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 結婚してから分かった事がある。

 それはフェリクス様は超多忙だという事。

 宰相補佐という仕事柄忙しそうだと思ってはいたけど、予想以上だった。


 結婚してからは一緒に出勤していたし、私の仕事が遅くなったので一緒に帰ってきたが、それも結婚して1週間程度だけだった。

 今は私が朝食を食べ始める頃には出勤するし、帰ってくるのも私が寝る頃か眠ってからになる。


 このままではずっとすれ違いになってしまうので、朝食だけは一緒に食べたいとフェリクス様にお願いされた。

 といっても、出かける準備を先に整えたフェリクス様に対して私は夜着のまま顔を洗っただけの状態で、食堂ではなく夫婦の居室で朝食を摂るように、朝の支度の順番を変えただけ。

 そのまま部屋でフェリクス様を見送ってから、私は着替えて出かける準備をするのだ。


 さらに、結婚して最初の週末は一緒に過ごしたから週末はちゃんと休めるのかと思ったら、次の週はいつもより朝をゆっくりしただけで仕事に行ってしまった。


 いつも離れがたいというように、抱きしめてキスをしてから行く。

 ほぼすれ違い生活でも会えば全身で愛を表現しているかのようなフェリクス様にも慣れつつあった。

 なぜ自分が選ばれたのか、いまだに全く分からないけれど、それでもまぁいいかと思い始めている。



「奥様。どちらへ?」

「ちょっと……買い物に」

「ちょっと、というのはどちらまで?馬車を用意しますので、少々お待ちいただけますでしょうか」

「いえ!近いし歩いていけますので結構です」

「そういう訳には。わたくし共が旦那様に叱られますので、どうか。侍女もお連れください」


 今日は、フェリクス様の誕生日プレゼントを注文しに行こうと思っていた。

 丁度フェリクス様は休日出勤で家にいないし、今がチャンスである。

 いそいそと準備をして、出かけようとしてたところを執事に呼び止められてしまった。

 実家にいた時は買い物に歩いていくのも1人で出歩くのも普通だったのだけど、侯爵夫人が歩いて1人で買い物に行くなんてありえないのかもしれない。


 できればサプライズで渡したかったし、使用人から漏れたら嫌なので1人で買い物に行こうと思っていたのだけど、仕方がない。内緒にしておいてもらおう。


 実はネックレスとピアスの贈り物の他に、フェリクス様から一輪の花やリボン、お菓子など、ちょっとしたプレゼントを毎日のように渡されている。

 フェリクス様とはほぼすれ違い生活だけど、仕事から家に帰ると夫婦の居室のテーブルの上にメッセージカードと共に置いてあるのだ。

 一体いつ手配しているのか謎である。




 何を買うかはもう決めてある。

 知り合いのお店が最近輸入し始めたという、万年筆というペンだ。


 輸入業や宝石商を営む裕福な商家の娘と、学生時代に知り合って今でも仲が良い。

 彼女と会えない時には手紙でやり取りをしていて、近況報告の他に輸入品の最新情報なども書かれている。


 その友達の実家が営む輸入雑貨店で万年筆を取り扱ったところ、購入者に好評らしいのだ。

 宰相補佐だし、きっとペンを使うことも多いはず。



 輸入雑貨店に行くと、数種類のデザインの万年筆があった。


(どうしよう。私、フェリクス様の好みを知らなかった……)


「セレナ!いらっしゃい!」

「アルマ!久しぶり。来てたのね」

「なぁに?もしかして、誰かにプレゼント?」


 店の奥からこの店の娘で友達のアルマがやって来た。

 私の父が事業に失敗してバタバタして以来だから、会うのは久しぶりだ。

 アルマはとある男爵家に嫁いでいるが、今日はたまたま帰って来ていたらしい。


「私、実は結婚したの」

「まぁ!そうだったの!なんで教えてくれなかったのよ」

「それが、急だったの」


 それから、アルマに今日までの事を話した。


「なるほど。それで万年筆ね」

「うん。でも、彼の好みを知らないから、どれが良いかと迷ってしまって」

「ねぇ。旦那様の誕生日までってまだ時間ある?」


 フェリクス様の誕生日まで後2週間。

 時間があると言えばある。


「それなら、この万年筆には小さな石を入れることもできるの」


 アルマが濃紺の万年筆を手に取った。


「石?」

「そう、ここの部分に。小さな宝石を入れられるの。贈り物にぴったりだと思わない?石と言ってもクズ石の小さいのだから値段的にはそんなに高くないから安心して」

「それは良いかも。じゃあ、アクアマリンって入れられるかしら?」

「アクアマリンも入れられるけど、どうして?夫婦の思い出でも?」


 アクアマリンはフェリクス様の瞳の色に似ている宝石だ。

 それを言うと、アルマが半眼でこちらを見てくる。

 変な事を言っただろうか?


「どうしてそこはペリドットじゃないのよ」

「え?なんでペリドット?」

「セレナの瞳の色だからでしょ!もう!妻から夫へのプレゼントなのに夫の瞳の色の石って、意味わかんないんですけどっ」

「そ、そうかな」

「そうよ!入れる石はペリドットに決定ね」


 そうして万年筆にはペリドットが入ることに決まった。


「工房に預けるから出来上がりは一週間後の予定。ねぇ、出来上がったら私が届けても良い?」

「良いけど、どうして?」

「久しぶりにゆっくり話がしたいじゃない。セレナが暮らす家も見てみたいし」

「分かった。多分、来週も旦那様はお仕事でいないと思うから大丈夫」


 出来上がった万年筆を届けに来るアルマとのお茶会を約束して、お店を後にした。

 帰りの馬車の中で、付いて来てくれた侍女にこのことはフェリクス様には内緒にしてもらえるように頼む。


「分かりました。皆にも内緒にしておくように言いましょう」

「うん、ありがとう。喜んでくれるといいな」

「間違いなくお喜びになります」

「そうかな?でも、私の手持ちで買える品質だと、フェリクス様の持ち物としてはどうなんだろう……」



 アルマの家で扱っている商品の質が悪いという事ではなく、裕福な侯爵家で育ってきたフェリクス様の周りにある物はどれも超一級品。

 今回購入した万年筆は、私の金銭感覚から言うと充分高価な品物だけど、あくまでも貧乏貴族感覚でしかないから心配だ。


「心配ございません。旦那様でしたら、肌身離さずお持ちになりますよ」

「そうかな」

「そうです。奥様からの贈り物なら、それが道端の石ころだとしてもきっと持ち歩きます!」


 それはないんじゃないだろうか。

 本当に石ころを渡したら、流石に怒ると思う。


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