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――応接室には無言の時間が流れている。男爵邸の応接室には、フェリクス様とイヴァン様と私、そして王女様の四人しかいない。
フェリクス様がチラッとイヴァン様に視線を送ると、イヴァン様は頷いた。フェリクス様も同意するように頷き返している。
「やはりお心が決まらないのでしたら、もう少し考えていただいても――」
「いえ。答えは決まりました。でも、その前に一つだけ確認したいことがあって」
「なんでしょうか」
「私はここの一人娘です。ヤンセン男爵領は私が婿を取って継がなければなりません。私が居なくなったらどうなるのでしょうか」
「跡継ぎがいない場合、一般的に考えられる選択肢はいくつかあります。一つ目は、何がなんでも親族から後継者を見つける方法。二つ目は、血の繋がりのない者を後継者にする方法。三つ目、直接領地経営するのが難しいだけなら、管理人を置く方法もあります」
「そうですか。管理人……」
「それと、結婚相手次第では、あるいは……」
フェリクス様の説明を聞いて一度は視線を下げてしまった王女様だけど、ぱっと顔を上げた。
「それって、結婚相手次第では私が戻って領地経営できるってことですか?」
「あくまでも、考えられる選択肢の話です」
「この地が見捨てられたり、他の領地と統合されたりとかは……?」
「万が一の場合は、一度王家へ返されて直轄地として管理されます。その後、然るべき手続きを取って新しい領主が決定します。ですから、無断で他家に領地を乗っ取られるようなことは絶対に有り得ません」
「それを聞いて安心しました。私は、王都へ行きます」
大きな声ではなかったけど、応接室にしっかりと王女様の声が響く。
あまりにさらりと言われたので、私は聞き間違えたかと思ったほどだった。
「考える時間はまだありますが――」
「大丈夫です。決めました。行きます」
「…………」
昨日の今日での即断に一抹の不安を覚える。
今日に至っては、王女様は観光の案内役をしてくださっていたから、考える時間はほとんどなかったはずなのに。
あまりに早すぎる決断に、フェリクス様が黙ってしまった。
「侯爵夫人には昼間に知られてしまったのですが、きっとお二人も知っているんですよね?私、婚約者を寝取られたんですよ。しかも、翌週には結婚式ってときに打ち明けられて婚約破棄。それだけでもショックなのに。秘密にしたい恥ずかしい事実を皆が知っているの。そして、みーんなが、憐れんでくるの。もう半年も経つのに、いまだに。もうね……それって、すっごく惨めなんですよ。気持ちを切り替えたくても、周りがそれを許してくれない。ここで暮らしていたら、いつまでこの屈辱が続くかわからないじゃない。領民は何も悪くないのに、ここが嫌いになりそうで……。どこか知られていない場所で暮らしたいって思っていたところだったんです。跡継ぎなのに、何か手に職があれば自立するのもありかと考えてしまうくらいに」
そんな理由で……。
いや、この場所を離れたいと思う理由としては充分だと思う。狭い人間関係は人を追い詰めることがある。
だけど、今後は王族として暮らしていくことになる決意を、そんな理由で決めていいのだろうか。
王族の暮らしぶりがどういうものか、詳細はわからないけど、王女様は私と似た生活水準で育ったようだし、苦労するのは目に見えている。
それに、王族になるということは、養父母であるヤンセン男爵ともう親子として会うことは叶わなくなるかもしれないのに。
私たちの反応が微妙だったからか、王女様がまた口を開く。
「それに、侯爵夫人が言ってくださったので」
「妻が?」
フェリクス様が私を見てくるけど、私には王女様の王都行きを決心させる何かを言った覚えがない。
わからないと首を振りつつ、いつの間にか後押ししてしまったのかと内心焦っていた。
「王都には人がたくさんいて、いろんな人がいるって教えてくれました。ここは皆が家族みたいなんです。前まではそれが温かくて大好きだったけど、今は息苦しく感じてしまって。王都は人が多いからこういう息苦しさから解放されるかもしれないって思ったんです。それと、夫人がここの特産品を世に広めるためのヒントをくれた気がして」
もしも商売をするならと考えて話した内容で、まさか……。
王族として王都に行くなら、王城にそのまま入ることになるのに。
(変に期待させてしまった!?ど、どうしよう……フェリクス様!)
「そうでしたか。では、早速ですが明朝出発いたします」
私の心配を他所に、フェリクス様はにっこりと笑って言った。




