21
ガタンゴトンと大きく揺れる馬車内、私は男爵邸を出てからずっと、窓の外に目を向け薄暮を見ている。
「セレナ」
フェリクス様は甘く名前を呼んで、私の頭にコツンと自分の頭を合わせる。いつも通り頭をすり寄せてくるけど、私はそれに応える気分になれなかった。
「セレナ。こっち向いて」
私が何も反応しないから、甘えるように声を掛けてくるフェリクス様。
私は無言で小さく首を振った。
「セレナ?どうしたの?疲れた?」
あまり見せたことない私の反応に、フェリクス様は戸惑ったような声を出す。
私は、フェリクス様のヤンセン男爵夫妻への態度に怒っていた。
時間が経てば経つほど、あのときどうしてあんな言い方をしたのか、違う言い方ができたのではないかと考えてしまう。
考えれば考えるほどムカムカしてくるし、夫妻の気持ちを思うと悲しくなってくる。
口を開けば、嫌悪感にも似たこの感情が抑えられない気がして、首を振って会話を拒否する。
フェリクス様は私の機嫌が良くないことに気づいているけど、その理由まではわかっていないらしく、私に気を使ってくる。
今は放っておいてほしいのに。その気遣いが余計に苛立たせる。
「この旅ではセレナにも無理させちゃったね。緊張したよね。でも、セレナがいてくれたから殿下が落ち着いて俺たちの話を聞いてくれたし、決心してくれたのは間違いない。本当にありがとう」
「…………」
「セレナにとっては慣れないことで疲れるよね。明日からもセレナはいつもと変わらずにいて。いてくれるだけで大丈夫だから、変に気を遣ったりしなくて――」
「どうして?」
「ん?」
「私にはそうやって思いやって言えるのに、どうしてヤンセン男爵夫妻にはあんな言い方をしたんですか?」
「あんなって……」
「親心を無駄みたいな言い方。フェリクス様があんな言い方するなんて、ショックでした。私、今怒ってるし悲しいです」
「……うん」
私のことを気遣う発言を聞けば聞くほど、イライラが募っていった。
堪らず私が不満をぶつけると、フェリクス様は困ったように視線を下げるだけだった。
「フェリクス様ならもっと相手に寄り添った言い方もできるはずでしょう?」
「…………他人のことで怒れるセレナは、本当に優しいね」
手応えのないフェリクス様の反応に、余計に腹が立った。
フェリクス様に対してこんなに腹が立つのは初めてで、また窓の外に顔を向けた。
私はあまり人に怒りをぶつけ慣れていないから、これ以上口を開いたら言いすぎてしまいそう。
それに、このまま続けるとフェリクス様のことが嫌いになりそうだと思ったし、狭い馬車の中でイヴァン様にも申し訳ない。
こうすると、フェリクス様なら私に嫌われたくなくて、必死に『悪いところは直すから!』と言ってくるだろうとの打算もあった。
ずるいやり方だけど、直してほしいと思った。
男爵夫妻は侯爵のフェリクス様よりも格下だし、いい人たちだったから素直に従ってくれたけど、あんな言い方をしていたら敵が増える一方な気がする。できれば直してほしい。
私が突き放すような態度を取ったからか、心なしか腰を抱くフェリクス様の腕の力が弱くなる。
だけど、私の狙い通りには進まず、フェリクス様からいつもの縋るような言葉は聞けなかった。そのことに、余計、どうしてと不満が溜まる。
しばしの沈黙の後、声を発したのはイヴァン様だった。
「……セレナちゃん。リックのこと、あまり怒らないでやって」
そう言われて、瞬間的にフェリクス様を擁護するイヴァン様にも幻滅しそうと思ってしまった。
贅沢に慣れて、物に執着しない高位貴族らしい考え方なのか、友達だから似た考え方をするのか。いずれにしても、信じられないと思った。
「あれもリックの仕事だから。リックだって好きであんな言い方したんじゃないと思うんだ」
「え……?」
「男爵夫人の、娘のためにという親心はリックだって理解しているさ。だけど、王城に着けば、恐らくほぼ全ての物が容赦なく捨てられてしまう。たくさん持って行っても処分されるのが現実なんだ」
「そうだとしても――」
「セレナちゃんの言いたいこともわかるよ。何も言わずに、やりたいようにやらせてあげる優しさもあると思う。だけど、養母が持たせてくれたたくさんの荷物が捨てられたら、一番悲しむのは殿下だと思うんだ。荷物を最低限にしておけば、捨てられても『あれは旅用の荷物。本当に大切な物はまだ屋敷にある』と、割り切って考えられるかもしれない。それなら、そのほうがまだ気持ちに救いもあるはずだ。それに、親心から持たせた荷物が捨てられるくらいなら、少しでも多く男爵夫妻の手元に残してやりたいだろ?あのような言い方をしたら、彼らなら無理に持たせようとしないはずだから」
冷たく聞こえたあの言い方も、ヤンセン男爵夫妻や王女様のためを思って言っていたなんて。
イヴァン様の話を聞いて、自分の浅慮さが恥ずかしくなった。
先ほどの、何も言わずに悲しげに目を伏せたフェリクス様が思い出される。
フェリクス様の仕事や事情をよく知りもしないのに、一方的に怒ってしまうなんて。酷いことを言っていたのは私だった。
「フェリクス様……ごめんなさい、私」
「ううん。セレナの言う通りだよ。今後はもう少し言い方に気をつける」
「いえ、ごめんなさい。私が一方的に」
「気にしないで。……ねぇ、セレナ。俺のこと、嫌いになってない?」
遠慮がちに腕に力を込めて、か細い声で聞かれた。
事情がわかる前なら、不機嫌さに任せて「嫌い」と言ってしまっただろう。
「なっていません!」
「はぁ……良かった。セレナに嫌われたら俺は生きていけないから……」
フェリクス様が「もう辞めようかな、この仕事……」と呟くので、慌てることとなった。




