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【電子書籍化】30歳年上侯爵の後妻のはずがその息子に溺愛される  作者: さやまかや
第七章

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24

 

 ヤンセン男爵領を目に焼き付けるかのように、王女は窓の外に目を向けていた。

 しばらくして王女の様子が落ち着いたのを見計らい、俺は改めて話をすることにした。


「昨日お伝えいたしましたが、殿下の存在はまだ公にすることができません。そのため、今は王女殿下としてではなく、我々夫婦と共に旅をする友人の態を取っていただきます。そのため、敢えてアンナ様とお呼びさせていただきますが、ご無礼をお許しください。――セレナも、そのように振舞ってね」

「そんなの別にいいですよ。男爵令嬢に無礼だなんて。アンナって呼び捨てで充分ですから」


 ……『男爵令嬢』か。

 到着した日に、この国の第二王女だと説明した。それで一緒に王城へと行くことに了承はしても、いまいち自分の身分については実感がないのだろう。

 いきなり高慢な態度を取られるよりは遙かにましだが、少しずつでも自覚してもらわなければ、困り事が起こりそうで心配だ。


 宰相からまだ正式に言われていないが、恐らく俺が城の中での連絡係にさせられるのだろう。出発前日、そう匂わされた。

 自分の立場を自覚しているのとしていないのでは、行動の仕方が変わってくる。


「……いえ。これは今だけの特例措置です。本来であれば、このように同じ馬車に乗ることも許されません」

「でも、田舎の貧乏男爵家育ちですから。そういうの居心地悪いし、やめません?この際、もうお友達ってことで」


 いまや田舎育ちの男爵令嬢という自認では困ると伝えたつもりだが、まったく伝わらなかった。

 それどころか、王女は俺が丁寧に接すると居心地の悪そうな顔をする。

 王女と俺のやりとりを見ていた、イヴァンが口を開いた。


「友人のふりをするのは、今だけの暫定処置。ですが、この旅で友人になれるように、お互いを知っていきましょう。互いのことを知らないでいきなり友人になるのは無理がありますし、友人になれそうなら、今後は『ふり』ではなく、本当の友人になるということでいかがですか。友人であれば、互いの立場、その垣根を超えた関係にもなれるでしょう」


 王女は嬉しそうに「はい!そうですね」と頷いた。


「では、改めて自己紹介だけはさせてください。私はアンナ王女殿下付き近衛騎士隊の隊長、イヴァン・ヘルツベルクです。今後、そこのハーディング宰相補佐官よりも、ずっと私のほうが顔を合わせることが多くなると思います。どうぞ、よろしくお願いいたします」

「あ、はい。こちらこそ、お願いいたします」

「何かありましたら頼ってください。騎士として、必ずお守りします。友人として相談にも乗ります」

「ありがとうございます」


 イヴァンのお陰で、雰囲気が悪くならずに旅を続けられそうだ。

 もう少し、王族であることを自覚してもらいたいと思ったが、無理に理解させようとして、途中で逃げ出されるよりはましだろう。

 王女としての自覚を持たせるのは教育係に任せるとして、とにかく何も起きずに王城に着くように願うしかない。


「我々のことは、呼び捨てで構いません。敬語もおやめください」

「私は様付けで呼ばれるのに、皆のことを呼び捨てにするのは変じゃないですか?友達のふりをするって言うなら、身なりからしても明らかに私が一番格下なのに」


 今だけは互いに呼び捨てで、敬語もなしにしたほうが自然だ。

 しかし、今の王女の様子からすると、城に着いて互いの立場を明確にしなければならなくなってもこのままがいいと言いそうである。

 かといって、我々のことを様付けにして呼ばせれば、城に着いてからも様付けで呼ばれそうで面倒臭い。


「我々も不自然にならない程度に砕けるようにしますので。殿下の場合は、練習期間と思っていただければ。呼び捨てが難しければ『さん付け』はいかがでしょう」

「わかりました。徐々に変えていきます」


 ――――初日は特に問題が起こることもなく、無事に宿場町に着いた。

 往路でも利用した食堂で、四人で食事にする。

 こういう所にあまり来たことがないのか、王女はきょろきょろと興味深そうに店内を見渡していた。

 その様子を微笑ましそうにセレナが見ている。可愛い。

 いつもよりは控えめにセレナの髪を撫でる。

 これも作戦のうち。

 そう、作戦。

 王女が俺には興味がないとわかっているが、これは惚れられないための作戦でもあるのだ。

 自分の中で言い訳しながら、手を止めることができずに髪を撫で続けていると、セレナが不意にこちらを向いた。


「ん?どうしたの?」

「えっと、あの……」


 セレナがちらりと視線を向けた先には王女がいる。

 俺たちのことをジッと見ていた。

 先ほどまで店内を興味深そうに見ていたのに、今度は俺たちのことを見る目が好奇心に染まっている。


「どうしました?」

「フェリクスさんって、本当に奥様のことが好きなんですね」


 なぜそんなわかりきったことを聞くのか、意味がわからない。

 夫なのだから、妻が好きなのは当たり前だろう?

 そもそも、これでも王女の手前、少しは自制しているつもりだが。


「当たり前です。好意を伝える言葉を全て使っても、この想いは伝えきれない」


 王女が「わぁ。聞いたほうが照れちゃう」と呟くと、イヴァンが「リックはちょっとおかしいんですよ」と言った。


「イヴァン。どういうことだ」

「セレナちゃん絡みでは羞恥心なんてないだろ」

「当然だ。愛する女性に己の愛を伝えるのに何故羞恥を感じるのだ?」


 イヴァンが、ほらねと言わんばかりに王女に視線を送ると、王女は「なるほど。ちょっと変わっていますね」と深く頷いていた。

 俺は何も間違ったことは言っていないと思うのだが。


「ところで、そんなに愛し合ってるってことは、お二人はやっぱり恋愛結婚なんですか?馴れ初めが聞きたいな!」

「…………」

「あれ?どうして黙るの?変なこと聞いちゃいましたか?」


 馴れ初めと言われると、俺が無理矢理結婚に持っていったことになるのだろう。

 世間一般の言い方で言えば、政略結婚になるが、その言い方は好きではない。


「リックの初恋の相手がセレナちゃんだったんですよ。リックはずっと、セレナちゃんしか見えていないんです」


 俺が黙ったので、イヴァンが口を開いた。

 それを聞いて王女が驚き、期待に満ちた声を出す。


「え!素敵!じゃあもしかして、初恋同士?」


 初恋…………同士?

 俺の初恋は間違いなくセレナだ。だけど、セレナの初恋は?

 俺と結婚するまで、『目立った異性関係はなし』とマルセロたちから報告を受けて安心していた。

 つまり、恋人やそれに準ずる人物はいないという意味だが、好きな人がいないという意味ではない。

 誰か好きな人はいたのではないか。

 胸に秘めている場合は、マルセロたちが調査してもわからないだろう。


(気づかなかった……)



 ハッとしてセレナを見る。

 俺がこんなことを考えていると思っていないのだろう。

 セレナは微笑んで「ん?」と小首を傾げた。


「セレナの、初恋の相手は……誰なの?」

「私の初恋ですか。自分では覚えていないですけど」


 覚えていない?

 つまり、初恋の相手は俺以外にいたということ。

 でも、記憶にないなら、恋を恋とも自覚しないくらいのものだったのか。初恋とも呼べないようなものだったのなら、良かった。

 そう思い、少し安堵した瞬間――


「昔、母が言っていたのは、うちで当時働いてくれていた侍従だったそうです。物静かで優しいお兄さんだったそうで。私はずっと後をついて回って仕事の邪魔をしていたと聞きました」


 セレナがあっさり言った。

 途中、「あっ!それ以上は言わないほうが!」とイヴァンの止める声が聞こえたような気がする。

『うちで当時働いてくれていた侍従』『物静かで優しいお兄さん』

 仕事の邪魔をするくらい後を付いて回るとは、相当好きだよな……。


「ふぅん……。侍従ね……。物静かで優しい……」


 内心の荒れようとは裏腹に、思いのほか冷めた静かな声が出た。

 その声を聞き、イヴァンが額を押さえ、王女は目を丸くして俺を見ている。

 セレナは戸惑った表情を浮かべている。

 聞いたのは俺だけど、こんなにセレナだけが生き甲斐の俺に、初恋の相手の話をするなんて。

 どうなるか想像できそうなものなのに。

 俺の愛の深さをまだ読み取りきれていないんだな。

 普通の感覚で生きてきたセレナには、俺が何を考えるのか想像もつかないのだろう。

 そんな鈍いところもセレナの可愛いところだけど。


「……セレナはその男のどこが良かったの?」

「自分では覚えていませんから、わかりません。その人の顔も名前も自分では覚えていないくらいですから」


『物静かで優しい従者だったと言われた』と言っていたな。

 セレナは物静かで優しい男がタイプなのか?

 セレナには精一杯優しくしているつもりだが、物静か……。

 うるさくはないが、俺は物静かともまた違う気がする。


 セレナの初恋相手を聞いてから、胸の奥にはドロドロしたものが渦巻いている。

 さすがにセレナでさえ覚えていないほど過去のことに嫉妬して、我を失うことはない。


 いや。

 もう二度と激情にかられて我を失うことはしないと決意している。

 だが、理性では抑えきれない感情が湧き上がってくるのは確かだ。

 どんなやつなのか気になる。

 とりあえず、王都に戻ったらすぐにその侍従について調べることは決定した。


 隣のテーブルで食事をしていたマルセロが、頭を抱えている。

 俺のことをよく理解しているから、何をさせられるのか予想できたのだろう。


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