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「凄いな。セレナは本当に器用だね。剥かれた皮さえも芸術作品のようだよ」
ヤンセン男爵家が手土産にと用意してくれた、皮の色が青い珍しいりんご。
そのりんごの皮を剥いていると、フェリクス様が褒めてくれた。
がたがたと揺れる馬車の中。
今日は昼食をとる予定の町まで少し距離があり、遅い昼食になってしまう。
そこで、小腹を満たすためにりんごを食べようということになった。
フェリクス様は「危ないよ。揺れているし」と言ったけど、クッキーばかりでは口の中の水分が取られてしまうし、他に食べられるものはない。
それほど揺れない道だったので、急いで皮を剥くことにしたところ、褒め殺しが始まってしまった。
「はい、どうぞ」
「セレナの剥いてくれたりんご。輝いて見えるよ」
皮の剥けたりんごを手渡すと、フェリクス様は目の高さまで持ち上げ、いろんな角度から一切れのりんごを見つめていた。
「はぁ、凄い。フェリクスさんって、セレナさんだけには態度が違いますよね」
王女様が感心したように呟く。
フェリクス様は「私の唯一の宝ですから。特別なのは当然です」と平然と答えていて、こちらが恥ずかしくなってくる。
「どうしたらそんなに愛されるようになるの?こつを教えてほしい」
王女様は、私に真剣な眼差しを向けてこられた。
フェリクス様がどうして私をここまで溺愛してくれるのか、私もよくわからない。
でも、本人に聞いたら止めどなく言葉が溢れてきそうで、躊躇われる。
そんなことを思っていると、王女様が元婚約者のことを愚痴りだした。
「私もそんなに愛されてみたかったな……。一人の男性に深く愛されるって、女性の憧れよね。今となってはあんなのと結婚しなくて良かったと思ってるけど。ちょっと、セレナさん。聞いてよ、この前ね――」
王女様の口からは、元婚約者や親友だと思っていた女性への愚痴、婚約破棄後に憐れまれ続けたことへの愚痴が止まらない。
あまり聞いてはいけない話と思っているのか、イヴァン様は窓の外に目を向けている。
フェリクス様は我関せず。
私の髪の質感を確かめるように堪能している。
王女様の手前、初めは節度を持った態度で私にもあまり触れてこなかったけど、フェリクス様の態度は徐々にいつも通りに。
この短時間で王女様も慣れてしまったのか、私の髪を手に取っているフェリクス様が視界に入っているはずだけど、それには無反応だった。
それからかなりの時間、王女様と話をした。
ほんの少し話が途切れると、その隙を狙ったかのようにいきなりフェリクス様の左手が私の右の頬に添えられた。
え?と思う間もなく、優しく顔の向きを変えられ、目が合う。
何も言わずにただじっと見つめてくるフェリクス様。
「……どうしました?」
「ずっと目が合わなかったから」
「なるほど?」
隣にいるのに放っておかれて、やきもちを焼いたということ。
だけど、王女様を放置するわけにはいかないと思って、視線だけ動かして王女様の様子を確認する。
フェリクス様に割って入られたことは気にしていないようで、イヴァン様と楽しそうに話し始めていた。
抗議するようにじっとフェリクス様を見ると、みるみる瞳が細められていく。
「セレナ」
私を呼ぶ声が甘く、頬を撫でる指先もいつも通り。
だけど、ここは馬車の中。
馬車内は往路よりも空間を広げたとはいえ、目の前には王女様もいる。
フェリクス様の作り出す甘い空気に流されてはいけない。
「結構走りましたが、お昼を食べる所まではもうすぐでしょうか」
「お腹空いた?あともう少し……――――」
私の誤魔化しに乗ってくれたフェリクス様だったけど、それまでの甘い空気を一変させた。
「イヴァン」
「わかってる」
二人が短く会話したと思ったら、イヴァン様はいきなり走行中の馬車のドアを開けて外に身を乗り出す。
走行中の馬車絡みを乗り出すなど危険極まりない。
「危な――っ!?」
危ないと言い切る間もなく、イヴァン様は危なげなく御者台へと移った。
「え、急にどうしたんですか?」
「んー……多分、盗賊かな。馬のスピードを上げるから、念のため身を低くしておいて」
私を抱き寄せながら言うフェリクス様。
盗賊なんて緊張が走るものなのに、フェリクス様の口調に深刻さがなくて混乱しそうになる。
「思ったより多そうだな……。セレナ、俺が戻るまで何があっても馬車のドアを開けたらだめだよ」
一度は私を抱き寄せてくれたけど、後ろの窓を振り返りながら、行ってしまうとわかる発言をするフェリクス様。
次の瞬間には体が離れたので、咄嗟に服を掴んでしまった。
「ごめん、さすがに厳しそうだから行かないと」
「でも……」
「大丈夫。馬車には結界を張ってあるから、中には入ってこられないよ。馬も制御するから安心して」
縋る手をフェリクス様に優しく引き剥がされた。




