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「ここは頼んだよ」
そう言うと、私の返事も待たずに馬車から出ていった。
すぐに後ろの窓から確認すると、盗賊らしき男たちと戦うイヴァン様とマルセロの姿が。
そこに、フェリクス様が走って向かっている。
馬車は停まらず進み続け、どんどん遠くなるフェリクス様の背中に不安が募る。
後ろの窓にへばりつくようにしてフェリクス様を目で追う。
フェリクス様は盗賊を直接相手しているイヴァン様やマルセロよりも後方で立ち止まった。
その様子を見ていて、あることに気づいた。
(あれ?そういえば、マルセロもいる……)
マルセロは御者なのに、盗賊と対峙していることに気づいて前の窓を見ると御者台は無人だった。
聞き流してしまったけど、フェリクス様が『馬も制御する』と言っていたし、この旅に出たときにそんな話を聞いたな……と頭に浮かぶ。
装飾品のような魔道具があった場所を見ると、なくなっていた。
(もしかして、盗賊と対峙しながら、遠隔で馬の操作も?結界も張ってるのに、大丈夫なの?)
緊急用の魔道具が残されていても、きっと私の魔力量では使えなかった。
それがわかっているから、フェリクス様が持ち出したのだろう。
「えっ!大変!」
私の視線に釣られるように御者台を見た王女様が、咄嗟にドアに手をかけた。
「だめです!ドアを開けたら絶対にだめです!」
「でも!このままでは馬が道を外れて大事故になる!」
「なりません!フェリクス様が魔道具で制御すると言ってました。だから、大丈夫です」
「でも!人がいないのにそんなこと――」
「フェリクス様が言うからには絶対に大丈夫!ほら、見て!ちゃんとカーブに沿って走ってる!」
「えっ。ほ、ほんとだ」
「ハーディング侯爵家は魔術の名門一族です。フェリクス様はそんな一族の当主。そのフェリクス様が魔道具で制御してるんです。絶対に大丈夫です。信じてください!」
信じろというのが無理な話で、アンナ様は「でも……」と言い募る。
「どうしてもと言うなら、私が御者台へ行きます。アンナ様はここから絶対に出ないでください」
「いいえ。行くなら私よ。私のほうがきっと馬の扱いには慣れているし。セレナさんは馬に乗れるの?」
一瞬言葉に詰まってしまう。
都会育ち故に乗馬経験も御者の経験も皆無だった。
「馬には乗れませんが……」
「だったら、やっぱり私が――」
「乗馬はできないけどっ!これだけは絶対に譲れません!私は、何があってもアンナ様を守らなければならないんです。あなたはこの国の大切な王女様なのですから」
「そんなこと言ってる場合じゃ……!」
「見てください!こうしている間にもきちんと道に沿って進んでいます。それでも、どうしてもフェリクス様の操る魔道具が信じられないなら、私が行きます。夫を信じてもらえないなら、妻である私がやらなければなりませんから」
フェリクス様が『頼んだよ』と言ったのは、王女様を絶対に馬車の外に出すなという意味。
ならば、何があってもここに引き止めなければならない。
強く腕を掴み、しっかり目を見て言えば、戸惑いながらも王女様はドアから手を離してくれた。
「……そこまで言うなら。確かに道なりに進んでいるし」
「ありがとうございます」
座ってくれた王女にひとまずはほっとしたものの、道が悪いのか馬車の揺れは大きい。
フェリクス様が出ていくときは一時的にスピードが落ちていたけど、今は明らかに馬車のスピードが上がっている。
がたがたと大きくなった振動が不安を掻き立てる。
王女様にはあのように言ったけど、本当に大丈夫なのかと心配になる。
不安に視線を彷徨わせると、王女様と目が合う。
ぎゅっと自分を抱きしめるようにして腕に力を入れている姿に、不安の大きさを窺い知る。
(私が不安になっている場合ではなかった。今一番不安なのは王女様なのに)
「アンナ様!」
私が手を伸ばすと、王女様もハッとして手を伸ばしてきた。
少し狭いけど二人で床に座り、身を寄せて支え合った。
外からわーわーと騒がしい声や何かがぶつかるような金属音がしていたけど、その音がどんどん遠ざかって行き、気づけば聞こえなくなっている。
馬車が停まった。
盗賊に襲われた場所から充分離れられたのだろう。
(安全な場所まで来たの?それとも魔道具の効果が届かないほど距離が離れてしまった……?まさかフェリクス様になにか……)
恐る恐る背伸びをして後ろの窓から後方を確認する。
道が曲がっているため、皆がどうなったのか目視できなかった。
「ちゃんと端に停車してる。凄い……。本当に制御できてる!」
王女様の言葉で改めて確認すると、確かに馬車は御者が停車させたかのように真っ直ぐ道の端に寄っているし、馬も落ち着いているように見える。
内心で胸を撫で下ろす。
「ん?あっ、誰か来た。え?あの人って……」
王女様が後方を見ながら戸惑いの声をあげたので、私もすぐに王女様の視線の先を確認する。
誰か男性がこちらに走って来ていることはわかるけど、顔がよく見えず目を凝らす。
フェリクス様ではないことは確かだった。
猛然と近づいてくるその人物が誰なのかわかった瞬間、私は叫びそうになった。
「っ!!」
咄嗟に口を押さえたけど、声にならない声が少し漏れてしまった。
私の視界の先にはヨーシアがいて、走ってこちらに向かって来ていたのだ。
(まさか、盗賊はヨーシアが手引きした……?)
だとしたら、フェリクス様たちはどうなってしまったのか――――




