張っていきますから、何があっても馬車から降りないように」と言い含める。


 ここは一年ほど前から続々と新しいお店が開店し始めた、王都でも若い女性たちに人気のあるエリア。

 そのため、フラワーケーキのお店以外にも、お洒落なお店や可愛いお店が建ち並んでいる。

 窓の外を見ていた王女様が一層目を輝かせ、馬車から降りて近くで見たそうな顔をしている。

 だけど、それを見越してフェリクス様は釘を刺していったのだろう。

 窓に張り付いて外を見ている王女様は、私にあれこれ聞いてくる。


「あの青い壁の店は、何のお店?」

「あれは、茶葉を売る店です。紅茶は国内外の茶葉があり、薬草茶も少しですが売っています」

「へぇー!本当に王都ではあんなお洒落なお店で薬草茶を売ってるのね」

「はい。侍女が買ってきてくれたことがあるのですが、入れ物のデザインもお洒落でした」

「そうなの。いい侍女ね」

「はい、とても」


 トニアを思い出して誇らしくなる。

 力強く肯定した私を見て、王女様の視線が揺れる。


「……お城に行ったら私にも侍女が付くようになるのよね?必要ないって言っても、きっと」

「そうですね」

「優しい人だといいなぁ」


 侍女が付くことは間違いない。

 優しいかどうかはわからないけど、なんといっても王族付き侍女なのだから完璧な人選のはず。

(完璧すぎて窮屈な思いをしなければいいけど……)


 すぐに気持ちを切り替えた様子の王女様はまた外を見る。


「あれは?あの白黒のお店は何?」

「あれは、たしか代書屋だったはずです」

「えー!?代書屋があんなにお洒落なの?王都って凄い!でも、代書屋があるってことは、王都でも識字率は低いのね」

「そうですね。あのお店はレターセットやインクの種類が多く、用途に合わせて選んだものに代書してもらえると聞いたことがあります。ラブレターを書いてもらう人も多いのだとか」

「ラブレターを代書って、恥ずかしくて頼みづらそうと思っていたけど、こんなお洒落なお店の手紙なら代書してもらおうと勇気が持てそうね。相手に気持ちが伝わりやすそう。でも、代書してもらうってことはその人は字を書けないのに、渡した相手は読めるのかしら?」

「そう言われてみるとそうですね……」


 私たちがお互いに首を傾げていると、イヴァン様が口をはさむ。


「相手は文字が読めるとわかっているから代書を頼むのだと思いますよ。王都では特別裕福ではなくとも、学校に行く平民の子供が増えている。今の宰相主導で数年前から教育の強化に取り組んでいるので、フェリクスも関わっているはずです」


 思いがけずフェリクス様の仕事を知ることができて、私は誇らしい気持ちになった。


「それじゃあ、地方の子供が当然のように学校へ行けるようになるのはまだまだ先ね……」

「地方に学校を増やしても簡単にはいかないようです。まだ労働力として見られていますし、田舎の平民が学んで何になるのかと考えている世代も多いですから」


 複雑そうな顔の王女様やイヴァンの説明を聞いて、私は本当に目の前のことしかみえていないと反省した気持ちになる。


「地方の現実を知っているアンナ様の意見は議会で参考になると思います」


 イヴァン様の言葉に、王女様は神妙に頷いた。



 そんなふうに話していると、フェリクス様が戻ってきた。

 箱を開けると、手のひらサイズのケーキが四個。カップケーキの上に薄切りのフルーツやバタークリームが花束のように飾られている。


「わぁ!すごーい!可愛い!これ、本当にケーキなの?凄いわ!」

「こちら二つがプレーンでこちら二つはココアの生地だそうです。皿がありませんのでかぶりつくしかありませんが……」

「かぶりつくのは大丈夫!」


 王女様はプレーン生地のケーキを手に持ち、いろんな角度から眺めて「可愛すぎて食べるのが勿体ない」と言っていた。


「城に持って入ることはできませんので、早めにお召し上がりください。ここからだとそれほど時間がかからず城に到着いたします」


 その言葉を受け、王女様は急いで口に運んでいた。


「んー!見た目だけじゃなくて味もすっごく美味しい!王都のケーキはこんなに美味しいんだ!お上品な味がする!」


 目を丸くして喜ぶ王女様を見ていると、こちらまで笑顔になる。

 そうこうしているうちに、ゆっくり走っていた馬車が停まった。


「えっ……もう着いたの?」

「ここは私たちの屋敷です」

「へぇ。思ったよりもこぢんまりと……」

「ここは別邸ですので。妻は城の中までは行けませんので、ここで降ります」

「えっ。セレナさんとはここまでなの?一緒には無理なのね……。また会える?」


 王女様が窺うように上目遣いで見てきた。

 私は思わずフェリクス様を見てしまう。

 すると、フェリクス様は小さく頷き「夜会などでお目にかかることもあるでしょう」と言ってくれた。


「次にお目にかかれるときを楽しみしております」

「絶対!約束ね!」


 そうして王女様は王城へと入られた。

 初めにフェリクス様から話を聞いたときは、私にそんな役目が務まるわけがないと思ったけど、振り返ってみるととても楽しい旅だった。

 侍女役は不要だったけど。

 途中、王女様が王族だということを忘れてしまいそうになるくらい楽しく過ごせた。

 立場がもう少し違えば、きっと、もっと気楽に話せる友達になることができただろう。


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