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【電子書籍化】30歳年上侯爵の後妻のはずがその息子に溺愛される  作者: さやまかや
第七章

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17

 

 両側に広がる花畑の中、幌馬車でゆっくりと移動する。幌の両側を上げているので、風が抜けて気持ちがいい。

 私たちは今、ヤンセン男爵領内を見学している。

 旅行に見せかけるため、男爵に案内を依頼したのだ。


「ここは両側とも染料用の花畑です。花びらだけでなく、葉や茎も使いますし、根っこも染料として使うことができるんですよ」

「根っこまで」

「はい。淡い良い色に染まるんですよ」


 手網を握って馬を操る男爵の横に座り、振り返って私たちに説明をしてくれるのは、アンナ王女様。

 不自然な滞在にならないように案内を頼んだけど、それは王女様に考える時間を与えるためでもあるのに。


 今朝、案内してもらうために男爵家を訪ねると、王女様まで準備万端で『ただじっと悩むって性に合わないんです。それに、悩んでもすぐに決められるような問題ではありませんし……。ですので、今日は私が案内役を務めさせていただきます。この領のことは隅々まで知っていますから』と、胸を叩きながら言われた。

 そう言われてしまうと、早く答えを出すために部屋の中で悩み続けなさいとは言えない。


「――そろそろ、お昼休憩にしましょうか。もう少し行ったところに食堂があって。近くの川で釣った魚を出しているんですけど、これが絶品なんですよ」


 そう言って案内された食堂は、地元の労働者が通うような少し馴染みのない雰囲気だった。

 だけど、この旅ではむしろそういう食堂で食事することが多かった。

 貧乏故に、逆に王都から滅多に出ることがなく、都会育ちの私。

 初めは少し戸惑ったけど、それも料理を口にするまでのこと。

 労働者階級向けの食堂でも混雑しているだけあって、どのお店も料理が美味しかった。

 それに、だんだんと雑多で騒がしい雰囲気が癖になってきた。

 店に入ると、すぐに店主が男爵と王女様に駆け寄ってくる。


「これは、城主様に姫様。先日も来てくださったのに、ありがたいことです」


 店主が『姫様』と呼んだことに私はドキッとした。

 一瞬、第二王女様だと知られているのかと思ったけど、冷静に考えればヤンセン男爵邸がお城なので、姫と呼ばれていても不思議ではない。

 地方では領主を城主と呼ぶことも珍しくないらしい。

 その後、王女様お勧めの川魚のパイ包み焼きやグラタンなどをいただいたが、本当にどれも美味しかった。



 食事を終えて、王女様と店の奥にあるお手洗いへと向かうと、外から話し声が聞こえてきた。

 どうやらお手洗いの窓が少し開いていて、店の裏にいる人の話し声が筒抜けになっているらしい。

 そういう所で話す話題といえば、下世話な話も多い……。


「それにしてもえらい高貴なお方々だな。ありゃ王都でも行かな拝めんぞ」

「城主様と姫様が案内してるってことは、もしかして姫様の旦那様になるのかね。農作業のことなんてなぁんにも知らなそうだけど」

「どうだかなぁ……。そうだとしても、あれが婿さんなら姫様はまぁた苦労しそうだぞ。城主様と同じお貴族様だとしても、きっと上のもっと上のほうのお方そうだからな。見目もいいし、ありゃどっちが相手でも女がほっとかんぞ。また同じ結果にならんといいが」

「今度こそいいお方に来てもらいたいねぇ。ほんと、不憫だよ私は。あんな仕打ちがあるかい……」

「俺だってあいつらのことは許せないさ。だけど、当の姫様があぁだからな」

「空元気に決まってるよ!もうすぐ結婚ってときに別の女に乗り換えるなんてさ。相手の女も女だよ!子供のころからずぅっと三人で遊んできたんじゃないか。それを、姫様の婚約者だって知ってて寝取るんだからね」

「姫様も気づかなかったってんだからなぁ……。あのお貴族様のどちらかが婿さんになったら、あの女まぁた狙いに来るんじゃないのかね。そうなったら不憫だなぁ」


 フェリクス様から今回の旅の目的を聞かされたとき、王女様には婚約者がいないのか気になって質問した。

 フェリクス様は『王女とわかる前に諸事情あって婚約破棄をしているから、その点は何も問題ない』と答えてくれたのだけど、諸事情がこんな理由だったなんて。

 それにしても、領民から慕われているのはわかったけど、こんな噂をされてはいたたまれなくなる。

(……あっ。だから、昨日は憤慨しながら帰宅されたのね)


 複雑な気持ちになりながらお手洗いから出ると、俯き加減になっている王女様がいた。王女様にも聞こえていたのだろう。

 私が出てきたことに気づくと、すぐに顔を上げて笑顔になったけどぎこちなさがある。


「あ、あは……聞こえちゃいましたよね?」

「……はい」

「ですよね。困るなぁ、皆声が大きいんだから。農作業しながら話すと声が大きくなるからか、声の大きな人が多いんですよね……」


 なんと声を掛けたらいいのか……。


「この城下は皆が家族や親戚みたいな関係なんですよ。近い関係だから、こんなことも皆に知られてしまって。親のように心配してくれているのは、わかっているんです。でも、もうそろそろ忘れてほしいなと思ってしまいますね。半年も経つし、噂のネタにされるのはもう……」


 気持ちを切り替えようにも、周りがそうされてくれないのは辛いだろう。

 王女様はそれからぽつりぽつりと話し出した。


「聞こえてきたと思いますけど、子供のころからの婚約者に裏切られてしまって。彼に婿に来てもらう予定だったんですけど……。ここにはこれといった特産物もなくて、貴族としても駄目だって幾度となく言われて。とにかくこの田舎の貧乏領地を継ぐのが嫌だったみたい」


 話していて何かを思い出したように王女様は目を伏せた。

 耐えきれずに感情が表れてしまった様子に、胸が痛む。



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